第45話 加速するシナリオ
8月1日。
暦の上では真冬のレガリス王国だが、その北端にある北方異界門には暖かな日差しが差し込んでいた。
石柱が円形に立ち並ぶ巨大な転移陣は、日本が既に占領した南方異界門と全く同じ構造だが、ここはまだ朽ち果てた古代遺跡のまま、深い眠りから覚めるその時を静かに待っていた。
だが異界門を目前にした瑞貴たちは、大軍勢によってその行く手を遮られてしまう。
ダンジョン攻略に費やしていたこの2か月の間に戦況は大きく変化し、北方異界門は既にグランディア帝国軍に陥落していたのだ。
「いつの間にこんなことになっていたんだ」
帝国騎士団と対峙するように展開していたレガリス王国騎士団に瑞貴たちが合流すると、その陣幕の中に居並ぶ幕僚たちに対し、司令官である騎士団長ベストラが説明を求めた。
すると彼らより先に話を始めたのは、騎士団に同行して瑞貴たちが帰還するを首を長くして待っていたティアローズ暫定政府宰相のロベルトだった。
長年の親友のように瑞貴の腹に拳を当て無事の帰還を喜んだロベルトは、大きなテーブルの前にその全員を集める。
「まずはこの地図を見てほしい。これは自衛隊幕僚本部からの情報をもとに、現在の世界情勢を我々の方で整理したものだ」
ロベルトの広げた地図には、半年以上前に瑞貴たちがこの世界にやってきた時とは、かなり違った勢力図が書き込まれていた。
「まず赤色の部分がグランディア帝国の支配地域だ。亜人居住地域は失ったものの、北部諸侯連合は既に帝国に降伏し、大陸の西半分を手中に収めている。そしてその最前線はレガリス王国北部にまで到達した」
「・・・地図の左半分は真っ赤だな」
「そして緑色の部分が我が陣営、ティアローズ暫定政府と日本国、亜人諸国連合だ。ランツァー王国は我が陣営に入り、同盟条約文章は既に出来上がっている。あとはミズキとアリスレーゼの署名を待つだけだ」
「・・・本当だ。ランツアー王国が緑色になっている。マクシミリアンとは袂を別ったのか」
「そしてここレガリス王国も緑色に塗られているが、これは我々と同盟を結んだというよりは兄上・・・ティアローズ王国マクシミリアン王がレガリス王国に対し宣戦を布告したためで、現在その国境線の2ヶ所で戦闘が開始されている」
「マクシミリアンが攻めて来たのか! アイツめ」
マクシミリアン王は、自分の戴冠式に平民であるベストラが出席したことに激怒していたと聞く。
その怒りの矛先はベストラ本人だけでなく、その判断をしたレガリス王にも向けられていたと言うが、まさか戦争まで始めるとは思わなかった。
アリスレーゼも申し訳なさそうな表情をベストラや幕僚たちに向けていたが、結果として周囲を敵に囲まれたレガリス王国は、国土防衛に戦力を分散せざるを得ず、北方異界門を放棄するに到ったらしい。
「そして我が愚兄の勢力『ティアローズ諸国同盟』は青色の部分だ」
マクシミリアンは自分に付き従う人族の国家を糾合してティアローズ諸国同盟を結成し、日本国及び亜人諸国の全てに宣戦を布告。
さすがにランツアー王国との戦端は開かなかったものの、東岸沿いに亜人居留地域を南下しようと現在オーガ騎士団国に攻め込んでいるらしい。
ロベルトからの説明が終わると、今度は騎士団幹部たちから、戦況と敵戦力についての報告がされた。
帝国軍の総戦力はおよそ3万。
彼らとはすでに数回交戦し、その全てで敗北したレガリス騎士団は半数の兵力を失った。
そして現在、5千の兵力で異界門を見下ろすこの丘陵地帯に防御陣を敷いている。
「帝国軍の主力は精鋭の魔導部隊です。それに加えて腕自慢の帝国貴族たちも多数参加しており、まるでここが主戦場のように戦力を集中してきております」
「我々ではなす術がなく、あっという間に異界門を占領されてしまいました。せっかく騎士団を任していただいたのに、閣下には申し開きがたちません」
幕僚たちによると、グランディア帝国は大きく4つの戦場に戦力を投入しているが、そのうちの最大戦力をこの辺鄙な場所に投入しているとのこと。
悔しそうに顔を歪ませ、ひたすら頭を下げる幕僚たちを前に、だがベストラは突然高笑いを始めた。
「クックック・・・フハハハハハッ!」
