第35話 そして戦いのゴングが鳴った
「では、冒険者ギルドへの登録から始めようか」
そう言ってレガリス王国騎士団長ベストラは、瑞貴たちを街中の古びた建物へと案内する。
西部劇に出てきそうな木造の掘っ建て小屋の扉を開けると、安酒や煙草の匂いが鼻の奥を刺激した。
その薄暗い酒場に真っ昼間からたむろして酒に酔った冒険者たちが、血走った目で瑞貴たちを品定めし、若い女を連れていることに色めき立つ。
「おいおい、女連れのいけ好かねえ野郎二人が、俺たちのアジトに紛れ込んできやがった。やっちまうか」
「まあ慌てるな。ギルドの中で騒ぎを起こすと後が面倒だし、あの新品の装備はどうみても新米冒険者だ。外で美味しく召し上がればいいじゃないか」
「だな。女は早い者勝ちだから恨みっこなしだぞ」
下卑た笑い声を上げて、カウンターに向かう瑞貴たちを嘲笑う冒険者たち。そしてギルドの受付嬢もうんざりした表情で対応する。
「・・・何しに来たんだよあんたたち。ここは金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんの遊び場じゃないんだから、殺される前に早くお家に帰るんだね」
歳は30前後の受付嬢が、煙草の煙を瑞貴の顔に吹きかけながら迷惑そうに吐き捨てる。
ラノベの冒険者ギルドとは全く違う雰囲気にあっけにとられた瑞貴を横に押しやり、ベストラが受付嬢に用件を告げた。
「俺たちは古代遺跡ヴァルムガンドの最深部を目指すためにここにやって来た。冒険者登録をするから手続きを進めてくれ」
「なっ! ヴァルムガンドって・・・冗談だろ」
その言葉を聞いた冒険者たちはざわつき出し、受付嬢も冗談じゃないのか何度も聞き返した。
だがベストラはぶっきらぼうに同じ言葉を繰り返すばかりで、受付嬢も終いには呆れて言い放った。
「あの古代遺跡は未踏破ダンジョンで、その難易度はランクAだ。新人冒険者なんぞ第1階層の魔獣にやられてあっという間に終わりさ。悪いことは言わないからやめときな」
「構わんから、早く手続きを進めてくれ」
有無を言わせぬベストラの圧に負けた受付嬢は、
「・・・分かったよ。でも一応は警告したから、何があっても後は自己責任だ。まずはあんたたちの冒険者適性を調べるからついて来な」
面倒くさそうに奥の部屋に入った受付嬢に続いて、瑞貴たちも中へと入って行った。
◇
青ざめた顔の受付嬢が、ガタガタ震える手で瑞貴たち一人ひとりに冒険者カードを手渡す。
「・・・あんたたち、一体何者なの」
瑞貴はAランク冒険者カードを懐にしまうと、
「正体は明かせないが、グランディア帝国より先にとあるミッションをクリアーしなければならないんだ。そのための冒険者登録で、ギルドには是非サポートを頂きたい」
「グランディア帝国って・・・あんな奴らまであの古代遺跡を狙っているのかい」
「レガリス王国への侵略目的はまさにそれなんだよ。それから俺たちのことは一切秘密にしてくれ」
「ああ。場末と言ってもここはレガリス王国公認ギルドだし、守秘義務は守る。だからせめてその素性だけでも教えておくれ」
おそらくギルドの規則なのだろうが、執拗に正体を尋ねる受付嬢に困った様子の瑞貴に代わって、ベストラがその兜を脱いで素顔を見せた。
「俺はレガリス王国騎士団長ベストラだ。そしてここにいる奴らは騎士団員。作戦中につき他言無用だぞ」
「ベストラって、新星のごとく現れてあっという間にS級冒険者にのし上がったあの伝説の・・・」
伝説級の冒険者を目の前にして腰を抜かした受付嬢は、力なくその場にへたり込んだ。
「俺たちは今から遺跡へ向かうが、ここの冒険者連中が俺たちを襲おうとしているようだ。皆殺しにしても構わないが、ギルドとしてはマズいんじゃないのか」
