第41話 第18階層の死闘(前編)
ダンジョン攻略を再開した瑞貴たちは16、17階層を一気に駆け抜け、ベストラも経験のない第18層へと足を踏み入れた。
そこはこれまでの地下迷宮とは明らかに雰囲気の異なる、まるで地上に戻ってきたかと錯覚するような広大な地下空洞が広がっていた。
岩肌にはびっしりと光り苔が生い茂って地下とは思えないような明るさで、どこまで広がっているか分からないほどの空間的広さと、起伏にとんだ地形を見せていた。
「ベストラさん。やはりここが最深部では」
「この景色を見るとそんな気もするが、だとしたら異界門の鍵を見つけるのは並大抵のことではないぞ」
今も複数の冒険者パーティーが異界門の鍵を必死に探しているだろうし、ベストラの昔の仲間たちがいつ襲って来るかも分からない。
瑞貴たちは周りを警戒しながら、広い地下空洞の中へその一歩を踏み出した。
◇
第18階層はあまりに広く、どこまで行っても他の冒険者パーティーに出くわすことがなかった。
入り口周辺はすでに調べ尽くされているらしく、アリスレーゼが【マインドリーディング】で人の思考を拾ってみても、まるで人の気配がしなかった。
だがそんな彼女が突然叫んだ。
「一瞬、殺意の塊を感じました。おそらく、ベストラさんの昔の仲間たちでしょう」
「よし、総員戦闘準備! かなでは雨宮主幹から絶対に離れるな!」
「うん、私に任せて瑞貴くん」
瑞貴の指示で全員がバリアーを展開して襲撃に備える。だがいくら待っていても、彼らは一向に現れなかった。
再び歩き出した瑞貴たちだが、不安に感じた瑞貴はアリスレーゼに再度確認する。
「・・・アリスレーゼ、本当にこの近くに奴らがいるのか?」
「ええ。彼らも強力なマジックバリアーを展開していて思考が上手く読めませんが、時折強力な殺意が漏れてきます。それにしてもこれは・・・」
アリスレーゼが言い淀んだのを見て、心配になった瑞貴はバリアーを解除すると彼女の傍に駆け寄った。
するとアリスレーゼが瑞貴の耳元でささやく。
「・・・本当はあんな人達の心の中を覗きたくないのです。彼らは純粋に殺人を楽しむ殺人鬼。これほどの狂気を人間が持ちうるなんて本当に恐ろしい・・・」
これまでアリスレーゼは、何百、何千人という犯罪者の心を読んで裁きを与えてきた。
そんな彼女が顔色を真っ青にするような奴らが相手だとすると、どれだけ警戒してもしすぎることはないということだ。
「よしみんな・・・」
瑞貴がみんなに指示を出そうとした瞬間、彼の身体はどこかへと強制的に転移させられた。
◇
「ごぼぼぼっ!」
その次の瞬間、瑞貴は水の中にいた。
そこは水槽のような場所で、上部もしっかり封印されて外に出られない。しかも、
(思念波が使えない! 魔力を封印されているのか)
すぐ近くにはアリスレーゼも溺れていて、彼女も魔法が使えないのか、瑞貴に助けを求めている。
(今行くぞ、アリスレーゼ!)
