第24話 エピローグ
クーデターを成功させたターニャは、民衆の圧倒的支持のもと新国家建設に乗り出すことになるが、ヘリで王宮に到着した加藤陸将補以下幕僚たちは、本隊が到着するまでの3日間を使ってターニャへのレクチャーを行うこととなった。
彼女の望みは、準備が整い次第女王を退位して国を民衆に委ねることだったが、地球における過去数百年の民主国家の歴史を踏まえて、王政は残したまま民主主義を実現する立憲君主制を目指すことになった。
これは今回の革命が王族のターニャによって成し遂げられ、彼女無くしては国家統合がなしえないこと、急進的すぎる民主化は新たなる独裁者の出現と民主主義の崩壊を導いてしまうためであった。
何より、ミケ王国は民衆の識字率が低く教育レベルの向上に最低数十年はかかるため、公正な選挙が行われるようになるまで相当の時間を要することもその理由だった。
そんな風にターニャが当初想定していたものとはかなり異なる方向性となったが、彼女は我を通そうとはせず納得して軌道修正した。
そしてターニャは地球の知識をどんどん吸収すると、三権分立を柱とする国家統治機構と王権を法で制限する憲法の青写真を自ら描いて見せた。
それはミケ王国の現状に即したもので、ターニャの頭の良さに驚きを隠せなかった加藤陸将補たちにとって、優秀な教え子と過ごす時間はとても充実したものだったようだ。
そしてあっという間に3日が経ち、もぬけの殻となっていた帝国軍駐留基地に自衛隊、ドルマン王国亜人解放軍、鬼人族レジスタンス部隊が続々と到着した。
◇
ミケ王宮・玉座の間。
その玉座に座るターニャ女王の前には、到着したばかりのティアローズ王国第1王女アリスレーゼが護衛の愛梨を伴って立っていた。
そんな二人は、ターニャの隣に立つ瑞貴を見て不機嫌さを隠さなかった。
「なぜミケ王国の宰相になったのですか瑞貴っ!」
「そうだよお兄っ! 亜人の彼女を作ったらダメだって愛梨があれほど言ったよね!」
「す、スマン二人とも・・・。クーデターを成功させるために行きがかり上仕方なく。ていうか、ターニャは俺の彼女ではない」
女王への挨拶もそこそこに瑞貴に食って掛かる二人に対し、ターニャは少し落ち着くように告げた。
「ミズキを怒ってやるな二人とも。わらわは、ミズキがアリスレーゼ王女殿下と行動を共にし、しかも王配に決定していたことを知らなかったのじゃ。許せ」
「おおおお王配っ! あああああの、わたくしたちはまだそのような関係では・・・」
「そうだぞターニャ。俺には他に婚約者がいて、アリスレーゼは家族のような存在だ」
顔を真っ赤にして否定する二人に、愛梨がバカバカしいと言いたげな表情でため息をつき、ターニャはニヤリとほくそ笑む。
「なるほど、わらわの勘違いか。ならミズキはこのまま宰相兼わらわの王配に」
「「それは絶対にダメ!」」
アリスレーゼと愛梨が声を揃えて反対する。
「それは困ったのう・・・ミケ王国は王政を維持することに変更したのじゃが、王族はもう根絶やしにしてしまった後じゃし、ここから人数を増やすのに強大な魔力を持つミズキがちょうどよかったのじゃが」
「「魔力目当ての種馬なら他を当たって!」」
「ふむ・・・ではわらわの頼みごとを一つ聞いてくれたら、ミズキを諦めてやってもよいぞ」
「「どんなことよ?」」
「わらわは当初、貴族全員を処刑するつもりでおったのじゃが、国を統治するのに平民だけでは人材が足らなんだ。仕方なく貴族どもの中から有能な人材を登用することにしたのじゃが、そなたらのマインドリーディングと未来予知を使って、わらわに忠誠を誓い国家の役に立つ人材のみを選んで欲しいのじゃ」
ターニャの依頼に思わず顔を見合わせる二人だったが、瑞樹を諦めてくれるならと二つ返事でOKした。
「では代わりの人材が見つかり次第、ミズキ、ヤヨイ、ショーヤの3人を解放してやる。頑張るがよい」
「・・・仕方ないから頑張ろうか、お姉」
「そうね。頑張りましょう愛梨ちゃん」
まんまとターニャに乗せられた二人だったが、貴族の登用は加藤陸将補たちの提案で、それを渋っていたターニャを何とか説得した手前、二人には頑張ってもらうしかなかったのだ。
そんな彼女たちに、瑞樹は今日の本題を告げる。
「アリスレーゼにいい報告がある」
「いい報告? 何でしょうか瑞貴」
「ティアローズ王国から落ち延びたキミの兄さんたちがランツァー王国に保護されていた。現在、王国貴族たちを糾合して、ランツァー王国軍とともにグランディア帝国と交戦中らしい」
「それは本当なのですか!」
「内容が内容だけに、ちゃんと裏を取る必要があったのでキミに話すのが遅くなった。亜人盗賊団派閥の中に原理主義派という一派がいて、彼らから直接話を聞いたので間違いない」
