第44話 シーダの計画
アリスレーゼによるとこの石室中央の円柱は祭壇らしく、ティアローズ中央教会神殿の奥深く、一般の信者では決して入ることのできない神聖な場所に同じものが祀られているとのこと。
「そもそもこの祭壇は何に使うんだ」
「ティアローズ王国では、5歳になるとその身分を問わず全員が洗礼を受けます。全ての街や村には教会があり、全ての子供はそこでこの水晶に触れます」
「この水晶に・・・」
「もちろん村にあるのはもっと小さな水晶玉ですが、わたくしたちにとってのこの神具は、瑞貴たちの言葉を借りれば思念波適性診断器ということになります」
「思念波・・・つまり魔力の適性を測るのか」
「はい。ほとんどの平民には魔力がないため、この水晶に触れても何も起きません。ですが魔力を持っているとその属性に応じた色で発光します」
「冒険者ギルドのあれと同じだな。それで水晶が光った子どもたちはどうなるんだ?」
「平民の場合、親元を離れて専門の学校に入学させられ、将来は騎士になります。貴族の場合は魔力を持っていることがほとんどで、その属性が活かせる貴族学校に進学します」
「ティアローズ王国は魔力の有無で国民を選別しているのか。だがそんなどこにでもある水晶がなぜこんな最下層の祭壇に?」
「洗礼の儀にはもう一つの目的もあります。それはシーダ様の生まれ変わりを探すこと」
「シーダの生まれ変わりを探す・・・これでか」
「はい。シーダ様はその後もティアローズ王家の女王として何度も転生を果たされていると伝えられていますし、平民の娘や他国の王侯貴族の令嬢に転生したという記録もございます」
「え? そんなに何度も転生を繰り返していたのかシーダは。そう言えば雨宮主幹、このダンジョンの年代測定の結果は出ましたか?」
「ええ。多少誤差はあるけど、ここは約4000年ほど前の遺跡よ」
「4000年! 日本の歴史が1500年ぐらいだからその倍以上・・・その間ずっとシーダは転生し続け、自分の生まれ変わりを探し出すシステムまで作り上げていたのか」
シーダの底知れない執念に瑞貴は恐怖を感じたが、その儀式がどのように行われているのかアリスレーゼに尋ねる。
すると彼女はとんでもないことを口にした。
「シーダ様の生まれ変わりは例外なく、わたくしと同じ精神感応魔法の適合者です。よって5歳の洗礼時に精神感応魔法の素養のあるものは全員、中央教会に集められます」
「ちょっと待て! だったらアリスレーゼもシーダの生まれ変わりの可能性も」
真っ青な顔でアリスレーゼを見つめる瑞貴だったが、彼女は首を横に振ると、
「残念ながらわたくしはシーダ様の生まれ変わりではありませんでした」
「・・・本当か? それならいいが、どうやってそれがわかったんだ」
「それこそが、ここにある祭壇の役割なのです」
アリスレーゼが言うには、精神感応魔法の適合者は年に10人程度は見つかるらしく、中央教会に呼ばれた子供たちは全員神殿の奥へと通され、これと同じ祭壇に手を触れさせられるそうだ。
「教会の司祭たちが言うには、シーダ様の生まれ変わりであれば、前世の記憶が頭の中に流れ込んで来るらしく、ですがわたくしが触れた時には特に何も起きませんでした」
「記憶が流れ込んでくる・・・そうか、この祭壇は精神感応魔法の魔術具になっていて、シーダは生まれ変わった自分を探し出しては前世の記憶を送り込み、4000年という悠久の時間を生きて来たんだ」
「そう考えるとシーダ様ってすごい執念ですね。ですがここ300年は生まれ変わりが発見されたという記録が残っていません」
「そうなのか?」
「ええ。あまり覚えていないのですが、わたくしの5歳の洗礼時には300年ぶりのシーダ様の復活を大いに期待されたらしく、ですが祭壇がわたくしを選ばなかったため司祭たちがとても落胆したとお母さまから聞かされました」
「300年も転生していない・・・じゃあシーダの魂はもう成仏してしまったのか、あるいは何らかの理由で転生ができなくなったのか。まさかヤードラの魂を諦めてくれたのか?」
「わたくしにもわかりませんが、シーダ様の生まれ変わりがいれば必ずティアローズ王国の教会に記録が残る仕組みになっています。ですのでシーダ様がこの世にいらっしゃらないことは確実かと」
「だといいんだけど・・・」
そこで瑞貴とアリスレーゼの会話が途切れたため、ベストラがみんなに向けて言った。
「これでダンジョン攻略は完了だ。ここで2か月以上も使ってしまったし、一度地上に戻った方がいい」
◇
グランディア帝国、帝都ティアローズ。
その中央にそびえたつ巨大で荘厳な皇城は、世界で最も長い歴史を誇るティアローズ王国の王城だったものを、征服者アレクシスが自らの居城としたものだ。
