第33話 エピローグ
瑞貴とアリスレーゼが正式に婚約した。
その事実を聞かされて以来、神宮路さやかは不安な日々を送っていた。
マクシミリアン隊の包囲網を脱出してから後、瑞貴と離れ離れになってしまったさやかは、遠くレガリス王国でアリスレーゼと仲睦まじく過ごす婚約者の姿を想像するだけで、胸がぎゅっと締め付けられた。
その度に手元の通信機で瑞貴に連絡を取ろうと試みたものの、小型の通信機では電波が届かないほどレガリス王国は遠かった。
長谷川たち神宮路家の使用人は、元気のない主が早く立ち直れれるようあの手この手でサポートしたが、神宮路家のトレーラーハウスにその女性が訪れると、使用人たちは覚悟を決めた。
だが侍女長の長谷川は完全に表情を消すと前園エカテリーナを中へ通した。
◇
使用人を全員トレーラーハウスから遠ざけ、さやかと二人きりになったエカテリーナは、不安におびえる彼女に優しくほほ笑んだ。
たがエカテリーナは、さやかと瑞貴の婚約に強固に反対した実の母親。
さやかはエカテリーナの訪問を婚約解消の通告と覚悟したが、彼女が発した言葉は全く別のものだった。
「そんなに固くならなくてもいいわよ。今日はあなたに瑞貴の秘密を教えに来ただけだから」
「・・・瑞貴君の秘密?」
「そう、あの子の秘密よ。みんなが知っているのは、あの子と神無月弥生の二人が、かつて神話の時代に地球に転生してきたこの世界の住人だったと言うことだけ。でも瑞貴にはもう一つ大きな秘密があるのよ」
「大きな秘密・・・それは一体」
「今から話すことは瑞貴本人も知らない秘密。だから絶対誰にも言わないことを約束してくれるかしら」
「・・・承知しました。それで瑞貴君の秘密とは」
「実はね、あの子私の本当の息子じゃないのよ」
「え・・・・・ウソっ!」
「あの子の本当の母親は私の親友で、瑞貴は生まれてすぐ地球に転移してしまったの」
「・・・それってどういうことでしょうか。瑞貴君の魂はずっと地球にあったはずなのでは?」
「理由は分からないけど、なぜかこの世界に生を受けた瑞貴は、でも世界を正しい形に戻そうとする大いなる力によって生後間もなく地球に転移してしまった」
「大いなる力・・・」
「もちろん生後間もない赤ん坊が一人で地球に転移しても、生存できる確率は決して高くない」
「ええ。運良く都市部に転移すれば誰かに保護されることもあるでしょうけど、山や海に転移すればひとたまりもありませんものね」
「だから私が一緒に転移して瑞貴を保護した」
「ということはお義母様もやはり・・・」
「この世界の人間よ。瑞貴は産まれる前から転移の予兆があって、私と夫の二人でそれを阻止すべく手を尽くした。でも何をやっても予兆が治まることはなく、次善の策として私が一緒に転移することにしたの」
「そんなことが・・・」
「そして事前の予測通り、産まれてすぐに瑞貴の転移が始まると、それとリンクする形で私に転移魔法が行使された。瑞貴とともに地球に転移した私は、日本の東北地方のとある山中に放り出され、瑞貴を抱えて下山して場末のホテルにたどり着いた」
「本当によくご無事で・・・でもいきなり日本に転移されて、色々と大変ではなかったのですか」
「それは大丈夫。私は元日本人で、この世界で輪廻転生を繰り返す転生者。瑞貴とは逆のパターンね」
「エカテリーナ様が元日本人の異世界転生者・・・わたくし頭が混乱してまいりました」
「私自身が混乱しそうになるから仕方ないわよ」
◇
宙に目を彷徨わせながら独り言を呟くさやかと、そんな彼女を見ながら一人紅茶を楽しむエカテリーナ。
やがて頭の整理がついたのか、さやかがエカテリーナに質問をしてきた。
「いくつかお伺いしたいのですが、警察庁の小野島室長とは日本で再婚されたということでしょうか。そして愛梨ちゃんはその室長との・・・」
「いいえ、日本に転移した時には愛梨は既にお腹の中にいたし、小野島室長とは本物の夫婦で、別に再婚した訳ではないわ」
「では小野島室長も異世界から・・・」
「いいえ、あれは私が作った人造人間。そしてそれを操作しているのがこの世界にいる私の夫なのよ」
「ええっ! 小野島室長はエカテリーナ様が作られた人造人間・・・そんなバカな」
