第30話 撤退戦(中編)
撤退を開始してから半日ほどが経過した。
しんがりを務める自衛隊が数百人規模なのに対し、それを包囲する帝国軍は全体で約6万とも推定され、その戦力比は100倍を優に越えていた。
そのため瑞貴たちは、限られた燃料と弾薬、思念波エネルギーを効率的に使い、敵の足止めに徹することで辛うじてその進軍を遅らせることに成功していた。
だが瑞貴たちが放棄した2支城からも新手の帝国騎士団が続々と出撃しており、先行する鬼人族隊との間で新たな戦闘も勃発する。
それらに対処していたことで撤退が想定どおりに進まず、ドルマン軍との合流を果たせないまま、瑞貴はさやかからの緊急通信を受けた。
『ドルマン軍の前方にティアローズ軍が立ちふさがりました。アリスレーゼ様からポーチ姫あてに連絡が入り『貴軍の撤退は認めず、速やかに支城攻略に戻るように』とのことでしたが、どう回答いたしますか』
「ついに来たか・・・だが俺たちの撤退は決定事項。アリスレーゼには悪いが『撤退を認めてすぐにそこを通すよう』ポーチから話を入れてもらってくれ」
『承知しました』
だがしばらくすると、今度はポーチ姫から瑞貴に直接通信が入る。
『ミズキさん、アリスレーゼ様とお話しましたが絶対に撤退を認めることはできないと』
「そうか・・・では俺が直接交渉するので、アリスレーゼにテレパシーを繋げるようお願いできるか」
『伝えてみます』
そのしばらく後に、再びポーチ姫から通信が入る。
『マクシミリアン王子からの許可がどうしても下りないそうです。しかもかなり怒っておられるらしく、すぐに持ち場に戻らないと攻撃も辞さないと』
「仕方がない・・・ではアリスレーゼには『持ち場に戻る』と伝え、俺たちは合流を急ごう。かなり遠回りになるが別のルートで撤退する」
『了解しました』
◇
ポーチ姫が指示に従いドルマン軍が後退して行くのをホッとした表情で見つめるアリスレーゼ。
だがマクシミリアンの怒りは収まらず、彼らが本当に戻ったのか確認するよう側近に指示を出した。
そんな彼にアリスレーゼは不満をぶつける。
「どうしてお兄様はドルマン軍の撤退を許さないのですか。ポーチ姫のおっしゃるとおり、わたくしたちの劣勢は最早覆すことができません。ティアローズ軍もすぐに撤退を開始すべきです」
「確かに劣勢だが挽回のチャンスはまだ十分にある。それより問題なのは、ポーチのあの態度だ」
「え?」
「ドルマン王国は我が王国と主従関係にあるにも関わらず、あのポーチめは臣従の意を示すどころか、我らと対等な地位になったかのようにつけあがっている」
「・・・何をおっしゃっているのですかお兄様。ドルマン王国はれっきとした独立国で我らと対等の立場。いえそれどころか我がティアローズ王国は既に滅んで国土は帝国のもの。そして我らは国土の回復を目指す流浪の民で立場は既に逆転しております」
「そなたこそ何を言っている! ティアローズ王国は今も健在で、そなたさえ我が王城の玉座に座れば王国はかつての栄光を完全に取り戻す。だから一刻も早く王城を奪還し、女王への即位とフリオニールとの婚姻を進めなければ」
「フリオニールとは結婚したくありません!」
「またその話か。ミズキ殿のことは早く忘れて、フリオニールを受け入れるがよい。それが父上と母上のご遺志なのだ」
「もちろんそれは承知してますが、たとえ先王のご遺志であろうと、あのような男を王配とするのは間違っております」
「何だとっ! 父上のご遺志に逆らうつもりかっ!」
「以前のわたくしなら、何の疑問も持たずあの男と結婚していたでしょう。ですがわたくしは日本で様々な考え方に触れ、この世界に戻って自分の国を見つめ直し、そして気づいたのです」
「何に気付いたと言うのだ」
「ティアローズ王国はもう世界の中心ではなく、これからは他の国々と手を取り合って共に平和を築いて行かねばならぬのだと」
「・・・アリスレーゼ、そなたはミズキ殿に毒されてしまったようだ。この戦いが終わったら日本国とは同盟を破棄し、すぐ元の世界に帰ってもらおう。その間アリスレーゼには彼らとの接触を一切禁止する」
「お兄様っ!」
アリスレーゼは自分の思いを全て伝えたつもりだったが、いくら言葉を尽くしてもマクシミリアンにはまるで届かないことを、この時改めて思い知らされた。
だが更なる絶望がアリスレーゼを襲う。
