第27話 引き裂かれた二人
ゾロワーフ王の宴には参加せず、自分の客間で食事を取っていたエカテリーナと愛梨の母娘。
そこに工作員アンナを加えた3人で晩餐を楽しんでいると、マクシミリアン王子の使いを名乗る者が部屋を訪れ、アリスレーゼが戻らない旨を伝えてきた。
不信に思ったエカテリーナは、事情を聞くため部屋に瑞貴とさやかの二人を呼ぶが、暗い顔をした二人から話を聞き終わるとため息を一つついた。
「こうなることはある程度予想はできたけど、そこまであからさまな態度を取られると、あまり気分のいいものではないわね」
アンナも小さくため息をつくと、
「ティアローズ王国は歴史も古く、世界を統べているという自負の強い国です。そこの第一王子ともなれば両肩にはかなりの重圧がのしかかっているはず。彼がアリスレーゼさんの婚姻を急ぐのも理解はできます」
「そうね。でも意外だったのは第二王子のロベルト。王族も一枚岩ではないということかしら」
「王族など我の強い人間の集まりですし、兄弟で考え方が違うことなど意外でも何でもございません。ですがあの古臭い国の王子にしては柔軟な発想をしているのが興味深いと存じますが」
「さすがこの手のことには詳しいわね、あなた」
「お誉めいただき光栄です。ですが今は戦時中ですので、好むと好まざるに関わらず第二王子は第一王子の考えに合わさざるを得ないでしょう。おそらくこのままアリスレーゼさんの婚姻が進められるはず」
「私としては、アリスちゃんが幸せならどちらでも構わないのだけど、フリオニールという婚約者の名前を彼女の口から聞いたことがないのよ。もしかすると、彼女の望む結婚ではないのかしら。・・・瑞貴、あなたはどうしたいの?」
エカテリーナが真剣な表情で瑞貴に尋ねるが、瑞貴は口を開かず、不安そうな表情のさやかが瑞貴の腕をぎゅっとつかんだ。
そして長い沈黙の後、瑞貴はようやく口を開く。
「俺はさやかと結婚する。その事実は変わらないし、だからアリスレーゼの結婚に口出しする権利もない」
「・・・ふーん、それで?」
「アリスレーゼがフリオニールとの結婚を望むのなら家族としてそれを祝福してあげたいし、その後もアリスレーゼを支えてやろうと思う」
「・・・そう。あなたはさやかさんを選んだ訳だし、そう決めたのならお母さんは止めないわ」
エカテリーナがそう言うと、アンナが感心するように呟いた。
「瑞貴君って本当に父親そっくりですね。共に暮らしていないというのに、血のつながりは恐ろしい」
「ええ。理想の夫婦の形ではあるし、日本の倫理観なら当然にそうあるべきなのだけど、この世界でそれを貫くとまたあの時のように・・・」
「それもまた血のなせる業・・・因果ですね」
エカテリーナとアンナは、お互いの顔を見合わせると完全に黙り込んでしまった。
だがその代わりに、さっきから黙って話を聞いていた愛梨が意を決すると、ついにその口を開いた。
「お兄・・・この前愛梨が言ったことを覚えてる?」
「・・・ああ。今いるメンバーが誰一人欠けることなくって奴だろ」
「じゃあ、今のお兄の選択で本当にお姉がいなくならないか、よく考えてみて」
「アリスレーゼがいなくなる・・・か。ひょっとするとそうなるかも知れないが、俺にはさやかが」
「お兄っ!」
すると愛梨の怒りが爆発し、瑞貴に噛みついた。
「愛梨は未来を変えたくないから何も話せないけど、このままじゃ愛梨たちの望む未来は訪れないのよ! それ以前に、このまま行けば愛梨たちは・・・」
「え? ・・・俺は間違っているのか?」
「お兄っ、自分の頭でちゃんと真面目に考えて!」
「考えたさ! だが100点満点の答えなんかあるわけないし、どう考えてもこの結論にしか・・・」
目に涙を浮かべてもどかしそうに訴える愛梨は、瑞貴が再び黙り込んでしまうと力なく肩を落とし、後ろを向いてしまった。
瑞貴は愛梨にかける言葉もなく、不安そうに怯えるさやかを連れて部屋を出ようとした。
「これ以上ここに居てはキミの身体に差し障る。俺が部屋まで送るよ、さやか。さあ立てるか」
「ええ・・・」
彼女を椅子から立ち上がらせて、身体を支えながら部屋を出ようとする瑞貴。
そんな彼の正面に、突然駆け出した愛梨が回り込むと、いきなりその唇を奪った。
「むぐーっ・・・・・ぷはっ、何するんだ愛梨っ!」
愛梨にファーストキスを奪われた瑞貴は、だが彼女の次の言葉にさらに唖然とする。
「愛してるのお兄。だから愛梨と結婚して」
「・・・はあっ? お前何を言って」
「お兄を他の誰にも取られたくなかったけど愛梨には無理だった。だから神宮路さんが居ても構わないから愛梨とも結婚して。お兄にはそれができる」
「俺にできるわけないだろ! しかもお前妹だし」
「常識なんか全部ゴミ箱に捨てて! そして大切なものを守ることだけを考えて! お願いだから、お兄」
