第28話 ヴァリヤーグ公爵領攻略戦
3月12日。
ヴァリヤーグ公爵領奪還作戦はその火ぶたが切って落とされた。
既に15000を下回るまで討ち減らされた帝国軍は、城の守りを捨て全軍がランツァー軍9000に総攻撃を仕掛けて来た。
と言うのも、ランツァー軍攻城部隊とティアローズ王国軍フリオニール部隊の連携により、前回の戦いで既にヴァリヤーグ城の城壁を大破せしめていたが、帝国軍が城を放棄し一気に攻勢に転じたのだ。
ここで撤退を選ばないのは帝国軍の内部事情がそうさせたのだろうが、その攻撃は窮鼠猫を噛むが如く、玉砕覚悟の猛攻であった。
一方これを受けて立つランツァー軍は、自陣の周囲に塹壕を張り巡らせて万全の防御態勢を整えており、自慢の長射程兵器で帝国兵に間断ない攻撃を加えた。
だがいくら兵士を撃ち殺しても仲間の屍を乗り越えて突撃を繰り返す帝国兵に、塹壕は次々と突破され、堅固なはずの前線はその何カ所かで敵軍の侵食を許してしまっていた。
そんな帝国軍の反対側に回って、ランツアー軍との挟撃を敢行するのがティアローズ軍の役割だったが、その先陣を切ったのが今回初参戦となる瑞貴たちの部隊だった。
その攻撃はこの世界の人間の想像を絶するもので、8機の対戦車ヘリが帝国軍の頭上から機銃を浴びせかけると、瞬く間に兵士を肉塊へと変えて行った。
上空を高速で通過するヘリ部隊が去った後には、被弾した死傷者が大量に生み出され、その一方的な殺戮に、ランツァー軍は救援にホッとするより恐怖の方が上回った。
「高所から自由に戦場を選び、バリアーを貫通してなおもあれだけの殺傷能力を保持する攻撃力。我らランツァー軍とてあれは防げないぞ」
「だがあの兵器と戦術は大変参考になる。空を飛ぶだけなら代替手段はあるし、火薬の爆発力で金属を射出して一点に破壊力を集中させる武器なら、原理さえわかってしまえば我々にも作れる」
「しかし日本国を敵に回せば、グランディア帝国より脅威となるのは確実。ゾロワーフ王には日本国との軍事同盟締結を急ぐよう進言せねばなるまいな」
ヘリ部隊が縦横無尽に空を駆け巡る一方、瑞貴たちも高機動車を駆って陸上から攻撃を仕掛ける。
『こちらさやか。改めて総員に作戦目的を徹底いたします。本作戦はあくまで帝国軍の士気を削ぐことにあり、退路を断たれた兵士たちに降伏を促すことです。現在アリスレーゼ様が敵兵の脳内に降伏を呼びかけておりますので、より士気の高い部隊に限定して効果的に攻撃を実施してください』
そんなさやかの指示を受け、瑞貴たちはデバイスの設定を変えてわざと派手な攻撃を行う。
藤間警部の射撃部隊に瑞貴と愛梨も加わり、恐怖をあおるような効果音とまばゆい閃光を伴った思念波弾が帝国軍に突き刺さった。
そんな未知の攻撃魔法に襲われた帝国軍はやがてその統率が失われ、悲鳴と怒号がパニックを助長する。
「よし、帝国軍の中に降伏する部隊が増えて来たぞ。この調子で、まだ戦意の高い部隊に絞って攻撃を続けていこう」
高機動車で荒野を爆走しながら瑞貴たちは戦場を駆け巡る。その予想外の活躍は背後に控えるティアローズ王国軍本隊にもハッキリと見えていた。
アリスレーゼは魔力を振り絞って帝国軍に投降を呼びかける。
『わたくしはティアローズ王国第一王女アリスレーゼ。あなたたちの退路は既になく帝国への帰還は不可能。ただし武器を捨てて我々に降伏すれば悪いようには致しません。特に徴兵でこの戦場に送りこまれた兵士には、終戦後に必ず故郷へ帰れることを約束いたしましょう。繰り返します、わたくしはティアローズ王国第一王女アリスレーゼ・・・』
アリスレーゼの呼びかけが通じ、帝国軍の中に降伏して武器を捨てる部隊が目に見えて増えて来た。
特に最前線で突撃を強いられていた平民の兵士たちは、その進軍をやめて次々と武器を投げ捨てていく。そんな彼らをランツァー軍が拘束していった。
戦況が順調に運ぶほど、それに苛立ちを覚える男がティアローズ王国軍の中にいた。
フリオニールだ。
「ミズキめ・・・最後の局面に突然やって来て、戦果を全て横取りするつもりだな。だがそんなコソ泥のようなマネはこの俺が絶対に許さん。全軍突撃せよ!」
フリオニールは指揮下の騎士たちに命令を下すと、総勢1200名の部隊が馬を駆って帝国軍へと襲い掛かった。彼らのほぼ全員が王国貴族の子弟であり、騎士でありながら魔法攻撃を最も得意とした。
そんな彼らから放たれた様々な種類の属性魔法が、未だ士気の高い部隊にではなく、既に降伏した帝国兵の頭上に一斉に降り注いだ。
それはさながら魔法の見本市のような様相で、炎熱魔法や氷雪魔法、突風魔法に雷撃魔法まで使用され、無防備な兵士たちが無残に殺されていった。
