第26話 掛け違えたボタン
ティアローズ王国第一王子マクシミリアンと日本国全権大使前園瑞貴。
二人の間で、対グランディア帝国共同戦線に関する覚書が締結された。
「これで我々は同志となった訳だが、すぐにでもヴァリヤーグ公爵領奪還作戦に参加いただきたい」
「承知しました。寡兵ながら貴軍に助力いたします」
「ありがとう。ヴァリヤーグ公爵家はティアローズ王家の分家で代々宰相を務める名門。その所領を帝国から奪い返し、ティアローズ王城奪還の足掛かりとしたい。現在帝国軍は20000の軍勢をここに配置し、これを我が方はランツァー王国軍10000とティアローズ王国軍3000で攻略中だ」
「数的には劣勢ですね」
「だが平民主体の帝国軍に対し、我々は両軍とも魔力が強く、しかもランツァ-王国軍が持つ攻城兵器が極めて優れているため互角以上の戦いはできている」
「それはすごい」
「だが一つ問題があり、ゾロワーフ王は帝都攻略までは考えていない。ヴァリヤーグ公爵領を緩衝地帯として保有したいだけなのだ」
「緩衝地帯・・・なるほど」
「だから貴国の参戦は本当に心強いのだ」
「事情は分かりました。我々は元々帝都を奪還するのが目的ですので利害は完全に一致します。ただ本隊が本戦域に到達するまでまだ時間がかかりますので、それまでは今ある戦力での協力となります」
「それでも構わん。よろしく頼む」
マクシミリアン王子との話が一段落すると、それまで彼の隣で沈黙を保っていた第2王子のロベルトが、興味深そうに瑞貴に話しかけた。
「ミズキ殿とサヤカ殿はかなりの魔力をお持ちだが、日本国はどのような魔法を使用されるのだろうか」
「魔力・・・俺たちはそれを思念波エネルギーと呼んでいますが、戦闘ではこのデバイスを使って攻撃や防御を行います。少し実演してみましょう」
瑞貴はデバイスを作動させると、バリアーを展開したり窓の外に向けて思念波弾を発射してみせた。また彼独自の能力である念動力で座っていた椅子を宙に浮かせると、部屋の中を自由自在に移動させた。
「このデバイスを使えば瞬時にこのような攻撃・防御ができます。ここにいるさやかは、攻撃のバリエーションが仲間の中で一番多いのですが、ヴェイン伯爵との戦闘で負傷し、今は作戦指揮に専念しています」
ようやくリハビリを始めて杖をついて歩けるようになったさやかの肩を、瑞貴は優しく抱いた。
「呪文詠唱なしであのような魔法攻撃ができるとは何とも心強い。それに今ミズキ殿が放った魔力の大きさは我が王族にも匹敵する。日本国の貴族はみなミズキ殿のように強力な魔力を持っているのだろうか」
「最初に言っておくと、日本に身分制度はなく貴族などいません。それと思念波エネルギーは人間なら誰でも持っていますが、それを自在に扱える人間はごく限られており、俺たちUMA戦闘員はその能力者だけで選抜されています」
「なるほど貴国の事情はよくわかった。しかしミズキ殿は面白いな。その年で全権大使という地位に就き、しかもこれだけの魔力を誇っているか。ふむ・・・」
ロベルト王子は腕を組んで何かを考えた後、テーブルの向い側に座るアリスレーゼの顔を見た。
ティアローズ王国と日本国の会談はテーブルを挟んで対面式で行われているが、彼女は自分たちティアローズ王家側ではなく、瑞貴の隣に座っている。
そんなアリスレーゼにロベルト王子が尋ねた。
「アリスレーゼはなぜ日本国側に座っているのかな。そなたこそがティアローズ王国の君主ではないか」
「・・・本当ですわねロベルトお兄様。いつの間にかわたくし、瑞貴の隣にいるのが当たり前のように感じておりました。そちらに移動しましょうか?」
「いや構わん」
自分でも意外そうな表情のアリスレーゼに、暖かい笑みを見せたロベルト王子。そして、隣で複雑な表情を見せるマクシミリアン王子に小声で話した。
(どうでしょう兄上。ミズキ殿をこちらに迎え入れるというのは)
(いやしかし・・・それはさすがに)
(アリスレーゼはもう心を決めているようですし、おそらくこの二人は既に・・・)
(そんなものは見れば分かる。だが我らは世界の中心ティアローズ王家。ただの王族ではないのだぞ)
(だが彼は魔力だけでも十分資格はあるし、あの慎重なアリスレーゼが絶大な信頼を置いている。少なくともグランディア帝国に対抗しうる切り札には違いないでしょう)
