第29話 帝都攻略戦(後編)
日本政府が示した戦略目標の一つ、グランディア帝国・帝都ティアローズ攻略戦が始まった。
同盟国ティアローズ王国の提案により、その初戦で防衛の要となる3支城を攻略してこれを橋頭堡とし、帝都攻略の足掛かりとする。
つまり自分たちが城を再利用できるよう、支城攻略にあたってはその城壁の破壊を最小限に留めなければならない。
結果、自衛隊が採用した作戦は、その火力を支城攻略には振り向けずに、10式戦車の砲撃により城壁の一部を破壊せしめた後に転進し、鬼人族レジスタンスの半数を城内部に突撃させてその奪取を狙う。
そして残り半数のオークやオーガたちとともに、自衛隊はその火力の全てを帝国騎士団3万にぶつける。
もう一方の支城陥落を担うポーチ姫率いるドルマン王国軍は、鬼人族隊の戦況と歩調を合わせて攻城戦を進めることとなる。
この支城は3つの中でも比較的攻略が容易な上に、ランツァー軍が撤退する際に譲り受けたドワーフ自慢の最新型攻城兵器を保有しており、戦況のコントロールが可能だからだ。
そして最も兵数が多く支城を熟知しているティアローズ軍は、外敵に備えるために作られた最も巨大で堅牢な支城を攻略するが、彼らの戦況はアリスレーゼとポーチ姫の間のテレパシーでしか分からない。
これはアリスレーゼと瑞貴の接触を固く禁じるマクシミリアンの要請によるもので、ポーチ姫は自分の部隊の指揮だけでなく3つの支城の戦況全てを把握して全体への情報の共有もしなければならなかった。
◇
そんな戦いが始まって丸1日が経過したところで、自衛隊と鬼人族隊の両方の司令塔を務める瑞貴の通信機に、ポーチ姫からの緊急連絡が入った。
瑞貴の代わりに前線で指揮を執っていたエカテリーナは、通信機を通して聞こえるポーチ姫の声が完全に混乱していたため、落ち着いて話すよう諭した。
『失礼しましたエカテリーナ様。ご相談したかったのは、ティアローズ王国軍5000が突然こちらの戦場に現れ、支城への攻撃を始めたことです』
「どういうことかしら。アリスちゃんからは作戦変更の指示が事前に伝えられてなかったと思うけど、ポーチちゃんは何か聞いていたかしら」
『いいえ。それどころか、アリスレーゼ様もマクシミリアン王子も状況が掴めておらず、向こうも混乱しているご様子でした』
「つまりまたあのボンクラ王配の暴走ということね。全く・・・念のために私たちUMA戦闘員がそっちに移動するから、ドルマン軍は攻撃を中断して鬼人族とのタイミングを合わせることに注力して」
『了解しました。お気をつけて!』
◇
エカテリーナは加藤陸将補に状況を報告して急ぎドルマン軍担当戦域へと向かったが、UMA戦闘員部隊が到着した時には既に支城は陥落しており、ドルマン軍が入城を果たしていた。
エカテリーナが兵士に命じて急ぎ支城の司令部に案内させると、ちょうどポーチ姫とフリオニールが言い争いをしているところだった。
「だからどうしてこの支城を攻め落としたのよ! あなたには自分の持ち場があるでしょ!」
「黙れこの亜人風情が! 貴様らは余計なことを考えず、余の命令通り支城を守っていればよい」
「それが無理だから今回の作戦に決めたんでしょ! あなたのせいで全て無駄になったじゃない!」
「無駄ではない。我らティアローズ軍が攻める支城は難攻不落。ゆえにこの支城の転移陣から直接内部に侵攻し、これを制圧する。さすれば残りは鬼人族の支城のみとなり、3支城攻略がなし得ることとなる」
「何をバカなことを言ってるのよ。それが難しいことはマクシミリアン王子が軍議で・・・」
「余のメテオを持ってすれば可能だ」
「そんなことをしたら支城が使えなくなるでしょ!」
「うるさい! 貴様は余の命令のみを聞いていろ!」
フリオニールが問答無用でポーチ姫に支城の守備を押し付けると、部屋を出て行こうとして瑞貴の存在に気づき、すれ違いざまにこう言い放った。
「貴様もここにいたのかミズキ。だが残念だったな、貴様たちが活躍する前に余の手でこの戦いを決めてやる。貴様はその犬っころと一緒に、余が落としてやったこの支城を身体を張って死守していろ!」
◇
「最低のバカね、あの男」
フリオニールが去った司令部で、エカテリーナはみんなに聞こえるように大きな声で罵った。
「あんな男のために私たちが血を流す必要はないわ。この戦いは負けだから、撤退を前提に行動するわよ。まずは敵の攻撃に対処するため、城の大型転移陣の周囲に半数の兵力を配置し敵の侵入を防ぎなさい。そして残り半数で外から攻めてくる帝国騎士団を迎え撃ちましょう」
「つまりフリオニールが今からやろうとしている作戦の規模を数倍にしたスケールで帝国軍が攻めて来るので、それに対処しつつ脱出を図るということですね」
「さすがポーチちゃん分かってるじゃない。それにひきかえあの男はこんな簡単な計算もできないなんて、本当にどうしようもないバカね」
