第34話 プロローグ
5月10日、レガリス王国王城謁見の間。
若きレガリス国王シグルトに出発の挨拶をするため、瑞貴とアリスレーゼが彼の前に並んだ。
「俺たちはこれから北方異界門の調査に出発します」
「もう行くのか。では我が親衛隊を護衛につけよう。ミズキ殿とアリスレーゼ殿は我が王国の大切な賓客。もしものことがあってはならぬからな」
「いえ、グランディア帝国に俺たちの存在が気づかれた今、帝国は密偵を送り込んで俺たちの動向を探っているはず。ですので今回は人数を絞って行こうかと」
「そうか。なら案内人を一人つけるので、異界門や古代遺跡についてはそいつに尋ねるとよかろう」
「ご配慮に感謝いたします」
こうして国王に快く送り出されると、瑞貴たちは王城の転移陣室へと向かった。
◇
先の戦いで、マクシミリアン騎士団やグランディア帝国軍の執拗な追撃から逃れて、何とかレガリス王国に保護された瑞貴たち。
その後グランディア帝国は、レガリス王国との国境線に大軍を配置した上、転移防止の魔導結界を展開。瑞貴たちはオーク騎士団国への帰還を封じられた。
そんな状況の中で加藤陸将補と出した結論は、瑞貴たちは無理に帰還せずレガリス王国に留まり、余裕があれば北方異界門の調査に向かうことだった。
その調査の主役は技術顧問の雨宮主幹と工作員アンナの二人だが、彼女たちの護衛として瑞貴、かなで、弥生の3人が同行することはすぐに決まった。
だがアリスレーゼはそれに猛反対して自分もついて行くと聞かず、その護衛に愛梨を付けた7名で向かうことになった。
「ロベルト、ティアローズ王国建国早々アリスレーゼのわがままで女王不在になってしまい、申し訳ない」
「どうせ国民は俺たちだけだし問題はない。俺が王国宰相としてシグルト国王や加藤陸将補、ポーチ姫たちと調整をしておくさ」
「すまないロベルト」
「それに今回は新婚旅行みたいなものだし、世継の誕生を期待してるぞ義弟殿」
「新婚旅行! 世継! ま、まだ結婚もしてないし、母さんやさやかに直接許しを乞うまではその・・・」
「はははっ! お前にも色々事情があるみたいだし、これ以上野暮は言わん。二人の好きにしろ」
婚約が正式に決まっても、恋愛ベタで奥手な性格が変わることのなかった瑞貴とアリスレーゼ。
そんな二人が顔を真っ赤にしてロベルトたちに別れを告げると、メンバーを連れて転移陣室に入る。
その部屋の中では、瑞貴たちとの同行が急に決まったレガリス王国最強の男、騎士団長ベストラが待ち構えていた。
「マクシミリアンの戴冠式から帰って来たばかりなのに、今度は北方異界門の調査について行けだと。あの国王の人使いの荒さは何とかならないものか」
ベストラは両手を広げておどけて見せたが、レガリス王国に保護されて以来、瑞貴たちが一番世話になったのがこの男だった。
そんな彼を案内人にしてくれたシグルト王に、瑞貴は感謝しかなかった。
「では早速出発しましょう。ベストラさん、案内をよろしくお願いします」
◇
瑞貴たちが転移した先は、レガリス王国北方の田舎街ガモスにある王国騎士団詰所だった。
北方異界門は古代魔法で封印されていて、今は直接転移することができず、最寄りの街から自分の足で向かうしかない。
そんな瑞貴たちは服を着替えて早速出発するが、みんなが着たのは王都で買った冒険者装備だ。
「敦史がいたらきっと喜んだだろうな」
そう、瑞貴たちはこれから冒険者パーティーとして北方異界門を目指すことになるが、その理由はレガリス王国が冒険者大国であり、国のいたる場所に冒険者がいるからだ。
この国を建国した初代国王も元は冒険者であり、この国では冒険者が人気職業のトップに君臨している。そのためグランディア帝国の目を欺いて旅をするには冒険者を装うのが一番なのだ。
ちなみに瑞貴と弥生は魔剣士で、かなでが重戦士。アリスレーゼが修道女で、愛梨とアンナが魔法使い、雨宮主幹が賢者、ベストラが聖騎士だ。
だがアリスレーゼは、自分が修道女であることに納得していない。
「回復魔法があまり得意ではないのに、なぜわたくしが修道女なのですか。わたくしも瑞貴と同じ魔剣士がよかったのに・・・」
そんな彼女の表情はベールに隠れて見えない。
「キミは有名人だから顔を隠すためだよ。嫌なら回復魔法が得意なかなでと重戦士を交代するか?」
「いえ・・・わたくし重い装備は苦手なので、これで結構です。よく考えれば修道女は剣士様に守っていただいてもおかしくないですよね」
そう言って瑞貴の腕にくっついて甘えるアリスレーゼを、愛梨が無理やり引き離す。