マクシミリアンの立てた作戦を無視して今の劣勢を引き起こした張本人であり、支城にメテオ攻撃を敢行して破壊の限りを尽くしていたフリオニールが、帝国軍の残党狩りを突然止めると軍を反転させてドルマン軍の後を追った。
イヤな予感がしたアリスレーゼは、
「先ほどお兄様は、ドルマン軍を追跡するよう部下に命じておられましたが、よりによってあの男を向かわせたのですか」
「いや私は自分の騎士団に命じた。・・・一体何をするつもりだアイツ」
「また独断専行ですか・・・お兄様があの男に戦果を上げさせようと全て肯定なさるから、あの男はつけ上がって身勝手なことばかりするのです」
「確かに自分でも度が過ぎていたとは思うが、それもティアローズ王国の将来を思えばこそだ」
だがその時、フリオニール部隊の上空に無数の魔法陣が花開いた。
「えっ? ・・・ちょっと待ってください。あの魔法陣はまさかっ!」
「メテオだと・・・フリオニールのやつ、ドルマン軍に対してメテオ攻撃をするつもりなのか」
「一体何を考えているのですかあの男は! 『フリオニール、今すぐ攻撃を中止なさい! さもないと』」
だがフリオニールの返事を待つよりも早く、マクシミリアンが首を横に振って彼女を制止した。
「・・・もう遅い。メテオは既に発射された」
アリスレーゼはドルマン軍に向けて落下していく無数の岩石を茫然と見つめ、
「そんな・・・これでわたくしたちは何もかも」
「ああ王城奪還作戦はこれで失敗だ。昔のドルマン軍ならこの程度は問題にはならなかったが、あのポーチめは帝国ではなく我々に反撃をしてくるだろう」
「何を当たり前のことを・・・」
「フリオニールも迂闊だが、昔のようにドルマン軍がそれを受け入れれば作戦は継続できるのだ。この戦いが終わればポーチをすぐに更迭するよう、ドルマン国王に命じなければなるまいな」
実の兄であるはずのマクシミリアンの言葉が到底理解できなかったアリスレーゼは、自分の考え方は最早ティアローズ王国と全く相容れないことを理解した。
「この人達には何を言っても無駄のようです・・・ごめんなさいポーチ姫・・・助けて瑞貴・・・」
◇
アリスレーゼとの交信を終えたポーチは、ティアローズ軍からの要請を受けたふりをして、瑞貴たちとの合流を急ぐべく後退を始めた。
その際、ティアローズ軍にこちら側の意図を読ませないよう、あえて無防備な背中をさらして敵意がないことを示していた。
そんなドルマン軍は、だが友軍であるはずのティアローズ軍から何の通告もなく、いきなりメテオの飽和攻撃を受けてしまった。
巨大な岩石が雨のように降り注ぎ、その衝撃によってできたクレーターが辺りの地形を変えてしまう中、おびただしい数のドルマン兵が、抗う間もなく無惨な死体へと強制的に変えられてしまった。
この騙し討ちに、ポーチ姫やその幕僚そしてUMA戦闘員たちは怒りに震えて言葉も出ないほどだった。
「ティアローズ軍がこんな卑劣な行為に出るなんて、どんな理由があっても決して許されるものではない。アリスレーゼ様にはちゃんと謝罪いただき・・・」
そんなさやかの呟きを、だがポーチが遮ると氷のような冷たい瞳でティアローズ王国との訣別を告げた。
「我が同胞に対する今回の虐殺行為は、たとえティアローズ王国であろうと報いを受けていただきます」
「確かに謝って許される行為ではございませんね。これでわたくしたちに撤退の選択肢はなくなりました。ここで瑞貴君たちと合流しましょう」
さやかが覚悟を決めて通信機のスイッチを入れると、ポーチ姫は幕僚に対し毅然と命令を下した。
「全軍防御態勢を取れ! 次のメテオ攻撃に備えて、ここで魔石を使いきるつもりでマジックバリアーを最大展開! ミズキさんたちが救援に来てくれるまで、ここで持ちこたえるわよ!」
そしてティアローズ軍との全面対決を決意した彼女たちの覚悟を感じ取ったエカテリーナは、
「どうせあのバカの仕業でしょうけどアイツを野放しにしたのはティアローズ王国の責任。そして今回の行為は完全な反則。これで私も本気を出すしかなくなったわね! やられた分はきっちり返させてもらうわ」
そんな彼女の瞳は炎のように真っ赤に燃え上がり、プラチナブロンドの髪は純白に染め上がった。
◇
逃げ遅れた友軍を回収しながら帝国軍を蹴散らして隊を進めた瑞貴たち。そしてドルマン軍との合流まであと少しの所まで到達したその時、瑞貴たちは恐るべき光景を目の当たりにした。
