第41話 第18階層の死闘(後編)
「瑞貴! あそこで弥生が戦っています!」
アリスレーゼがマインドリーディングで最初に見つけたのは弥生だった。
弥生は、瑞貴が目にオーラを集中させてもその動きが捉えきれないほど超スピードで動き回り、敵のゴーレムを次々と葬り去っている。
だが空を飛び交うゴーレムが瞬く間に元の土塊へ還っても、また新たなゴーレムとして再生して弥生に襲い掛かる。
そんな無限ループのような戦いを、時間を何十倍にも圧縮して高速再生する超バトルに、瑞貴とアリスレーゼは唖然とした。
「信じられん。弥生の奴、もう人間じゃねえだろ」
「ええ。わたくしの眼には彼女の残像すら映っておりません」
「だが早く助けないと危険だ」
「そ、そうですね! ・・・えーっと、今敵3人の頭の中を覗いて見ましたが、彼らの頭の中は既に弥生への恐怖で埋め尽くされています。彼女を倒すことだけに全魔力を集中して、ようやくこの均衡を保てているようです」
「マジか・・・でもそれってつまり俺たちには全く気づいていないということだな。ならあの新兵器を試してみようか」
「あの新兵器というと・・・はっ! ついに初めての夫婦の共同作業ですねっ!」
「俺たちまだ結婚してないだろ! それにこんな破壊兵器が初めての共同作業なんて絶対嫌だよ」
アリスレーゼに全力でツッコミを入れる瑞貴だったが、彼女は期待に胸を膨らませて思念波補助デバイスを握りしめた。
そして二人はタイミングを合わせると、同時にその思念波兵器を発動させた。
【雷属性思念波兵器・トールハンマー】
【水属性思念波兵器・プロトンドライバー】
その瞬間、二人が同時に放ったビームが一つに合体すると、亜光速で3人の敵に到達してその肉体を蒸発させた。
この合体技には、そうしなければならない必要性があった。
電子ビームであるトールハンマーも、陽子ビームであるプロトンドライバーも、単独では自己の電荷でビームが発散してしまう。
そのため、周りを取り囲む収束磁場にその思念波エネルギーの半分近くが使用され、結果的に破壊力が落ちてしまう。
だがプラスとマイナス、二つのビームが合体すれば電気的に中性な水素原子プラズマビームに代わり、収束磁場に使用されていたエネルギーも全てビームの加速に使用できる。
こうして発生した大強度高エネルギー粒子ビームは、その着弾時には数億ケルビンに達して、ターゲットである3人の悪党どもを原子の塵へと還元した。
「よくこんな物騒な新兵器を思いつくよな。雨宮主幹って狂気のマッドサイエンティストだろ」
「そ、そうですね。さすがのわたくしもあまりの威力にドン引きです・・・」
そして彼らが消滅すると、弥生を攻撃していたゴーレムが全て土に還り、疲れ果てた弥生が大の字に横たわった。
「おーい、大丈夫か弥生ーっ!」
突然攻撃が止み、敵の気配も魔力も完全に消え去った戦場で、瑞貴の声が聞こえた弥生は、疲れ果てた身体を起こしてよろよろと地面から立ち上がった。
「瑞貴! 助けに来てくれたのね! ありが・・・」
笑顔で手を振った弥生は、だが瑞貴の姿を見ると顔をこわばらせる。
そして目の前まで駆け付けた瑞貴に、弥生はジト目でつぶやいた。
「なんでアリスレーゼをお姫様抱っこしてるのよ! 私が必死で戦っていた時に、まさか二人でイチャついていたとか・・・」
「「ギクッ・・・」」
「やっぱり! 二人で何してたのか全部洗いざらい話さないと、愛梨ちゃんに言いつけてアリスレーゼにペナルティーを与えるわよ!」
「ええええーっ! 弥生さんには全部話すから、愛梨ちゃんにだけは絶対黙っててーーっ!」
◇
全て白状したアリスレーゼに代わって弥生をお姫様抱っこすることになった瑞貴は、他のメンバーを助けるために再び移動を開始した。
だがすぐに立ち止まると、唇を合わせた上に舌まで入れてきた弥生に、瑞貴は顔を背けて文句を言った。
「ちょっと待て弥生。俺は人工呼吸をしただけでキスをしたわけじゃ・・・」
「でもアリスレーゼはしたって言ってたわよ。だったら私にも同じことをして」
「いや、それはアリスレーゼが勝手にやったことで、しかもほんの一瞬だし」
「ふーん、じゃあ人工呼吸ならずっとしててもいいのよね。むちゅーーーっ!」
「もがっ!」
瑞貴に抱き着いて嬉々として唇を合わせる弥生に、アリスレーゼはむっとした顔で告げる。
「愛梨ちゃんの居場所が分かったので、急いで助けに行きましょう。ここから一番遠くになるけど、急げば間に合うと思います」
すると弥生がアリスレーゼをジト目で睨むと、
「ふーん、一番遠くね・・・つまり他のみんなの居場所は分かっているのに、それを差し置いて最初に愛梨ちゃんを助けに行くんだ。何か企んでない?」
「たたたた企んでなんかいません! 他のみんなはもう戦いが終わっているみたいですし、急いで行かなくても問題ございませんので・・・」
「ふーん、本当かなあ・・・まあいいや。私は戦いで疲れたから、このまま愛梨ちゃんの所までよろしくねダーリン!」
「全く仕方ないな。じゃあ急ぐから、俺にしっかりつかまれ弥生」
「うん!」
◇
近づいただけでも汗が噴き出すような灼熱地獄の中、溶岩が煮えたぎった巨大なクレーターからゆっくりと這い出してきた愛梨が瑞貴に駆け寄ってきた。