(それは分かるが、俺たちが勝手に先祖代々のしきたりを破る訳には)
(兄上、ティアローズ王国は今や風前の灯なのです。古い掟に縛られていてはこの国は滅びてしまいます。今大事なのは王国の再興であり、そのためにはあらゆる手立てを講じるべきなのです)
(・・・分かった。お前の言う通りにしよう)
するとマクシミリアン王子はその整った顔を真っすぐ瑞貴に向けて、その言葉を口にした。
「ミズキ殿。我が妹とは既に恋仲のようだし、そうなってしまった責任の一端は毒を飲ませた我らにある。だがミズキ殿も男としての責任を取り、我が妹を娶ってティアローズ王国の再興を担ってほしい」
その瞬間、二人の顔が真っ赤になった。
「ななな何を言っているのですか、お兄様っ! わたくしと瑞貴はまだそんな関係にはなっていません。残念ながら(ボソッ)」
「そそそ、そうです! 俺はアリスレーゼを一生守ると約束しましたが、彼女には手を出してません!」
二人が慌てて否定すると、マクシミリアン王子はホッとした表情をして、
「そうか! アリスレーゼにはまだ手を出していなかったかミズキ殿。それは大した心がけだな」
「もちろんです。紹介が遅れましたが、こちらの神宮路さやかが俺の婚約者で、俺は神宮路家に婿入りする予定なのです。もちろんアリスレーゼも一緒に」
「サヤカ殿が婚約者だったのか、それは失礼した」
瑞貴の話を聞き、二人の王子は正反対の反応を示した。落胆の色を隠せないロベルト王子に対し、マクシミリアン王子は嬉しそうにアリスレーゼに告げた。
「ではアリスレーゼ、そなたの婚約者であるフリオニールとの婚姻を早急に進めよう」
「「えっ?!」」
「そなたが自害したことを知ったフリオニールは、王国を脱出してからもずっと悲しみに伏せる毎日を送っていた。だがそなたの無事を知ればアイツも奮起して帝国との戦いに加わってくれるだろう」
「ちょっと待ってください、お兄様っ! わたくしはフリオニールとの結婚など・・・」
「アイツは我が王族でも屈指の魔力を持ち、王国再興にはなくてはならない人物。この戦で失われたティアローズ王家の血を絶やさぬよう、一日も早く婚姻の儀を進めなくてはならぬ」
「そんな・・・」
アリスレーゼは魂が抜けたように呆然と立ちすくむと、ロベルト王子が猛然と反発する。
「俺は反対です。フリオニールの魔力は確かに強力ですが、ミズキ殿もそれに匹敵する魔力の持ち主。それにあんな腑抜けた男に王国の再興など託せません」
「魔力が同じなら、外の血を我が王家に入れる必要はない。アリスレーゼを守ってくれるというなら、王国貴族に取り立てて親衛隊を務めて貰えばよい」
「それはあまりに都合が良すぎる。兄上っ!」
「フリオニールとの婚姻は父上と母上が決めたこと。古の掟に従い、ティアローズ王城の奪還後直ちにアリスレーゼの結婚と戴冠の儀を執り行う!」
◇
瑞貴と引き離され、二人の兄に連れられたアリスレーゼは、戦いにも出ずランツァー王国の王城の客間に引きこもっているフリオニールの部屋を訪れた。
部屋を警備していた衛兵が慌ててフリオニールに取り次ぐと、廊下で待っていた3人の前を、部屋から飛び出した侍女が軽く会釈して走りに去って行った。
「アイツ、また侍女を部屋に連れ込んで・・・」
ロベルト王子が苦々しい表情を見せるが、マクシミリアン王子がそんな彼の肩を叩いた。
「フリオニールは王配の地位を失い自暴自棄になっていただけだ。アイツにアリスレーゼの生還を教えてやれば必ず立ち直る」
中に入った3人は、ガウンをまとってベッドに腰かけるフリオニールと対面する。
マクシミリアンに事情を聞かせれ呆然とアリスレーゼの顔を見ていたフリオニールは、満面の笑みで立ち上がるとアリスレーゼを力強く抱きしめた。
「おお、我が愛しのアリスレーゼ! キミが僕の元に帰ってきてくれてこれほどの喜びはない。・・・もう絶対にキミを離さないぞ」
以前ならフリオニールに何の感情も抱かなかったアリスレーゼは、だが彼に抱きしめられた瞬間、全身に鳥肌が立った。
そして力いっぱい彼を押しのけると、思わず叫んでしまった。
「やめてっ! わたくしの身体に触らないで」
次回もお楽しみに。
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