「本当の話よ。私と夫は未来の日本人で、私は医師、夫は生命工学の研究者だったの。そんな二人の知識と古代魔導文明の遺物が合わさって誕生したのが、あの人造人間・小野島室長よ」
「ちょっと待ってください・・・また頭の整理が追いつかなくなってしまいました」
◇
「今のお話でまた疑問がわいたのですが、前園克己氏と小野島室長の関係は・・・」
「ああそれね。前園家って実は私の実家なのよ」
「ええっ? 前園家がエカテリーナ様のご実家」
「前世の私は前園隆文・幸子夫妻の孫で、前園克己のひ孫にあたる前園澪音。祖母の幸子からは克己の女癖の悪さと隠し子の存在を聞かされていたから、人造人間が完成するとすぐに前園家に連れていき、前世の記憶を元に克己の実子であることを認知させた」
「ウソ・・・」
「こうして前園家に入り込むことに成功した私は、前園克己や祖父母の隆文、幸子を巧みに操り、東欧の旧共産圏から日本に来た嫁という法的地位を偽装することにも成功した」
「ちょっと待って下さい・・・もう一度頭の整理を」
「いいわよ。紅茶を飲んで待ってるから」
◇
「前園家のことはもう結構です。それよりお聞きしたいのは瑞貴君自身のこと。彼の本当の両親はどなたなのでしょうか」
「その名前を言ってもあまり意味がないから、こういう言い方の方がいいかしら。この世界は、いくつかの文明が交流を持たないまま併存していて、瑞貴や私たちはティアローズ王国やグランディア帝国があるこの大陸とは別の大陸の人間なの」
「別の大陸・・・」
「私たちから見れば、ここは南半球で季節は逆転している。亜人居留区域は砂漠や荒野ばかりだったからあまり季節感がなかったけど、ここオーク騎士団国では5月なのに雪が降り始めたでしょ」
「ここが南半球・・・だからティアローズ王国と日本の暦がずれてたり、地図の向きが違っていたのね」
「あら、それに気づいてたのはさすがね。そして瑞貴は、その北半球にある大陸のとある国の王子様」
「瑞貴君は本物の王族だったの・・・」
「ええ。瑞貴は両親の間にできた最初の愛の結晶で、でも公式的には死産が発表された。国民は落胆して、重臣たちは側室を迎え入れるよう彼の父親に迫った。だけど彼はそれを頑なに拒否した」
「側室を拒否。この世界は一夫多妻制なのですか?」
「この世界に限らず、地球の歴史においても権力者の世界では一夫多妻制の方がスタンダードだった。でもそれは文明社会の発展と共に不都合になり、宗教の戒律の力を借りながら先進国から順に一夫一妻制へと移行して行った」
「ウソ・・・」
「ではなぜこの世界で一夫多妻制が主流かと言えば、軍事力を私有する貴族が群雄割拠する中世社会であり結婚戦略を駆使しないと国がまとまらないからなの」
「つまりすぐに戦争が起きてしまうということですね。ですがようやくお義母様がここに来られた趣旨が理解できました」
「そう。アリスちゃんとこの世界に定住することを決めた瑞貴は、両親と同じ行動を取ることで逆に軋轢を受けてしまうことになった。私たち日本人の倫理観とは全く異なるけどね」
「ありがとうございますお義母様。わたくしてっきり婚約を解消されるものとヒヤヒヤしておりましたが、これでようやく安心して過ごせます」
「私は人命重視なので、この世界に来てまで恋愛至上主義を持ち込むつもりはないけど、心配があるとすればあの子の実の父親が余計なことを吹き込まないかということね」
「え? ・・・まさか瑞貴君のすぐ近くに本当のお父様がいらっしゃるのですか?」
「アンナがそう言ってたわ。自分の国を放り出して、瑞貴に会いにこの大陸まで来ちゃったって」
「国王陛下が国を放っぽり出した・・・」
「困った人よね。私の夫は人造人間の操作をするため本国から一歩も出られないから、工作員アンナと夫との通信を中継するため、途中に魔力の強い仲間を何人か配置していたの。その最初の中継者がよりによって彼らしいのよ。信じられる?」
「それで、そのお父様は今どちらに・・・」
「地理的に考えて、レガリス王国のどこかに潜伏している可能性が高いわね」
「えええ・・・瑞貴君、お願いだからお父様の言葉に惑わされず、わたくしを絶対に捨てないで・・・」
次回から新章スタート。お楽しみに。
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