「お兄っ! 愛梨を助けに来てくれたんだね!」
満面の笑みで飛びついてきた愛梨の頭を、瑞貴が優しくなでる。
「アリスレーゼのマインドリーディングで愛梨がピンチだって聞いたから、急いで駆け付けて来たんだ。でも無事で本当によかった」
「へえ・・・お姉も愛梨の役に立つことがあるんだ。そうなの、敵の一人がやたら強くて、いくら未来予知しても負ける未来だらけだったんだけど、わずかな勝ち筋を見つけて慎重に戦ってたらこんなになっちゃった。てへ」
「何をどう戦ったらこうなるのか分からんが、その結果がこの灼熱地獄か。周囲の地盤が熔けて溶岩だらけになってるし、どれだけ激しい戦いだったのかが想像できてしまうところが恐ろしいよ」
「・・・お兄、疲れたから抱っこ」
「え?」
「お姫様抱っこして」
「ななななんで知ってるんだ! まさか未来予知で」
「未来予知?」
瑞貴はここに来る直前、弥生を下ろして二人に口止めした。なのに愛梨にはなぜか、お姫様抱っこのことを知られていた。
だが愛梨はポカンとした顔で、
「え、どういうこと? ・・・さてはお姉とストーカー女の二人をお姫様抱っこしたんでしょ!」
「しまったっ!」
うっかりバレてしまった瑞貴は、今度は愛梨をお姫様抱っこしてみんなの所に合流する羽目になってしまった。
◇
かなでと合流した瑞貴たちは、ベストラとアンナも無事だったことにホッとした。
「俺たちと違って、みんなあまり苦戦しなかったみたいですね」
瑞貴が笑顔で話かけると、ベストラが微妙な笑みを浮かべて、
「俺の所には誰も来なかったからな。あいつらは何度も俺に負けているし、今回は罠を仕掛けてくると思って待ち構えていたんだがな」
「罠ですか・・・」
「ああ。例えばだが、もし俺が自分を罠にかけようとするなら、まず魔法を封じてしまうだろうな。その上で水責めをすればさすがの俺も助からないだろう。だがそれをやって来なかった所を見ると、コバルもそこまで頭が回らなかったようだ。バカなやつめ」
「え・・・」
瑞貴はあの水槽が実はベストラを殺すためのトラップだということにこの時初めて気がついた。
だが今それを喋ると、アリスレーゼとイチャついていたことも話さなくてはならなくなる。
(よし、あの罠のことは黙っていよう)
「ねえ瑞貴、わたくしたちが転移したあの水槽はもしかしてベストラさんを」
「わあ! わあ! わあ! 全部気のせいだよアリスレーゼ! そんなことよりもコバルの行方だ。もしかしてかなでの所に行ったのかもしれないなあ・・・」
アリスレーゼが余計なことを言う前に、強引に話を振った瑞貴。するとかなではきょとんとして、
「さあ? 私の所に来た敵は、顔を確認する前に全員消滅しちゃったから」
「えっ・・・全員消滅って何それ」
「スーパーノヴァの試し打ちが成功して、敵の魔導士が一撃で消滅したの。わたし、瑞貴くんの役に立ててるかなあ」
「立てたというか、まさか瞬殺だったとは」
Sランク冒険者の殺人者集団を、顔を確認する間もなく瞬殺してしまったかなでに、瑞貴は恐怖した。
「じ、じゃあひょっとしてアンナさんの所に行ってたりして・・・」
そもそも戦闘員でもないアンナが無傷でここにいること自体が信じられない瑞貴だったが、アンナはケロッとした顔で瑞貴に答えた。
「わたくしみたいなオバサンの所に発情した男どもが10人も群がって来ましたが、その中にコバルの姿は見ませんでしたね」
「発情した男が10人・・・その状況がよく分かりませんが、そんなにたくさんの敵に囲まれてよく無事でしたねアンナさん」
「わたくしに破廉恥な目を向けくる輩どもでしたので、魔法で跡形もなく消し去ってしまいました」
「そ、そうですか・・・」
たまにアンナが戦う姿を見ていた瑞貴だったが、エルフだけあって魔法のバリエーションは多いものの、そこまで強いとは思っていなかった。
だがアンナと仲のいい愛梨が、
「アンナさんの所には10人も来たんだ。愛梨の所に来た発情男はたったの8人だったよ。さすがだよね」
「あのような者共にモテても仕方ございませんが、わたくしもまだまだ捨てたものではないということでしょうか」
「ウチのお母さんより年上なのに見た目が20歳そこそこだからじゃん。さすがはエルフの一族」
「ええっ! アンナさんって母さんより年上だったのかよ! 見えねえな・・・」
瑞貴は唖然としてアンナを見つめたが、アンナは戦いのことに興味はないのか、愛梨とガールズトークを始めてしまった。
仲良しの二人のことは放っておいて、瑞貴はベストラに話を戻した。
「結局主犯格のコバルの行方が分からずしまいでしたが、もう死んでしまったのでは?」
だがベストラがそれを否定する。
「あいつは絶対生きている。人の命は何とも思わないが、自分の命はとても大切にする奴だからな」
「はあ・・・」
「だから仲間がやられているのを見ても、分が悪いとみるや全員見捨てて一人だけ逃げたんだろう。いずれまた現れるかもしれんが当分先のことになるし、アイツのことは忘れて異界門の鍵を探そう」
次回もお楽しみに。
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