あえて帝都の名前にティアローズを残したのは、自分こそが世界の中心であり、ティアローズ王国正統後継者であることを世界に示さんとするアレクシス皇帝の自己顕示欲の表れでもあった。
そんな皇城にあって、かつてのアリスレーゼの部屋には別の住人が暮らしている。
アレクシス皇帝の長女、第一皇女のセレスフィリアである。
セレスフィリアはまだ15歳だが、彼女の部屋には帝国最高の魔導師たちが入れ代わり立ち代わり訪れ、彼女から助言を受けていた。
その彼女の部屋に、魔界方面軍総司令官のヴェイン伯爵が訪れると、セレスフィリアは人払いをした。
「久しぶりねヴェイン伯爵。あなたの部下からは、南方異界門が魔族に奪われ計画が遅れているとの報告を受けていますが、今日はその打開策の相談に来たのかしら?」
セレスフィリアはあえてそのような言葉を投げかけたが、伯爵がここに来た目的が別にあることを彼女には分かっていた。
そして伯爵も恭しく頭を下げながら、皇女に別れの言葉を告げた。
「セレスフィリア皇女殿下、今日はご挨拶に参上しただけです。つい今しがた皇帝陛下にもお許しをいただきましたが、本日をもって魔界方面軍総司令官の職を辞し、領地で残りの時間を過ごそうと考えてます」
「・・・そう。それは残念です」
顔を上げたヴェイン伯爵には、以前のようなほとばしる才気も、帝国有数の強大な魔力も感じられず、その身体はやせ衰え、20歳ほど一気に年を取ったかのような深い皺が刻まれていた。
「私の手でヤードラ神をお救いしたかったのですが、本当に無念でなりません。何とか身体を治そうと手は尽くしたのですが、治癒魔法をかけるほどに病が進行し、帝国最高の治癒師でも手の施しようがありませんでした。あの女魔族め・・・」
悔しそうに顔をしかめるヴェイン伯爵に、セレスフィリアも寂しそうにつぶやいた。
「なるほど、どうやらこのわたくしにも手の施しようがないようですね。役に立てなくてごめんなさい」
「いえいえ、皇女殿下にこの呪いを解いてもらおうなど、大それた望みを持っているわけではありません。どうぞお気になさらず」
「でも伯爵のおかげで敵の攻撃魔法の特徴がわかりました。その女魔族、ジングウジ・サヤカの使用した魔法は【エネルギーデポジション】。相手の肉体を根底から破壊するため、人体の設計図とも言えるものを滅茶苦茶に書き換えて修復不能にしてしまう、まさに呪い。治癒魔法など身体の暴走を促進させて死を早める効果しかありません」
「さすがは皇女殿下。この魔法の正体は魔族出身のサメジマ男爵ですら分からなかったというのに、たった一度で看破されるとは」
「他にも彼女が使用した魔法は、伯爵の眼を通して全て把握いたしました。・・・なるほどサメジマ男爵にはそのような使い方があるのね、クスクス。あなたにはとんだ災難でしたが、お手柄です」
「滅相もございません。ところで、私の後任となる魔界方面軍総司令官の人選ですが、皇女殿下と決めておくようにと皇帝陛下から命じられております。残念ながら私には適任者が思いつきませんが・・・」
「分かっています。魔界侵攻計画はそもそもわたくしがお父様に進言したもので、その実働部隊として転移魔法の大家のあなたにお願いしていたにすぎません。ですので伯爵の代わりなどいようはずもない」
「・・・恐れ入ります」
「ですので、伯爵の後任はこのわたくしが務めます」
「何と、皇女殿下自らが・・・」
「わたくしもようやく15歳になり、魔法がまともに使えるまで成長しましたので」
「はい。今の皇女殿下なら、私の最盛期を遥かに上回っておいでで」
「ふふふ、あなたにそう言ってもらえて嬉しいわ。さて4つの異界門のうち南と西の2ヶ所の起動には成功しています。残るは北と東の2ヶ所を残すのみですが、どちらがいいでしょうね伯爵?」
「はっ! 現在我が軍は、北方諸侯連合を屈服させた後3万の兵力をもってレガリス王国に侵攻中。そしてあのマクシミリアン国王も求心力を回復し、ティアローズ諸国同盟を結成してレガリス王国に宣戦布告。奇しくも挟撃の憂き目にあっている彼の国を叩く絶好の好機かと」
「つまり北方異界門が次のターゲットであると言うことね。ヴェイン伯爵もまだまだ現役でやれそうな気もいたしますが・・・」
「いえ、これ以上は周りに迷惑をかけるだけ。では私はそろそろお暇いたします」
「ええ。今までご苦労さまでした伯爵」
「遠く我が領地よりご武運をお祈りしております、セレスフィリア殿下。・・・いいえシーダ様」
次回もお楽しみに。
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