「ではドルマン軍は司令部を城の監視塔に移して、両方の戦況を見ながら作戦を進めます。みんな私についてきて!」
ポーチ姫が幕僚とともに走り出すと、エカテリーナは藤間警部チームを彼女の護衛に向かわせる。そして部屋を出ていく敦史の背中に声をかけた。
「伊藤くん、ポーチちゃんのことを守ってあげてね」
「おうよ、俺に任せとけって前園先生!」
◇
ドルマン軍司令部が居なくなりガランとした部屋の中で、未だ立ち直れない息子を前にエカテリーナは、母親として、そして教師として諭すように言った。
「ねえ聞いて瑞貴」
「・・・・・」
「あのバカとアリスちゃんが結婚したら、ティアローズ王国はどうなると思う?」
「アリスレーゼが・・・結婚・・・くっ!」
アリスレーゼの名前が出た途端、これまで魂が抜けたようだった瑞貴が悔しそうに拳を握りしめる。
さやかとロベルトは、そんな瑞貴にそれぞれ異なる感情を抱きながらも、結果的に同じような複雑な表情で親子の会話を見守った。
「あなたには難しいと思うけど、自分の立場やしがらみを忘れて、今から言うことを客観的に考えて見て」
「立場やしがらみを・・・忘れて・・・」
「あのフリオニールにティアローズ王国を統治する能力があると思う?」
「そんなのあるわけがないっ!」
「もう少し冷静になりなさい瑞貴。では仮に王国を統治できたとして、以前のように世界から敬われる国になるかしら」
「・・・それは無理だろ、アイツなんかに」
「どうしてかしら?」
「だってアイツ、俺たち日本人を仲間だと認めてないし、ヒッグスやポーチのこともバカにしやがった」
「そうね。フリオニールはポーチちゃんたち亜人を人間として認めていないのよ」
「人間として認めていない・・・そうだ、そうなんだよアイツら。今から思えば、今回の作戦で最も激しい戦場をヒッグスにまかせたのは、駒として使い潰すか帝国と鬼人族の共倒れを狙っていたような気がする。ついでに俺たち日本人もいなくなればいいと思って、執拗に出陣を求めて来ていた」
「そしてそれはマクシミリアンも同じよ。あの二人はかつてのティアローズ王国の栄光を取り戻すことだけが望みで、亜人の国の未来には全く興味がないのよ」
エカテリーナの話に、工作員のアンナが補足する。
「ティアローズ王国は元々オーク騎士団国を国家と認めず討伐対象にしており、ミケ王国やドルマン王国は属国扱いして朝貢を求めていました。だからこの前の軍議でも彼らに発言の機会を与えなかったし、彼らが対等な立場でテーブルにつくこと自体が屈辱で仕方なかったはずです」
「そこまで徹底して・・・そう言えばランツァー王国で初めて二人の王子と会った時、ロベルトは気さくに話せていたが、マクシミリアンはポーチ姫とは挨拶を交わさなかったし、俺が彼女に同席を求めると理由をつけて拒否していた」
「だと思いました。そんなティアローズ王国も、自分たちよりも高度な技術を持ち、同等の魔力を有するランツァー王国だけは特別扱いし、それ以外の国は全て自分たちの一段も二段も下にみているのです。グランディア帝国もそんな屈辱的な扱いを受けてきた国の一つでもあるのよ」
「まさかその恨みが原因でこの戦争を・・・でもアリスレーゼとロベルトは違う」
瑞貴が隣に立つロベルトを見ると、だが彼は愕然とした表情でティアローズ王国の問題を看破したアンナを見つめていた。
ロベルトもまさに今その事実に気づかされたのだ。
「瑞貴君、その二人はかなり特別なの。だから私たちは、ティアローズ王国の本質を見誤ってしまった」
「ティアローズ王国の・・・本質」
瑞貴の目に生気が甦ったことを見てとったエカテリーナは、その質問を彼にぶつけた。
「さてここで問題よ。ティアローズ王国とは価値観も正義も異なる日本。それでも打倒グランディア帝国のために同盟を続けるべきなのかしら。全権大使という立場を離れて、一人の日本人としてこの局面をどう判断するの、瑞貴」
「一人の日本人としてなら答えは簡単だ。ティアローズ王国との共闘は不可能と判断し、今後は亜人族との連帯に戦略を切り替える」
「その方針に従うと、今私たちがやらなければならないのは何なのかしら?」
「もちろん直ちにこの戦場を放棄してオーク騎士団国に撤退する。一人でも多くの兵士たちを生還させるため、前線の鬼人族隊と自衛隊をドルマン軍と合流させてグランディア騎士団と・・・ティアローズ軍の両方の追撃から逃げ切る!」
「正解よ。ではこれでお母さんの出番は終わり。後は瑞貴の思うようになさい」
「ああ。今までありがとう母さん。それからロベルトは・・・」
瑞貴はロベルトに話しかけようとしたが、彼は何も言わずにそっと部屋から出ていった。
その寂しそうな後ろ姿に瑞貴は何も言葉がかけられず、そのまま見送った。
(キミとはもっと別の形で出会えていれば、親友になれたかも知れないな。さよならロベルト・・・)
次回もお楽しみに。
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