第10話 マインド・リーディング
旧校舎4階の立ち入り禁止エリア。その女子トイレで対峙するギャル3人と俺たち。
その間に挟まれ、トイレの床に座り込んでいる水島かなでが悲しげな表情で俺を見つめ、俺の隣で静かに憤るアリスレーゼが耳元で囁く。
「ミズキ、彼女たちを煽ってなるべく情報を引き出してください」
「煽るのか・・・わかった、やってみよう」
そして彼女は、どこから取り出したのか大きな布製の扇子で口元を隠し、呪文の詠唱を始めた。どうやら魔法を使う気のようだ。
だがそれを見た3人が、大笑いを始める。
「何だよそのでっかい扇子・・・ダッサ」
「あれって漫画に出て来る悪役令嬢の扇子じゃね?」
「プッ! 悪役令嬢ってその女にピッタリじゃね? マジ受けるー」
アリスレーゼをバカにする3人に挑発を開始する。
「お前ら、笑ってる余裕なんかあるのかよ。イジメの現場を俺たちに見られたんだぞ。学校から相応の処分が下されることも理解できないバカなのか」
その言葉に、笑うのをやめたギャルリーダーの葛城が俺に詰め寄る。
「何だよてめえ! 理事長の孫だからって粋がるなっつってんだよ。そもそもあーしらがイジメをやってたって証拠があるのか」
「何だと?」
「学校ってところは、証拠があっても不祥事が起こること自体を嫌がるし、特にここは私立だから、学校の評判が下がるのを嫌がってなるべく穏便に済ませようとすんだよ」
確かに受験掲示板には、学校の偏差値と共に口コミ評価がアップされていて、受験生たちの学校選びの参考になっている。そしてウチの爺さんはネットの評価を気にするタイプだから、こいつらの言っていることもあながち外れてはいない。
「だから理事長の身内の目撃情報だとしても、それを元にあーしらが処分を受ける可能性は低いんだよ。わかったか、バーカ」
イジメが発覚したら、少なくとも事情を聞かれるために担任から呼び出しを食らうし、必要な生活指導も行われるので普通の生徒なら嫌がる。だがこの確信に満ちた態度は、まさか・・・。
「もしかしてお前ら、以前にも同じようなことを」
「さあね。それともう一つ教えといてやるよ、あーしの父親って市議会議員なんだよね。くくく」
「葛城健司・・・か」
前園家は保守系議員の後援会に入っていて、政治家との付き合いも多い。コイツの父親がどこの政党だか忘れたが、政治や行政が絡んで来ると少し厄介だ。
だが、こいつらの脅しを全部鵜呑みにするほど俺はナイーブではないし、アリスレーゼの指示通りもう少し揺さぶりをかけてみるか。
「たかが市議会議員に何ができる! くだらない脅しを続けるようなら警察沙汰にするぞ」
「んだとコラ!」
「それにお前らには余罪があることも分かった。いずれは全部調べあげて追及してやってもいいが、少なくとも俺のクラスでイジメが行われているのなら、絶対に見過ごす訳にはいかない」
「お前は本物のバカなのか? ここで見過ごせば話はそれで終わったのに、後で後悔しても知らないぞ」
「後悔するのはお前らの間違いだろ? さあ、とっとと帰ってその市議会議員の親父や、頭のイカれた彼氏に泣きつくんだな」
「あーあ、言っちゃったね前園クン。あーしはどうなっても知らないよ?」
葛城は薄ら笑いを浮かべると、さっさとトイレを出ていってしまった。そして、
「くくく、前園君もこれで終わったね・・・残念」
「この学園も前園家もどうなることやら、うひゃひゃひゃ」
残りの2人も笑いながら、俺たちを置いてトイレから出て行った。
「水島、大丈夫か」
床に座り込んだ彼女を立ち上がらせるために手を差し出すと、だが彼女は悲しげな表情で俺から顔をそむけ、乱れた制服を直してトイレを後にしてしまった。
「水島・・・」
そして再び二人だけになった俺たち。俺は後ろに控えていたアリスレーゼに話しかける。
「かなり強力な魔力を発動したようだけど、大丈夫なのか」