それだけ言うと涙で真っ赤なった目を擦りながら、愛梨はベッドにもぐりこんでしまった。
◇
翌朝、瑞貴はゾロワーフ王に謁見して昨夜のマクシミリアン王子との会談の結果を報告した。
その中で瑞貴が連れてきた部隊がティアローズ王国軍と行動を共にし、ヴァリヤーグ公爵領奪還作戦に参戦することを伝えると、
「それは心強い! 公爵領は天然の要害にしてグランディア帝国と我が国との間を分かつ絶対防衛線。我が国の平和はここを奪い取れるかどうかにある」
「貴国にとってここが重要拠点であることは十分理解しているつもりです。ぜひ奪い取りましょう」
「ああ。日本国のお手並みを見せてくれ」
ゾロワーフ王に別れを告げ、マクシミリアン王子たちと戦場に向かうべく、出発準備を終えた高機動車に乗車し王城中庭で待っていた瑞貴たちだったが、約束の時間を過ぎても彼らは一向に現れない。
「どうしたんだろ、遅いな・・・」
しばらく待っていると王城の扉が開き、ロベルト王子が息を切らせて瑞貴たちの元に走ってきた。
「・・・はあ、はあ・・・遅くなってすまなかった。少し揉め事があって転移陣で戦場に戻っていたんだ。ここからは俺が同行するから、さっそく出発しよう」
「それはいいのですが、アリスレーゼは?」
「・・・戦場でティアローズ王国軍を指揮している」
「え、どうして・・・」
「昨夜、妹がフリオニールに会いに行ったのは知っていると思うが」
「・・・ええ」
「妹と再会した途端、アイツが急にやる気を出して、自ら騎士団を率いて戦線に加わりたいといい出した。兄上はそれに大喜びして、俺の配下1500騎をアイツに任せるよう俺に命じた」
「ええっ! そんなことして大丈夫なんですか」
「もちろん俺は反対したけど兄上には逆らえないし、アリスレーゼに王国軍全体の指揮を任せて、自分は騎士団長としての職務に専念したいと」
「そんな身勝手な! アリスレーゼは俺たちの大切な仲間なんだ。それを・・・」
「本当にすまん。俺から兄上にはそう言ったのだが、妹はティアローズ王国の次期女王だし、王国軍を統率するのは彼女の役目だと聞く耳を持たず・・・」
「次期女王・・・そうか彼女は女王陛下なんだよな」
「もちろん兄上は日本国との関係も重視してるから、アリスレーゼの代わりに第2王子であるこの俺をこちら側につかせた」
「そういうことですか。事情は承知しました、ロベルト王子。早速出発するので車に乗ってください」
◇
3月10日。
瑞貴たちUMA戦闘員は、10機のヘリ部隊と給油トレーラーを含む補給部隊を伴い、ヴァリヤーグ公爵領奪還作戦下のティアローズ王国軍に合流した。
ロベルト王子とさやかを伴った瑞貴が司令部の置かれた陣幕に入ると、ランツァー王国軍幹部も参加した軍議が行われている最中だった。
各部隊の司令官と参謀がずらりと居並ぶ中、アリスレーゼはマクシミリアン王子と並んで陣幕奥の玉座に腰を下ろしていたが、彼女が瑞貴に気づくと嬉しそうに立ち上がった。
「瑞貴っ!」
だがそんな彼女との間に一人の男が立ちはだかると、瑞貴の顔を見て不敵に笑った。
「貴様がミズキか。我が妻の命を救ってくれたことには感謝するが、妻はティアローズ王国の次期女王だ。平民の貴様が軽々と口の利ける身分ではない」
瑞貴をあからさまに見下すフリオニールに、ロベルト王子が怒りを爆発させた。
「失礼だぞフリオニール! ミズキ殿は日本国の全権大使であり、その戦力は我が国にとって何物にも代えがたい存在。それを無にするような発言は控えよ!」
だがフリオニールはロベルト王子の言葉を歯牙にもかけない。
「いかに義兄殿と言えども王配の僕に口出しは無用。マクシミリアン王子にも聞いたが、日本国の軍勢は全軍合わせても3000程度と聞く。王城奪還に本当に役に立つのか怪しいものだな」
「貴様・・・自分が何を言っているのか分かっているのか、フリオニールっ! ・・・兄上からもこの男を諫めてください!」
フリオニールの増長ぶりに呆れ果てたロベルトは、玉座に座るマクシミリアン王子に訴えかけた。だが、
「そう目くじら立てるなロベルト。フリオニールは早速戦果を上げて、敵軍に打撃を与えた殊勲者なのだ。今はこの機に乗じて一気に城を攻め落とすべく、作戦を立てているところなんだ。戦争は勢いが大切だし、それをそぐ発言は控えるんだロベルト」
「兄上・・・」
フリオニールを諌めようとして、逆に兄から諌められたロベルト王子が、両拳を握りしめながら悔しそうに下を俯いた。
アリスレーゼはそんな二人の兄たちに何も言えず、ただ悲しそうな目を瑞貴に向けるのだった。
次回もお楽しみに。
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