第31話 再会
深夜。
マクシミリアン隊の追跡を振り切った瑞貴たちは、グランディア帝国・帝都ティアローズの北部山岳地帯の洞窟に身を隠した。
高機動車を降りた瑞貴たち6人の元に、総勢30名ほどの騎士たちが近づいて来る。
その先頭に立つアリスレーゼは、瞳に涙を浮かべながら嬉しそうに瑞貴に語りかけた。
「わたくしティアローズ王国を捨てて来ました。もうマクシミリアンお兄様やフリオニールの言いなりになどなりません」
瑞貴も嬉しいそうにアリスレーゼに歩み寄ると、
「無事でよかったアリスレーゼ。でもどうやってマクシミリアンたちから逃げ出せたんだ」
「ロベルトお兄様が助けてくれたのです」
「ロベルトが・・・」
瑞貴はロベルトの方を向くと、彼は頭をかきながら瑞貴と別れた後の話を始めた。
◇
ドルマン軍司令部を立ち去ったロベルトは、その足でティアローズ軍司令部が置かれている支城城門の防御砦に戻った。
だがマクシミリアンの元に戻るつもりのなかった彼は、アリスレーゼを奪取して瑞貴の元に連れ去ろうと考えていたのだ。
しかしロベルト一人では、マクシミリアンはおろか王宮親衛隊すら倒せないことを理解しており、昔の仲間を探して力を借りようと支城内を探し回った。
だがどこを探しても砦の中はマクシミリアンの配下で埋め尽くされており、かつての仲間たちは全員フリオニールの配下として帝国軍と交戦中だった。
それでも誰かいないか必死に探していると、幸運なことに、フリオニールのやり方に反発して更迭された騎士たちを地下牢で発見した。
彼らはいずれもロベルトの腹心中の腹心で、彼らを全員助け出すと、アリスレーゼと共にこの国から亡命することに全員が賛同した。
そんなロベルトにさらなる幸運が続く。
魔法を封じられて拘束されたアリスレーゼが、王宮親衛隊に連行されて地下牢に現れたのだ。
「なぜアリスレーゼが地下牢なんかに・・・いや理由は想像できる。兄上の考えについて行けず、逆らって怒りをかってしまったのだな。だがこれは神の配剤。神はこの俺にアリスレーゼを連れてこの国と決別せよとおっしゃっているのだ」
こうしてロベルトは、王宮親衛隊からアリスレーゼを取り返すと、支城からの脱出を果たした。
◇
「そうだったのかロベルト。アリスレーゼを助けてくれて本当にありがとう」
「おいおいミズキ、お前に礼を言われる覚えはない。アリスレーゼは俺の可愛い妹だし自分のためにやったまでだ。それともミズキには別の理由があるのか?」
そうロベルトは、ミズキをからかうように笑った。
「そうだった・・・今のは忘れてくれ。でも国を捨てるなんてロベルトも随分思い切ったな」
「そうでもないさ。俺は古臭い考え方の兄上や、フリオニールのバカがのさばるようなあの国に戻りたくなかっただけだよ。それはここにいる仲間たちも同じ。こいつらは元王宮親衛隊で、ティアローズ騎士団の精鋭中の精鋭。仲間にしておいて決して損はないぞ」
瑞貴は彼ら一人一人の顔を見る。
彼ら全員、フリオニール隊に配属されながらも自分の意志を貫いてその命令には従わず、隊を除名されて地下牢に拘束されていた。
つまり処刑すらも恐れずティアローズ王国のやり方にノーを突きつけた信念の男たちなのだ。
瑞貴はその一人ひとりと固い握手を交わすと、笑顔で彼らを歓迎した。
◇
「さて瑞貴、キミと外交の話がしたい」
ロベルトの顔から笑顔が消えると、真面目な顔で瑞貴に問いかける。
「あの時ミズキはティアローズ王国との決別を口にした訳だが、それはアリスレーゼとの決別を意味したわけではないよな」
「それはもちろんだ。俺たちもアリスレーゼを助けに行こうと支城に向かったところで、ちょうどロベルトたちと鉢合わせになったぐらいだからな」
「うむ、それを聞いて安心したよ。俺たち32名は、兄上とは別に新たなティアローズ王国を建国しようと考えている。女王はもちろんアリスレーゼだ」
「新たなティアローズ王国・・・」
「国土もなく、国民もここいにる32名が全ての小さな国だが、日本国が同盟を結んだティアローズ王国暫定政府に比べれば32倍も人口が増えたことになる」
「ティアローズ王国暫定政府・・・。そうか日本国政府は、ティアローズ王国ではなくアリスレーゼを国家元首とする暫定政府と同盟を結んでいた。つまりマクシミリアンと俺が結んだのはただの覚書で、正式には同盟は結ばれていない」
「そういうことだ。では改めて聞こう、我ら暫定政府と引き続き共闘してくれるか、全権大使ミズキ殿」
「ああもちろんだ! 俺に何の異存もないし、むしろそれがあるべき姿だった」
「ありがとうミズキ、感謝する」
こうして本来のティアローズ王国とは別に、日本国を後ろ盾とするもう一つのティアローズ王国が、全権大使前園瑞貴の確認を得て、ここに建国した。
「さてここからが本題だ。ランツァー王国でミズキと出会ってから、たくさんの血が流れた。ドルマン軍と鬼人族隊合わせて約2000、ティアローズ軍もほぼ同数の約2000だ」