クロコの仲介で瑞貴とアンナ、藤間警部の3人が原理主義派と接触したのだが、アンナが帝都で耳にしていた情報と矛盾しなかったことから事実と断定した。
そして加藤陸将補とも相談した結果、帝都ティアローズへの進行を一時中断して、ティアローズ王家との共闘の道を模索することになったのだ。
それを聞いたアリスレーゼは、涙を流して喜んだ。
「マクシミリアンお兄様、ロベルトお兄様・・・」
だが愛梨の顔には緊張感が走る。
「まだ早すぎる・・・」
「どうしたんだ愛梨、そんな怖い顔をして。ひょっとして何かよくない未来でも見えたのか」
「言えない・・・お兄には絶対に言えない」
「愛梨・・・」
未来が変わることを極度に恐れて予知の内容を絶対に言わない愛梨だったが、いつもはYESかNOかのヒントぐらいはくれていた。
だが今回それすら言わないのは、これがより良い未来への重要な分岐点となるからだろう。
瑞貴は慎重に言葉を選びながら、愛梨の表情の変化を探る。
「日本政府の方針はティアローズ王家との共闘。だから彼らと合流できるならした方がいいと思う。俺はアリスレーゼを連れてランツァー王国へ向かうが、愛梨や他のみんなも一緒について来てほしい」
「愛梨は・・・どうしようか・・・うん、お兄が心配だし愛梨もついて行くよ」
「そうか・・・頼む」
終始深刻な表情の愛梨だったが、ランツァー王国行きを完全に否定しないのは選択肢自体が間違っている訳ではないということだ。
そんな愛梨が一言だけアドバイスをくれた。
「お兄、これから何が起きようとも、このメンバーが一人も欠けることのないような未来を選択して」
真っ直ぐな眼で見つめる愛梨に、瑞樹は優しくほほ笑んだ。
「言われなくても、もちろんだよ」
「何があっても絶対だからね。覚悟を決めてねお兄」
◇
帝国軍駐留基地にある指揮官用ラウンジで瑞貴たちの帰還を待っていたさやかとエカテリーナ。
長谷川さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、他愛のない世間話をしてのんびり時を過ごす。
「お義母様、わたくしアンナさんに会うのがとても楽しみです。本物のエルフってどのような感じかしら」
「エルフねえ。あの種族ってヒッグスやポーチ姫ほど見た目に特徴がないし、がっかりすると思うわよ」
そこへターニャ女王との謁見を終えたアリスレーゼと愛梨を連れて、瑞貴がラウンジに入って来た。
「ただいま、さやかと母さん。色んな偶然が重なって結果オーライだったけど、当初の目的は果たせたよ」
瑞貴がニッコリほほ笑むと、さやかが嬉しそうに答えた。
「お帰りなさい瑞貴君。あなたが無事でよかったわ」
「さやかも身体の具合は良さそうだな。早速だがさやかが楽しみにしていたアンナさんを紹介するよ」
瑞貴が後ろを振り向くと、敦史たちと一緒にいるアンナに声をかけた。
アンナは敦史とポーチ姫の2人ととても仲が良く、恋愛音痴の俺やアリスレーゼですら、この3人の間に流れるラブコメの波動を感じていた。
もちろん愛梨もこの状況にとても満足し、敦史のことをやたら誉めていた。
そんなアンナが敦史とポーチ姫を伴って、さやかとエカテリーナの前で敬礼をする。
「警察庁公安課UMA室のアンナです。ここからは皆さんと行動を共にしますのでよろしくお願いします」
豪奢な金髪がキラキラ輝き、整いすぎた完璧な美貌で見事な敬礼をするアンナ。
そんな彼女をうっとりとした眼で見つめるさやかに対し、興味なさそうに紅茶をすすっていたエカテリーナが、飲んでいた紅茶を盛大に噴き出した。
「ブーーーーーッ! ゲホッ! ゴホッ!」
「あら、大丈夫ですか室長夫人?」
そう言ってクスクス笑うアンナに、エカテリーナが気管に入った紅茶にむせながら声を上げる。
「どどどど、どうしてあなたがここにいるのよっ! ていうかアンナって・・・はあっ?」
「ウフフッ。久しぶりにまたご一緒できて、わたくしとても光栄ですわ」
絶句するエカテリーナに瑞貴が尋ねる。
「母さんはアンナさんと知り合いだったのか。父さんが現地採用した工作員だし、共通の知り合いとか?」
「知り合いというか彼女はあの人の・・・」
だがエカテリーナはそれ以上何も語らず、アンナにアイコンタクトを送った。
そんなアンナもコクリと一つ頷くと、
「・・・なるほど、承知いたしました室長夫人。それではわたくし、ランツァー王国に向けての準備がありますので、本日はここで失礼させていただきます」
そんなアンナは、今度は現地風の変わったポーズでエカテリーナとなぜか愛梨に一礼すると、敦史とポーチ姫を連れて部屋を出て行ってしまった。
次回から新章スタート。お楽しみに。
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