「・・・ええ、彼らはウチの貴重な冒険者。あんたたちに歯向かわないよう言っておく必要があるわね」
だが瑞貴たちが奥の部屋から出ると、ギルドの中は既にもぬけの殻だった。
◇
人数分の馬をギルドから借り受けた瑞貴たち。そこにギルド長がやって来て平身低頭で頼み込んだ。
「ウチの冒険者連中を、どうか殺さないで欲しい」
だがベストラはそれを冷たくあしらう。
「我々も命がけで任務に当たっており、襲ってくる敵に手を抜く余裕などない。それに相手の強さも分からず襲ってくる三流冒険者になど情けは無用だ」
「・・・騎士団長閣下のおっしゃる通りですが、そこをどうかよろしくお願いします」
そんなギルド長を一顧だにせず、無視して馬を走らせる騎士団長ベストラを見やりながら、瑞貴がギルド長にささやいた。
「俺たちには時間が無いので、無駄な戦いはなるべく避けようと考えています。あっさり降参してくれれば命まで奪うつもりはありませんよ」
「ありがとう。君たちの冒険に幸あらんことを」
◇
だがギルド長の気遣いもむなしく、街を出てしばらくした所で冒険者の集団に取り囲まれてしまった。
周囲に突然結界が張られると、岩陰からぞろぞろと徒党を組んだ冒険者が現れたのだ。
その数ざっと数十人はいるようで、リーダー格の男が軍用バリアーを手にニヤニヤ笑っていた。
「さあて、とっておきのアイテムを使ってやったし、まずは俺様から女を選ばせてもらうぜ。どいつもこいつも上物だが、白髪の赤目ちゃんが気に入った」
リーダー格の男はその下卑た目で愛梨の全身を舐めまわし、後ろにいる冒険者たちもどの女を自分の物にするか、互いに牽制しあっている。
だがそんな冒険者に怯える仲間は一人もおらず、愛梨が瑞貴の側に寄ると小声でささやいた。
「結界の中に閉じ込められちゃったし、エクスプロージョンだと愛梨たちも蒸し焼きになっちゃうよ」
「確かにこの状況じゃ俺もメテオを使えないし意外と厄介だな。ここは近接戦闘で一人ずつ倒していくしかないか・・・弥生行けるか」
「もちろん。じゃあどっちがたくさん倒すか競争ね。もし私に勝てたらキスをしてもいいわよ」
「バカなこと言ってないで、突撃するぞ!」
そして前に飛び出そうとした二人に、かなでが待ったをかけた。
「瑞貴くんと弥生ちゃん、ここは私に任せて」
「かなでが? 何か策があるのか」
「うん。あんな人たち私一人で十分よ」
そう言うとかなでは、瑞貴たちの周りにバリアーを展開するとそれを一気に膨張させた。
すると冒険者たちはたちまち軍用バリアーとかなでのバリアーに挟まれる形で圧迫される。
メリメリメリ・・・グシャッ!
ボキボキ、バキッ!
「あぎゃあーーーっ!」
「グギギギ・・・ば、バリアーを早く消せ!」
「むぐぐぐっ! ・・・おげぇえぇ」
狭い空間の中に圧縮された冒険者たちの骨が砕け、肉が裂ける音が生々しく響き渡る。
予想外の攻撃に必死に耐えていたリーダーの男も、ついに我慢できずに軍用魔術具を叩き壊した。
その瞬間彼らのバリアーが消失し、かなでのバリアーの膨張とともに冒険者たちの身体が宙を舞った。
◇
身体中の骨が折れ、うめき声しか聞こえなくなった冒険者たちに、かなでが思念波補助デバイスを掲げてそのスイッチを押す。
するとメディケーション機能が発動して、冒険者たちに救命措置が施された。
「たぶん死ぬことはないけど、その身体だともう冒険者として生きていけないと思う。これからは他の仕事を見つけて慎ましく生きてね」
そう言い残してかなでが馬に乗ると、リーダーの男が吐き捨てるように言った。
「畜生、お前たちの見た目に完全に騙されたぜ。だがヴァルムガンドは強者や凶悪な魔獣がひしめく修羅の世界。無事に生きて帰れると思うなよ」
次回もお楽しみに。
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