遥か前方、ドルマン軍とティアローズ軍が衝突しているであろう戦場付近に、眩い閃光に続いて巨大なキノコ雲が空に浮かび上がった。
「何だよあれ・・・雨宮主幹の新型デバイスより遥かに強力な攻撃魔法じゃないのか」
瑞貴が思わず息を飲むと、爆発地点に計測器を向けていた雨宮主幹も絶句した。
「推定0.5✕10の12乗ジュール。小型戦術核に相当するエネルギー放出量ね。思念波デバイスではあのレベルのエネルギー変換は現状不可能。つまりティアローズ軍が使用した攻撃魔法ということになる」
「そんな・・・さやか、敦史、みんな・・・」
顔面蒼白の瑞貴に、だが愛梨は雨宮主幹の推測を即座に否定した。
「あれはお母さんの魔法、太陽の抱擁だよ」
「太陽の抱擁? それって確か、この世界に転移する際に帝国騎士団に使用されたというあれか。そう言えばずっと有耶無耶にされていたけど、母さんって」
「お母さんも元はこの世界の住人で、神話の時代に魂が転移したお兄とはまた別の力に導かれて、日本に転移してきたのよ。それ以上は今は言えないけど」
「やはり母さんもこの世界の住人・・・だがそうと分かればUMA戦闘員のみんなはまだ無事のはずだ」
瑞貴はホッと胸を撫で下ろすと、ドルマン軍との合流を急いだ。
◇
マジックバリアーを最大展開して未知の攻撃魔法の直撃を防いだティアローズ軍だったが、それでも魔力の低い騎士たちは一瞬で蒸発した。
遺体も残らなかったため、どれだけの犠牲者が出たのかさえ分からないほどの惨状に、マクシミリアン王子はそのプライドをズタズタに傷つけられた。
「あのような大魔法がこの世に存在するとは・・・だがそれをなぜ我がティアローズ王国ではなく、たかが犬人族の奴らが持っている」
「あれはドルマン軍ではなく、瑞貴のお母様の魔法攻撃です。実際に使用されたのは初めて見ましたが、帝国騎士団を一瞬で灰にできるとのお話でした」
「そんなバカな・・・ランツァー王国より高度な文明を持つ日本国が、我がティアローズ王国よりも遥かに強力な魔法まで持っているなんて・・・神よ! 神は我らティアローズ王家を、人の世を統べる使徒としてお選びになったのではないのですかっ!」
絶望の表情で天に祈りを捧げるマクシミリアンに、アリスレーゼはさらに突き放すように言った。
「お気付きになりましたかお兄様。あの攻撃はフリオニールの部隊だけを正確に狙って使用され、ヴァリヤーグ公爵領で徴兵された平民兵には全く犠牲者が出ていないことを」
「・・・確かにそうだ。あの魔法に限らず、ドルマン軍は平民兵には一切目もくれず騎士団ばかりを狙って来ている。この戦況でなおもそんな芸当ができるなんて、奴らは一体・・・」
「この戦場には間もなくオーク騎士団国の精鋭たちが自衛隊を伴って到着します。その自衛隊は本隊が無傷で亜人居留区域に残っているのです。この戦いの勝者がどちらになるのか、お兄様なら分かりますよね」
「・・・ああ、こんな奴らに勝てるわけがない。いやだからこそ我々は帝国との戦いに日本を引き込んだはずだった。だがこれでは帝国より先に我らが滅ぼされてしまうじゃないか。なぜこんなことに・・・」
「もう降伏しましょうお兄様。今ならまだ瑞貴も許してくれるかも知れません。もちろん失われた犬人族たちの命は帰ってきませんが、それは今後わたくしたちが補償することで許しを乞うしかありません」
「降伏・・・日本国にならまだしも、亜人どもに屈するなど絶対にできん!」
「お兄様、ティアローズ王国は遠の昔に命数が尽きていたのです。わたくしが瑞貴に降伏の意思を」
「・・・ダメだ・・・ダメだダメだダメだっ! 我が王国が私の代で滅ぶなど絶対に許されない!」
「お兄様?」
「降伏など絶対に認めんっ! そうだ、ミズキは今でもそなたのことを好いているはずだ。なら降伏する代わりにアイツを王配に迎え入れれば、ドルマン王国も我らに文句はつけられなくなる。それに日本国の魔法も技術もいずれは我々のものとできるし、なぜこんな簡単なことに今まで気がつかなかったのだ」
「お兄様、よくもそんな恥知らずなことを・・・わたくしはもうお兄様の命令には一切従いません。今すぐ降伏して彼らの軍門に下りましょう」
「待てアリスレーゼっ! おい衛兵、アリスレーゼの魔力を封じて厳重に拘束しておけ。コイツを日本国との取引に使う」
「「「はっ!」」」
次回もお楽しみに。
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