不敵な笑みを浮かべるベストラを呆然と見つめる騎士団幹部たちだったが、彼らに指示を与える前に一つだけ瑞貴に確認した。
「ミズキよ。あの北方異界門をどうしても取り返したいか」
「え? そりゃあ取り返せるに越したことはないけど、俺たちの目的は帝国の日本侵略を阻止すること。つまりあれを使わせなければそれでいいんだ」
「つまり、異界門の鍵を手に入れた今となっては、無理に北方異界門を取り返す必要はないと」
「ええ。今の情勢でこれ以上レガリス王国にご迷惑をお掛けするようなことは考えていません」
「わかった」
そしてベストラは、今度はなぜか工作員のアンナに尋ねる。
「そなたならこの現状をどうする」
どこか試すような視線でアンナを見るベストラに、彼女はクスクス笑いながら即答した。
「まさに絶好の好機かと」
彼女の答えにニヤリと笑ったベストラは、
「ククク、そなたはまだ軍師として十分に使えるようだ。では我々がどう動くべきか、今考えていることを全て話せ」
「はい。我々は直ちにここを放棄し、200km南方にあるゲネス砦まで兵を引きます。北部の広大な領地を失うことになりますが、四方を山で囲まれるこのレガリス王国はそれ自体が天然の要塞であり、守りに徹すれば数年は持ちこたえることが可能でしょう」
「だがその程度の説明では、レガリス国王も首を縦には振らないだろう」
「もちろんこれが普通の戦争なら国土を奪われるだけで何も得るものは何もございませんが、今回は帝国の目的が異界門の奪取にあることが明確なため、彼らがランツァー王国に進軍できるよう、その通路を開け放てばよいのです」
「そうだ。奴らはレガリス王国の支配などに興味はなく、東方異界門を奪取するまでその進軍を止めることはないだろう。アレクシスの奴が何を焦っているのか知らないが、戦争のセオリーを無視し、持てる国力の全てを投入して一気に片をつけるようだ」
「はい。ですので我々は砦の中に引きこもるふりをして、帝国軍がティアローズ諸国同盟領の奥深くまで進軍したその時に、グランディア帝国へ逆侵攻をかければよいのです。自衛隊とともに」
「ではその時に備えて、今はできるだけ兵を温存するぞ。まずここから撤退するために、敵の追撃を何とかしなければならん。ミズキ、お前たちにしんがりを頼めるか」
「はい。ベストラさんにはお世話になったし、そういう作戦でしたら喜んでお手伝いさせていただきます」
◇
古代遺跡ヴァルムガンド第19階層。
その円形の石室で一人佇む少女の姿があった。
黒の指揮官用ドレススーツの胸にはいくつもの勲章が輝き、頭には大きな魔石をちりばめたティアラ。
純白のロングブーツの魔力によって僅かに浮遊する15歳の少女。
グランディア帝国第一皇女セレスフィリアだ。
だがそんな煌びやかな外見と裏腹に、その顔には焦りの表情がハッキリと浮かんでいた。
「バカな! わたくしの髪飾りがどこにも見当たらない。・・・まさか誰かがここに侵入したというの?」
彼女はもう一度呪文を詠唱してみたが、祭壇から現れるはずの異界門の鍵がどこにも見当たらなかった。
「・・・間違いない。ここに侵入して髪飾りを盗み出した者がいる。こんなことができるのは、おそらくあの二人。でもどうやってこの場所が・・・」
この石室はシーダの封印で守られているだけでなく、その場所が分からないように厳重に隠されていた。
そもそもここは何の目印もない場所で探り当てる手がかりすらなく、魔力を無効化しているためあらゆる探知魔法が効かない。
いかなる冒険者であっても、ここを探り当てることは不可能なはずであった。
実際、セレスフィリアに生まれ変わったシーダがヴェイン伯爵に指示して南と西の2つの石室から異界門の鍵を回収するまで、長い歴史の中でここを見つけ出した者は皆無であった。
だが魔界から帰還したヴェーダとスーリヤの二人はそれをやってのけた。
「あの二人に異界門の鍵を奪い取られたままではマズい。一刻も早く取り返さなければ」
少女は踵を返すと、忽然と現れた暗黒の球体の中に身を投じた。
次回もお楽しみに。
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