第32話 2つのティアローズ王国
5月4日。
この日ティアローズ王国マクシミリアン第1王子は、アリスレーゼ第一王女の死亡を理由に、彼女の王位継承権が消滅したことを発表。
同時に摂政の地位を退くと自らが国王となった。
その戴冠式が行われたのは旧ヴァリヤーグ公爵城。
一度フリオニールの居城とされたその城は、今は主を変えてマクシミリアン王の王城となったが、そこに集まった各国来賓の数はかつて世界の中心だった頃に比べて激減していた。
グランディア帝国に領地を追われ、マクシミリアンの元に糾合していたティアローズ王国の貴族たちは、そのほとんどが日本率いる亜人連合との戦いで命を散らし、わずかばかりが生き残った王国貴族の他には、3つの国から使者が訪れたのみだった。
そのうち最も近しい友好国のランツァー王国からは共に戦った軍司令官たちが参加したが、ゾロワーフ王はその出席を見送った。
唯一王族が参加したのはマグノリア王国で、レガリス王国が送り込んできた使者は平民だった。
そんな戴冠式はかつてのティアローズ王国の栄光を誇示しようと盛大に行われたものの、参列者の少なさによってかえって王国の衰退を目立たせるだけの結果となった。
玉座に座ったマクシミリアン王の元に祝意を述べる参列者の列ができたが、マグノリア王国から始まった謁見もあっという間に残すところ最後の一人となる。
そのレガリス王国の使者に対し、マクシミリアン王は自分の怒りを隠そうとはしなかった。
「レガリス王国はなぜ我がティアローズ王国を蔑ろにされるのか!」
使者は自分が貴族でないことを新王が不快に感じていることを理解し、それでも平然とした顔でその言葉に反論した。
「これは異なことを。我が国王は古くからの友好国であるティアローズ王国の第1王子に対し、最大の敬意を払っているのですよ。なぜならこの私を使者に遣わせたのですから」
「何だと?」
「確かに私は貴族ではなく平民。ですがその能力を買われて、今はレガリス王国の騎士団長をしています」
「たかが平民の分際で騎士団長だと?」
「たかが平民ですか・・・我がレガリス王国と貴国とでは貴族に対する考え方が違うのですが、今日はめでたい席ですし、こんな話はもうやめにしましょう」
「ふん。めでたいと思うのなら、それなりの礼を尽くして欲しいものだな」
「礼を尽くせ・・・ですか。ではマクシミリアン王への貢ぎ物として、取って置きの情報をお聞かせいたしましょう」
「情報だと? 何だ言ってみろ」
「先ほどマクシミリアン王が死亡を宣言されたアリスレーゼ王女ですが、実は我が国で保護しております」
「なっ! あの時グランディア騎士団に突撃して消息不明となったアリスレーゼを、まさか貴国が・・・」
思わず大声を張り上げてしまったマクシミリアン自らのせいで、レガリス王国の使者との会話は、参列者全員の知るところとなった。
それに気づいたマクシミリアンだったが、レガリス王国への怒りがそれを上回る。
「おい貴様・・・アリスレーゼを保護していたなら、なぜ友好国である我がティアローズ王国に連絡をよこさなかったのだっ!」
「それはもちろんアリスレーゼ王女を守るためです。もし彼女が生きていると分かれば我が国に無理難題を押し付けてでも彼女の引き渡しを要求されたはず。違いますかなマクシミリアン王」
「当然のことだっ! 今からでもアリスレーゼを返してもらおう」
「それはできません。なぜならアリスレーゼ様は昨日ティアローズ王国の建国を宣言されて女王となられ、このような戴冠式こそ行いませんでしたが、全ての亜人国家がその同盟国となりました」
「バカな! アリスレーゼが女王に・・・それに亜人どもが我がティアローズ王国を捨てたと言うのか」
「捨てたというよりあちらを正統なティアローズ王国と認めたのでしょう。そしてアリスレーゼ女王陛下は全権大使のミズキ殿と正式にご婚約されました」
「ミズキと婚約・・・」
「そのミズキ殿もオーク騎士団国の国王として全亜人種族に協力を呼び掛け、自衛隊の元に連合軍を組織して帝都ティアローズの奪還を目指しています」
「帝都ティアローズの奪還・・・我らが無し得なかった王城の奪還をアリスレーゼとミズキが・・・しかもそんなことが我らの目と鼻の先で」
「世界は大きく変化し、あなた方は完全に時代に取り残されているのです。国土を失い、かつての仲間さえも離れていき、過去の栄光にのみすがっているこの国に果たして明るい未来は来るのでしょうか」
「うるさい黙れ!」
マクシミリアンはそばに控える衛兵に目で合図を送り、この使者を捕えるよう指示を出した。
だがそれを見た使者は、膨大な魔力を発散させる。
ズズズズズズズ・・・・・。
アリスレーゼの次に強力な魔力の持ち主であるマクシミリアンは、目の前の平民が放つ魔力が自分を遥かに凌駕していることに愕然とする。
「ミズキやその仲間たちもそうだったが、なぜティアローズ王家でもない人間がこれほどの魔力を持っている・・・ティアローズ王家こそが神から選ばれし世界の守護者ではなかったのか」