これに慌てたのがランツァー軍で、想定外の魔法攻撃を避けるために帝国兵の武装解除を放棄し、自陣深くのマジックバリアー内へと引き下がった。
「何をやってるんだティアローズ軍は。何の連絡もなく勝手に作戦を変えやがって!」
それは瑞貴たちも同様で、
「一体どういうことなんだ。既に降伏した兵士たちに何てことを!」
だが彼らの攻撃は留まる所を知らず、上空に巨大な岩石が出現すると猛烈な勢いで帝国軍に降り注いだ。
それを見たロベルト王子が、瑞貴に吐き捨てるように言った。
「あれはフリオニールが得意とする土属性魔法・メテオだ。やつは作戦を完全に無視して、俺の騎士団に無差別攻撃を命じやがった」
「なぜ彼はそんなことを!」
「さしずめ、ヴァリヤーグ公爵領奪還作戦の勝利を自分の手で決めたかったのだろう。少なくともミズキ殿に戦果を横取りされるのが許せなくて、この暴挙に及んだんだ。全く器の小さな男だ・・・」
「戦果を横取りだと・・・そんなつまらないことでこんな酷いことを。あの野郎っ!」
瑞貴は上空に浮かぶ無数の岩石のうち、一番巨大なものにターゲットを絞ると、念動力で軌道を変えて無人の荒野へ落下させた。
それが焼け石に水であることは分かっていたが、瑞貴はフリオニールが断じて許せなかった。
「アイツの攻撃はこの俺が全部阻止してやる!」
◇
ヴァリヤーグ公爵領奪還作戦は終わった。
残り2千名にまで討ち減らされた帝国軍は敢え無く降伏し、戦場には1万以上にも及ぶ無残な死体が取り残された。
辛うじて生き残った帝国兵たちの眼には、だが憎しみの炎がハッキリと宿り、ティアローズ王国軍が入城を果たしたヴァリヤーグ城へと連行されていった。
アリスレーゼを呪う言葉をつぶやきながら。
公爵城の謁見の間の玉座に座るアリスレーゼの表情は暗く、その面前に集合したランツァー軍各部隊の司令官たちは不満を顕わにしていた。
そんな彼らの心情を代弁したのは、瑞貴たちに帯同して戦ったロベルト王子だった。
「命令違反だフリオニール! 俺の騎士団の指揮権をはく奪し、貴様を軍から追放する!」
そんなロベルトに同調するように、ランツァー軍の指揮官たちも首を大きく縦に振るが、フリオニールは逆に瑞貴に対して怒りを爆発させた。
「ミズキこそ、ここから追放すべきだ! 俺が武勲を立てるのが悔しくてメテオ攻撃を邪魔しやがって!」
だが当然瑞貴もそれに反論する。
「降伏して武装解除に応じた兵士を一方的に殺害して何が武勲だ! そんな行為が許される訳がない!」
大多数がフリオニールを避難する中、だがマクシミリアン王子だけは彼を擁護した。
「ロベルト、お前に軍の人事を決める資格はない。騎士団はこのままフリオニールに任せて、お前は日本国との外交に専念しろ。それから戦いを早期に終結させて公爵領奪還を成功させた最大の功労者はフリオニールとその部隊とする。よく頑張ったなフリオニール」
そう言ってマクシミリアンは笑顔を見せて、フリオニールの肩を叩いて労って見せた。これには全員が呆気にとられ、ロベルトが猛然と噛みついた。
「とち狂ったのか兄上っ! 帝国兵はアリスレーゼのことを卑劣だの地獄に堕ちろだの、罵詈雑言の限りを尽くしているぞ! それもこれも全てはフリオニールの暴挙のせいだ!」
「帝国兵には好きに言わせておけばいい。卑劣な手段を使って先に我が王国に攻め込んできたのは帝国だ。だから奴らにはいかなる手段を使っても勝てばいい」
「それは違う! 兄上は間違っている!」
「はあ・・・お前には政治というものが全く分かってないな。今必要なのは、フリオニールの功績なのだ。平時ならともかく、この存亡の危機にある我が王国の王配を務めるには民衆の支持が不可欠であり、そのためには英雄に等しい逸話の一つも欲しいのだよ」
「・・・コイツが英雄だと?」
「そう英雄だ。よって今回の功績によりフリオニールにはこのヴァリヤーグ公爵領を所領として与えよう。それからミズキ殿、王国は今一番大切な時でありフリオニールと距離を置いてもらいたい。もちろんアリスレーゼともな」
「「「なっ!」」」
突然の決定に、瑞貴とアリスレーゼ、そしてロベルトの3人は愕然と立ちすくむ。
ランツァー軍はあきれ果ててすっかり言葉を失い、勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべたフリオニールは、瑞貴とロベルトの二人を一瞥すると、アリスレーゼの肩を抱いて奥の間へと下がって行った。
次回もお楽しみに。
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