あの時ほどではないにしても、葛城たちと話していた時に大量の気が俺の身体を通り抜けていった。水島や葛城たちは何も感じていなかったようだが、相当強力な魔法を発動させたことは俺にも分かる。だがアリスレーゼは平然とした様子で、
「あのような無法者を放っておくわけにはまいりませんので、少し無理をしてしまいました」
「アリスレーゼ、あまり無理をするなよ。それでどんな魔法をかけたんだ」
「もちろん彼女たちの思考や記憶を読む魔法です」
「思考や記憶・・・それで何かわかったのか」
「ミズキが上手く話を誘導してくれたおかげで、彼女たちの脳裏に様々な記憶が浮かび上がりました。彼女たちがこれまで行ってきたイジメの内容、その時の担任の先生や学校側とのやりとり、彼女たちのバックにいる両親や葛城さんと肉体関係にある情夫の行動など、彼女たちが知っている全てが克明に」
「情夫って誰だよ・・・ああ、頭のイカれた彼氏ってヤツのことか。でも、頭に浮かんだ記憶を克明に読めるなんて恐ろしい能力だな」
「我がティアローズ王国では、重要事件は全てわたくしが裁いておりました。虚偽の発言が一切できないため100%公正な裁判が行われ、王国の犯罪は激減して臣民がみな大層喜んでいたのですよ」
「お、おう・・・そんな能力があれば迷宮入りする事件などありえないし、犯罪者以外は大喜びだろうさ」
でも為政者に記憶の全てを読まれてしまうなんて、なんか嫌な国だな・・・。
「それで彼女たちのことはどうしましょう、ミズキ」
「とりあえず爺さんに相談だ。その時に今の話を詳しく話してくれ」
「承知しました」
女子トイレから出た俺たちは、愛梨たちの元に戻るために旧校舎の階段を下りていく。
「そう言えば水島は大丈夫なのかな。またあいつらに捕まってなければいいけど」
「今はまだ魔法がかかっており、かなで様と3人の動きは全て把握できております。3人はこれから学校を出るようですし、かなで様は旧校舎の別の教室に身を隠すようです」
「それなら、水島は俺たちが一緒に連れて帰ればいいじゃないか」
「それはそうなのですが、今はそっとしておくべきでしょう」
「・・・なぜだ?」
俺がそう尋ねると、これまで王女モードだったアリスレーゼが少し表情を崩し、姉が弟に諭すような口調に変わった。
「それはねミズキ。彼女にも自尊心があって、自分のみじめな姿をミズキには見られたくないのよ」
「自尊心か・・・なるほど。確かに自分がイジメられている姿なんて、特に男子には見られたくないよな。ちょっと心配だけど仕方ないか」
「男子・・・ええそうね」
俺は納得したものの、アリスレーゼは少し複雑な顔をして、それ以上水島の話をすることはなかった。
その後愛梨たちの元に戻った俺たちは葛城たちのことは話さず、みんなと一緒に学校を後にして前園家本宅へと向かった。
本宅は旧城下町エリア、つまり最寄り駅の近くにあるため、俺たちの家とは反対方向に向かう。駅へ行く途中で神社仏閣が立ち並ぶ方向に曲がったところで、すぐに本宅が見えて来る。
本宅前でクラスメイトと別れると、俺たち3人は中の道場に向かう。爺さんはまだ帰っていなかったが、道場では師範代が練習生に稽古をつけていた。
師範代に会うのは今日が初めてのアリスレーゼは、だが彼の顔を見るなり驚きの声を上げた。
「兵衛先生! どうしてこの道場に」
すると師範代・・・つまり俺たちのクラス担任である兵衛先生が白い歯を見せて笑った。
「ハッハッハ! そんなに驚かなくてもいいじゃないかアリス君」
「で、ですが・・・ええっ!?」
驚くアリスレーゼに、俺が師範代を紹介する。
「彼はこの道場の師範代の兵衛堅吾さんだ。学校ではウチのクラス担任と体育教師をしている。まあウチの母さんも物理の先生をしているぐらいだし、教員免許を持っていれば爺さんの裁量で学校に身内を送り込むこともできるんだ」
「お爺様が・・・」
「ハッハッハ! 最近は教師のなり手が少ないらしく、代表から助けてほしいと頼まれて先生を引き受けたんだよ。体育教師がクラス担任を持つのは珍しいらしいけど、少し事情があってな」