そう呟いて、力なく項垂れるマクシミリアン。
それを見た使者は、一歩後ろに下がって一礼する。
「では、私はこれにて失礼いたします。ティアローズ王国に栄光あれ」
そして使者はその場から去っていった。
他の参列者も早々と退席し、数えるほどの王国貴族が複雑な表情を見せる謁見の間に、マクシミリアン王がぽつんと残された。
「私はどこで間違えてしまったのでしょうか・・・父上、母上」
玉座で頭を抱えるマクシミリアンに、たが、声をかける男が一人いた。
「間違えてなどいませんよ、マクシミリアン王」
「フリオニールか・・・」
「我々はあの狡猾なミズキに、伝統あるティアローズ王国を簒奪されただけなのです。あの男を殺してアリスレーゼを奪い返せば、我がティアローズ王国はかつての栄光を取り戻すでしょう」
「かつての栄光を・・・取り戻す・・・」
「さあお命じくださいマクシミリアン王。ミズキを討てと、このフリオニールめに!」
「そうだな・・・我々に残された道はもうそれしかないか。ならば行けフリオニール! ミズキを、そして日本を討ち滅ぼして、アリスレーゼをこの手に取り戻すのだ!」
◇
グランディア帝国・帝都ティアローズ。
その壮大かつ荘厳な皇城の玉座に座る皇帝アレクシスは、その日珍しく機嫌がよかった。
居並ぶ帝国貴族たちの前で高笑いを聞かせた彼だったが、それはおよそ数ヵ月ぶりのことだった。
ある時期から南方異界門との連絡が途絶え、転移陣で飛んだ兵士も誰一人帰還する者がいなくなった。
それと同時期に、亜人居住区域に駐留していた帝国軍とも連絡が取れなくなり、アレクシスはその理由を魔族の逆侵攻と考えた。
その矢先の魔族による帝都襲来。
しかも魔族は亜人どもを従えた上、宿敵ティアローズ王国と連合を組むほどの狡猾ぶりで、アレクシスの怒りは怒髪天を衝いていた。
完全に後手に回ったアレクシスは、魔界での戦いの傷が今だ癒えずに病床に臥せっていたヴェイン伯爵を叩き起こすと、騎士団2万を与えて帝都防衛の切り札として追加投入した。
そのヴェイン伯爵も、決死の覚悟で帝都決戦に臨もうとしていたところ、魔族は帝都目前で引き返して、ティアローズ軍との同士討ちを始めた。
これが帝国側から見た魔族侵攻の顛末だが、そんな状況にあって新たに帝国男爵に叙せられた男がいた。
鮫島祐二だ。
彼はこの世界に転移した後、召喚士たちによって帝都ティアローズまで連れて来られ、そこで日本についての情報を提供した。
ある日鮫島に興味を持ったアレクシスが彼をそばに置き始め、鮫島は日本に関する様々な情報を直接レクチャーした。
特に自衛隊をはじめとする地球の武器について、自分が知っている限りの知識を皇帝に与えると、アレクシスはその功績を認めて鮫島に男爵位と騎士団、家屋敷と使用人を与えて厚遇した。
そんなアレクシスは、謁見の間に居並ぶ貴族たちを前に、ここ数日に起きた宿敵ティアローズ王国の出来事を話して聞かせた。
アリスレーゼ第一王女が魔族の力を背景に新たなティアローズ王国を建国したこと、その翌日にアリスレーゼの生存を知らず自ら戴冠したマクシミリアン第一王子のことを。
「くっくっく。マクシミリアンがあんな間抜けなヤツだったとは思わなかった。かつてのティアローズ王国の栄光も、最早見る影もないな」
傍らに立つ帝国宰相ゲール公爵が、皇帝アレクシスに彼らの処遇を尋ねると、
「奴らに興味はなくなった。フリオニールも魔力だけの低能であることがこれでハッキリしたし、放っておいても奴らは自滅する。これからは魔族どもを倒す先兵として利用し尽くしてやるさ。ハーッハッハ!」
帝国貴族たちが皇帝の言葉に大きく首肯すると、機嫌のいい皇帝はさらに話を続けた。
「そもそも余がティアローズ王国を侵攻した理由は、魔界に捕らわれたままの神々をこの地に呼び戻すための古代の召喚魔法を手に入れるためだった。だが魔界は広く、魔族も強大。それは果てしない困難を伴うものと予想していたが、その神自らがこの世界にご帰還された!」
その言葉にざわめく帝国貴族たち。
「皆がよく知る神話の神、ヴェーダ神とスーリヤ神。その2柱がお戻りになられたのだ」
おおおおおお。
「その化身の一人は、先般アリスレーゼとの婚約を発表したミズキという少年。そしてもう一人の化身は、ミズキの側近として共に戦うヤヨイという少女だ。この二人を我が帝国に迎え入れられれば、世界の全てを欲しいままにすることができる」
皇帝の言葉に熱狂する貴族たち。その興奮が冷めやらぬ間に、アレクシスは勅命を下した。
「その方法は一切問わぬゆえ、ミズキとヤヨイを必ず確保せよ! それを成しえた者にはグランディア帝国公爵の地位を与えようぞ」
「「「はっ! 皇帝陛下のお心の召すままに。グランディア帝国万歳!」」」
次回は本章のエピローグ。お楽しみに。
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