水中で彼女を抱き寄せた瑞貴だったが、彼女の背中越しに見えたのは、水槽の外側からこちらをのぞき込む二人の男の姿だった。
◇
時間を少しさかのぼる。
ベストラが第18層に到達したのを確認したコバルは、彼らが罠にはまるのを息を殺して待っていた。
ベストラ本人だけでなく、この1か月間で実力をつけたベストラの仲間たちとのバトルを彼らは心の底から待ち望んでおり、その対戦メンバーも予め決めて、彼らが準備した戦いの舞台に引き入れるため手ぐすねを引いて待ち構えていたのだ。
そのための強力な転移魔術具も巧みに隠し、それが発動できるエリアに入るまで固唾を飲んで見守った。
そんな快楽殺人者集団の中に、あのフリオニールの姿もあった。
彼はアリスレーゼを奪取するためレガリス王国への潜入を果たしていたが、そこで瑞貴たちが古代遺跡ヴァルムガンドへ向かったとの情報を入手すると、単身ダンジョン攻略に挑んだ。
たがそこで修行に励む瑞貴たちを見つけたものの、パーティー全員が常に行動を共にしていて、瑞貴を殺してアリスレーゼを略取するのは一人では不可能。
そのため他の冒険者に声をかけて協力を求めていたところ、同じく瑞貴たちの様子をこっそり覗いていたコバルたちと遭遇し、その利害が一致した。
そして多額の報奨金と引き換えに、瑞貴を罠にかけたのだった。
「あんたの望み通りミズキとやらを捕まえてやった。本当はベストラの野郎を殺すために用意したとっておきのトラップだったんだから、有りがたく思えよ」
「天文学的な報酬を払ってやったんだ。文句言うな」
「まあそうだな。さて金もいただいたことだし、後はあんたの好きにしな。といってもこのまま放っておけば魔法を封じられた二人は直に死ぬがな」
「ちっ! 捕まえるのはミズキ一人でよかったのに。まあいい。二人が気を失ったら、アリスレーゼだけ蘇生させればいいか。コバルとやら、貴様はもう用済みだから、そのベストラとやらの所に行っていいぞ」
「ああ、そうさせてもらうよ。じゃあ、あんたはせいぜい楽しんでくれ。あばよ」
捨て台詞を残してコバルが転移すると、第18階層の死のトラップ「封魔の檻」に捕えられた上に水責めまで加えられた瑞貴が死んでいくのを、フリオニールは一人、ニヤニヤしながら見つめていた。
◇
思念波デバイスを色々試しても何も発動しないことを確認した瑞貴は、だが慌てることなく装備袋から小型のボンベを取り出すと、それを口に当ててノズルを開けた。
「ぷはーーっ!」
携帯用酸素ボンベから胸いっぱいに空気を吸い込むと、既に呼吸が止まっていたアリスレーゼに人工呼吸でその空気を与えた。
「・・・うっ・・・んんん・・・ゴホッ、ゴホッ!」
意識を取り戻したアリスレーゼが一息つくと、嬉しそうに瑞貴に抱き着いて、おでことおでこを軽く触れさせた。
(私たちとうとう口づけをしちゃいましたね)
(口づけじゃなくて人工呼吸だよ! ・・・あれ? マインドリーディングが使えるのか?)
(こうしておでこをくっつけていると、魔力がなくても大丈夫なのです・・・うっ、苦しい・・・瑞貴、空気を下さい・・・)
(分かった。この酸素ボンベを貸してやるから思う存分呼吸をするといい)
だがアリスレーゼは差し出された酸素ボンベを瑞貴に押し返すと、
(嫌です。それは瑞貴のものだから、ちゃんと瑞貴が使ってください。わたくしは瑞貴の吸い込んだ空気を分けてもらうだけでいいので)
(なんでだよ! まあいい、ならちょっと待ってろ)
瑞貴はできるだけたくさん酸素を吸い込むと、それをアリスレーゼに分け与えた。
(んーーーーっ・・・ちゅっ!)
(おいアリスレーゼ、なんだよ最後のそれは。これは人工呼吸なんだから、キスしてくるなよ)
(だって・・・もしかして瑞貴は、わたくしとキスをするのが嫌なのですか?)
(もちろんしたいに決まってる・・・でも、さやかや他のみんなに隠れてこそこそするのはルール違反だ)
(でも今は二人だけですし、わたくしずっとこうしていたいの。ダメ・・・でしょうか)
(そんな悲しそうな顔をするなよ。俺もキミとこうしていたいが、さっきから俺たちを睨みつけてくる男たちがいるんだ。・・・あれ? 一人どこかに行ったみたいだ)
(・・・あの男、わたくしたちを見てとても怒っているようですが、どうしてかしら)
(そりゃ当たり前だよ。街中でバカップルがイチャついてるのを見て、腹を立てない男はいないからな)
(そういうものですか・・・ですがわたくし人目など全く気にしません。もっとたくさんキスをして瑞貴)
(これはキスじゃなくあくまで人工呼吸だからな! ・・・じゃあ目をつぶって)
(ええ瑞貴。いいえ、あ・な・た。・・・ちゅっ!)
◇
瑞貴が窒息死するのをじっくり待っていたフリオニールは、死ぬどころかアリスレーゼと抱き合いながら、何度もおでこをくっ付け合ったり口づけするのを見せつけられ、嫉妬で気が狂いそうになっていた。
「くそっ! くそくそくそーーっ! ミズキの野郎、俺のアリスレーゼとよくも!」
水槽の中で幸せそうに微笑むアリスレーゼと、同じく幸せそうに彼女を抱きかかえる瑞貴に、ついにフリオニールはブチ切れた。
「もういい! 直接この手で殺してやる!」
次回もお楽しみに。
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