「そう言うことでしたのね、承知いたしました。よろしくお願いいたします」
そう言うとアリスレーゼは深々とお辞儀をした。
その日の午後は師範代に稽古をつけてもらい、本宅で夕食を食べた後で葛城たちのことを爺さんに相談することになった。
台所ではいつものように母さんと伯母さんが言い争いをしているが、アリスレーゼが間に入りながらなんとか食事の準備が進んでいく。愛梨は相変わらず台所には入れてもらえず、俺と一緒に別室で転がりながらスマホの動画を見て過ごす。
やがて母さんから、食事ができたことを知らせるメッセージがアプリに届く。広間に行くと既に夕食が並べられ、爺さんとアリスレーゼが座って待っていた。
「来たか瑞貴と愛梨。エカテリーナちゃんと幸子が揃ったら、いただくとするか」
「はーい、お爺ちゃん」
夕食も終わって後片付けの済んだ広間の座卓に、爺さんと母さん、そして俺とアリスレーゼが向かい合って座る。愛梨は少し離れた場所で俺たちの話に耳を傾けており、伯母さんは空になった湯呑にお茶を注いでくれている。
放課後のイジメの件を俺からざっと話すと、爺さんは腕を組んで俺の顔を見据えた。
「葛城たちの件は分かったが、瑞貴はどうしたい」
「もちろん、イジメを行わないように指導すべきだ」
「そうだな。だがその指導に従わなったらどうする」
「従わなかったらか・・・去年何があったのか教えてもらえないか」
「よかろう」
爺さんによると、葛城たちは1年生の頃にイジメで問題を起こしたのだが、それを指導した担任の教師が逆にメンタルがやられて学校を休職したらしい。
というのも、葛城たちが指導に応じなかっただけでなく、被害生徒が不登校になってその親が学校に乗り込んで来ただけでなく、加害生徒の親までが担任の指導に文句をつけてきたのだ。
そして他の生徒からの信頼も失ったその担任のクラスは徐々に崩壊していき、学外では被害生徒の親が加害生徒の親を訴訟で訴える動きも出たことで、担任のキャパを完全に越えてしまった。
結局そのクラスは、その後もたびたび問題行動を起こす彼女たちを複数の教師で何とか抑えてはいたものの、根本的な解決には至らず、最後は半ば放置気味に2年生を迎えた。
「今の話でよくわかった。師範代がウチの担任をしている理由はそれかよ」
「師範代なら、この程度でメンタルがやられることはない。あいつは頑丈だけが取り柄だからな」
「ひでえ・・・」
俺は師範代の笑顔と白い歯を思い浮かべながら、心の中でエールを送った。
「でもそこまで問題行動を把握してるのなら、退学にすればいいのでは。爺さんは理事長なんだからそれくらいできるだろう」
「いくら私立高校でも、理事長が気に入らないからという理由で退学にはできない。退学にさせるにはそれ相応の理由がないとな」
「今の話を聞く限り、理由なんかいくらでもありそうだが」
「では仮に今の状況で退学させたとして、葛城たちに裁判を起こされた場合、我々が勝てると思うか」
「裁判のことはよく分からないが、つまり証拠か足りないということか」
葛城も「証拠があるのか」と言っていたが、確かに俺が今日目撃したのはただの恐喝、しかも暴力は振るわれず口頭のみによるやりとりだ。仮に録音をしていたとしても、これだけで退学にさせると完全にやりすぎとなってしまう。
そこでアリスレーゼの登場だ。
「具体的な証拠という訳ではないんだけど、アリスレーゼが彼女たちからイジメに関する詳細な情報を得たんだ。アリスレーゼ、今日葛城たちから読み取った記憶をここで話してくれないか」
先ほどから黙ってみんなの話を聞いていたアリスレーゼがコクリとうなずくと、彼女たちの問題行動とそれを上回る父親たちの所業が語られた。
それは、とても聞くに耐えない内容だった。
次回、アリスレーゼから語られる葛城たちとその裏に潜む者たちの所業。そして怒りに燃えるアリスレーゼが反撃を開始する。
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