「その人数・・・グランディア帝国軍との戦いで戦死した人数を差し引いた、ティアローズ連合軍内の同士討ちで出してしまった戦死者の数」
「そうだ。もちろんその主犯はフリオニールと、その専横を許した兄上の責任。だが俺たち自身にも責任の一端がないとは言えないのではないか」
「俺たち自身の責任・・・」
瑞貴は自覚していた。
このことは常に頭の真ん中に居座り続けた後悔であり、だが常識や道徳、倫理観と照らし合わせて、あの時の瑞貴にはどうしようもない出来事だった。
だがロベルトが何を言いたいのか理解した瑞貴は、今ここにいない二人の女性を思い浮かべてしまった。
(さやかと母さんは果たして許してくれるだろうか)
彼女たちのことを思うと、簡単には答えることができない瑞貴。
だがロベルトは、そんな瑞貴に決断を迫った。
「新しく作るティアローズ王国は、世界の平和をその国是とする国としたいが、その前途は多難。だがミズキが共に歩んでくれれば、必ずや理想の国家が誕生するだろう。だから兄としてお願いする。アリスレーゼと結婚してやってくれミズキ」
ロベルトのまなざしが瑞貴の心に深く突き刺さる。
アリスレーゼとのことは、もう何百回、何千回と考え続けてきたことだ。
それこそさやかとの婚約を決める前からずっと。
長い沈黙が続き、ふと瑞貴は周りの視線が自分に集まっていることに、今さらながら気がついた。
ロベルトの仲間たちは祈るような気持ちで瑞貴の決断を心待ちにしており、かなではいつもの表情のまま瑞貴の全てを肯定している。
そして弥生は呆れた顔で、「今さら何を悩んでいるのよ。答えなんかとっくに出てるでしょ」と呟いた。
雨宮主幹は「瑞貴君は本当に真面目なんだから」とニヤニヤ笑い、アンナさんはなぜか悲壮な表情で天に祈りを捧げていた。
そして来るべき未来を予知したのか、愛梨は満面の笑みを浮かべると、瑞貴が出そうとしている答えを黙って肯定してみせた。
「愛梨、これが正解だったんだな・・・」
頬を赤く染めて答えを待つアリスレーゼに、瑞貴はこれまでの自分の行動を謝罪した。
「ロベルトの言うとおり、ランツァー王国でマクシミリアンと対面した時、俺が王配になることをためらったことが今回の騒動の発端になってしまった。失ってしまった命に詫びる言葉さえ見つからないよ」
「それはわたくしも同じです! 瑞貴と結婚したい気持ちでいっぱいだったのに、つい恥ずかしくていつも誤魔化してしまって。あの時お兄様にハッキリ言っていれば、フリオニールは表舞台に現れず、これ程多くの人命を失われずに済んだのです」
「いや、やはり俺の責任だ。俺は日本の常識にとらわれすぎていて、何が本当に大切なのかを判断できなくなっていた」
「いいえ、わたくしが悪いのです。ティアローズ王国の古いしきたりや、死んだお父様やお母様のご遺志、そしてマクシミリアンお兄様の命令にしばられていました。それが間違っていることをちゃんと理解していたのに・・・本当にごめんなさい」
「・・・俺たちは似た者同士なのかもな」
「ええ、本当にそう思います・・・」
そして二人は互いに顔を見合わせて笑い合うと、
「わたくしには、この不毛な戦いで命を失った人たちに対する責任がございます。だからもう逃げたりせず世界に真の平和を築くために新しいティアローズ王国をつくりたいと存じます」
「俺はもう逃げたりはしない。俺のせいで命を落としたたくさんの人たちの未来を無駄にしないよう、俺はこの世界に残って君と新しいティアローズ王国のために、この生涯を捧げようと思う」
その瞬間、アリスレーゼは瑞貴の胸に飛び込んだ。
「ああ、わたくしの瑞貴。わたくしもこの愛の全てをあなたに捧げます。愛しているわ瑞貴・・・」
◇
「コホン」
ロベルトが咳ばらいをすると、ようやく瑞貴とアリスレーゼが二人だけの世界から帰還を果たした。
「すまん・・・それで何の話しだったかなロベルト」
「今後の身の振り方だ」
「そうだったな」
「本当は今すぐオーク騎士団国に戻って反抗の機会を待つべきなのだろうが、今の我々ではグランディア帝国軍とティアローズ王国軍の両方を突破することは不可能。だからしばらくの間、ここから北にあるレガリス王国に身を寄せようと思う」
「レガリス王国・・・」
「この王国もティアローズ王国の友好国の一つだが、一風変わった文化と風習を持つ謎の多い国だ。そんな彼らも今は帝国の侵略に苦しめられているし、我らが助力を申し出れば無碍にはされないと思う」
「レガリス王国・・・確か北方異界門も存在したはずだし、一度訪問しておくのも悪くないな」
「決まりだな。では我々は北の地で再起を図るぞ」
次回もお楽しみに。
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