「お姉は調子に乗りすぎ。お兄はみんなのものだから独占は許さないし、剣士とイチャつく修道女なんか目立つからダメ」
「愛梨ちゃんのケチ・・・」
望む未来に順調に進んでいるらしく、アリスレーゼに対する態度が日本にいたころに戻った愛梨。
そんな二人のやり取りを懐かしく感じながら、瑞貴は雨宮主幹に声をかける。
「雨宮主幹はかなでのそばから絶対に離れないようにお願いします」
「もちろんそうさせてもらうわ。本当はこんな危険な場所には来たくなかったけど、今回は私がいないとどうしようもないものね」
「雨宮主幹のことは、私に任せて瑞貴くん」
パーティー最強の盾であるかなでに雨宮主幹を任せると、今度は二人の現地人に声をかける。
「アンナさんとベストラさんの思念波補助デバイスは用意できなかったので、魔法詠唱をする場合は俺たちが援護射撃します。時間稼ぎは任せてください」
「承知いたしましたミズキ君」
「すまないなミズキ。その代わり道中ではこの世界の魔法を君たちに教えてやろう」
「それは楽しみです! では出発しましょうか」
そう言って歩き出そうとする瑞貴の腕を引っ張り、不満をぶちまける弥生。
「なんで私には声をかけないのよ!」
「お前は俺が構わなくても大丈夫じゃないか。好きにしてろよ」
「ふーん、そんな態度を取るんだ。じゃあえいっ!」
そう言って瑞貴の腕にしがみつく弥生。
「おいバカ、離せよ」
「だって好きにしていいんでしょ」
「だからって、みっともないからやめろよ」
いくら引き離そうとしてもスッポンのようにしがみつく弥生に、再び愛梨が近づいてくる。
だがアリスレーゼの時とは違って、弥生を無理に引き離そうとはしなかった。
「このストーカー女を調子に乗らせるのは嫌だけど、今回の旅で一番危険なのはあんたよ、弥生ちゃん」
「え・・・それって愛梨ちゃんの予言?」
「そう。理由は言えないけど、帝国はお姉よりもこのストーカー女の方に関心が移ったのよ。気をつけて上げてね、お兄」
「父さんが言ってたグランディア帝国の日本侵攻目的と関係するんだな・・・。弥生のことはわかったから愛梨はアリスレーゼを頼んだぞ」
◇
グランディア帝国帝都ティアローズ。
その皇城転移陣室で二人の男が話をしていた。
杖をついて苦しそうに表情を歪めるヴェイン伯爵が鮫島男爵に状況を伝える。
「レガリス王国に潜ませた密偵からの情報によると、ミズキとヤヨイの二人が王都から消えたらしい。私は体調が思わしくなく、帝都を離れることができんが、二人の身柄を確保すべく他の貴族たちはレガリス王国への潜入を開始した」
「貴重な情報、ありがとうよヴェイン伯爵さん。本当は前園の野郎をぶっ殺して弥生を俺の女にしたかったぜ。あの純和風の黒髪美少女はこの世界ではまず手に入らない極上品だからな」
「ミズキとヤヨイは絶対に生きて陛下に引き渡せ」
「分かってるよ。あの二人を皇帝に引き渡せば帝国公爵の地位を得て酒池肉林のハーレム生活だからな」
「くだらん望みだ。ところで貴様の騎士団は連れて行かないのか」
「いらねえ。向こうで冒険者でも雇うさ」
「まあレガリス王国は冒険者大国だし、金さえ払えばいくらでも手練れを仲間にできる。それが賢明か」
「そういうことだ。ところで伯爵さんよ、お前は神宮路さやかにやられてその怪我をしたんだろ。半年経つのにまだ治らねえっておかしくないか」
「ああ。治癒魔法が全く効かないし、体調も悪くなる一方だ。一体どうなっている・・・」
「そりゃご愁傷様。短い間だが俺は奴ら仲間だった。その時、雨宮って女から聞いた話では、奴らの魔法兵器「思念波補助デバイス」は神宮路さやかが被検体となって開発された兵器で、アリスレーゼではなく彼女こそが最強の戦闘員だとその女は言っていた」
「奴は本当に強かったが、私はあと少しでトドメをさせる所まで追いつめていた。なのに・・・」
「奴らはまだ高校生だから人殺しには無意識に躊躇したはず。そんな制約がなければ、お前はあっさり負けていたかもしれんし、結局追い詰められたアイツは、誰も知らない人殺しの裏技を使ったのかもしれん」
「人殺しの裏技・・・私はこのまま死ぬのか」
「さあな。だが俺は命が惜しいし神宮路にだけは絶対近づかねえ。俺はあくまで前園に仕返しできればそれでいいし、目の前でアイツの女どもを奪ってやる」
「・・・・・」
「特にあのダサパンツ女は凌辱の限りを尽くして殺してやる・・・いや奴隷商人に売って、この世の地獄を存分に味合わせてやるか。くっくっく」
次回もお楽しみに。
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