第22話 救出
「夢に出てきた城塞迷宮がなぜここにあるかはわからないけど、この罠の仕掛けなら私たちは知っている」
「ああ。すでに俺たちが解いた後だからな」
瑞貴が頷くと、弥生がその呪文を唱えた。
【ГЙФПЩЫЪЙГФПФЙГЪЩПЪЫЩГЪЩПФЮЙГЪГЮЗЫЙЖД】
石室が揺れ、弥生の足元の石畳がガタガタと動き出す。そして下へ通じる階段が現れた。
「お主たちは一体何をやったのじゃ」
「呪文を逆に唱えただけだ。実は最初の扉から既に罠になっていて、次の扉で同じ呪文を唱えると天井が落ちてきて押し潰される仕掛けなんだ」
「なるほど、そうなっていたのか・・・だから王家はここへの立ち入りを厳重に管理していたのじゃな」
「呪文を逆さまに唱えるだけだから、入室の許可証代わりに使ってたんだろう」
弥生を先頭に階段を下りて行くと、すぐに広い石室にたどり着く。
中央には石の祭壇があり、台座の上にはオレンジ色の水晶玉が宙に浮いたまま怪しく光っていた。
「あれじゃ! あのオーブこそがこの古代神殿の魔力を司っておるはずじゃ」
だが弥生はその水晶玉には見向きもせず、祭壇の裏側にある取っ手を引いて中から神像を取り出した。
そして石室奥の壁の窪みに神像をはめ込むと、また別の呪文を唱えた。
【ФПФГЪГЮЗЫЙЖДЙГЪГЙФПЩЫЪЙГЩПЪЫЩГЪЩПФЮЙ】
水晶玉の光が消えて祭壇がスライドを始め、さらに下へと降りる階段が現れた。
「この祭壇はただの入り口なんだ。この遺跡の真の心臓部はもっと先にある」
「なんじゃと・・・わらわたちミケ王国は、この神殿について何も分かっていなかったのか」
愕然とするターニャの背中を押すと、4人は長い階段を下りて行った。
◇
あの夢が現実にあったことだとすれば、ここは魔王バラモンが住む城塞迷宮であり、敵の侵入を阻むための罠がたくさん用意されているはず。
実際地下遺跡には、落とし床や毒矢などの古典的な罠から結界や呪術系の魔法のトラップまで、いずれも致死性の罠が侵入者を待ち構えていた。
もちろん既に攻略済みだったため、全て回避してダンジョン最深部までたどり着いたが、やはりと言うべきかそこは広い空洞で、奥には巨大なモノリスが設置されていた。
その光景にただただ唖然とするターニャ。
「王国の誰も到達したことのない古代遺跡の最深部。ミズキとヤヨイがいなければ到底辿り着けなんだな」
だがそんな二人も首を横に振る。
「正直言って俺たちも理解が追いついていないんだ。夢に出てきたダンジョンがなぜ現実に存在するのか、密林にあった城塞迷宮がなぜこんな砂漠の地下深くに移動したのか、全てが謎なんだよ」
「でも今は謎解きをしている時間はないわ。早くこの玉座を起動させましょう、瑞貴」
「玉座とな?」
「この巨大なモノリスは魔王バラモンの玉座なんだ。近くに行けばわかるよ」
広い空洞をゆっくりと歩いていく4人。
入り口ではモノリスに見えたそれは玉座の背もたれであり、その台座は巨人が腰かけるにちょうどいい高さの座面であった。
瑞貴がそこによじ登ると、右のひじ掛けにセットされた水晶に思念波エネルギーを注入する。
ヒュイーーーーーーン
水晶が輝きを放ち、それが玉座全体に伝わると部屋全体もうっすらと光り出す。
壁の古代文字が順々に光を帯び、巨大な魔法陣が床に浮かび上がった。
「よし起動に成功したぞ。弥生、俺に代わってオーラの充填を頼む」
「いいわよ」
弥生が水晶に触れると、今度は彼女のオーラが部屋全体に満ちて行き、瑞貴は左のひじ掛けの水晶が起動していることを確認すると、通信機を取り出した。
この玉座は、魔王バラモンがその魔力でダンジョンをコントロールするための魔術具だったのだ。
瑞貴は通信機のスイッチを入れ藤間警部につなぐ。
「こちら瑞貴、藤間警部どうぞ」
『こちら藤間だ。電波強度が強いところを見ると、そちらからも地下遺跡に侵入できたようだな』
「ええ。制御室のコンソールも無事に起動しました」
『本当かそれは! それで我々は何をすればいい』
「今からそちらの独房の機能を停止させますので、エルフの救助を開始してください」
『了解した。我々は救助が終わり次第速やかにここを離脱するが、援軍は必要か』
「いえ、予定通り我々だけで作戦を決行します。また連絡しますので、それまでは王都内に潜伏していてください」
『分かった。健闘を祈る』
◇
「聞いての通りだ。瑞貴たちは古代遺跡の制御室を管理下に置き、間もなくここの機能を停止させる」
帝国兵を気絶させてロープで縛り上げた敦史が、ポーチ姫とかなでのロープをほどきながら藤間警部に確認する。
「ここを脱出した後は、しばらく待機なんですよね。だったらアンナさんの捜索を続けた方が・・・」
「おそらく王都にいる可能性は低い。それより瑞貴たちの応援がいつでもできるように体力を温存しておこう。・・・おっ、石室の光が消えていくぞ」
懐中電灯をつけた敦史は、エルフが捕らえられている独房の窓を覗き込む。
彼女を縛り付けていた拘束具が見る見るうちに朽ち果てていくと、身体につながれていたチューブも次々と切れて床に落ちて行った。
そして扉がガタガタ震えて、少し隙間ができた。
「よし、扉が開くぞ」
独房にそっと入ってエルフに近づき、かなでがエルフの心臓に耳を当てる。
トクン・・・トクン・・・
「大丈夫。ちゃんと生きてるみたい」
その言葉にみんながホッと胸をなでおろすと、ポーチ姫がエルフの全身をくまなく調べる。
「怪我をしている様子もないし、このまま連れて行っても大丈夫だと思う。それにしてもなんて綺麗な人なのかしら」
「エルフは美形なのが特徴だからな。この娘もすげえ美少女だし、やっぱり本物は凄げえぜ・・・」
敦史が鼻の下を長く伸ばしてエルフを抱きかかえようとすると、ポーチ姫が慌ててそれを止めた。
「アツシ、そんなエッチな顔で女の子に触れるものではないわ。カナデ、この子を運んでもらえる?」
「本当だ・・・わたしが運んだ方がよさそうね」
「この顔は生まれつきだよっ・・・ガクッ」
かなでは思念波補助デバイスをパワーモードに設定して腕力をオーク並みに増強すると、エルフを軽々と抱き上げ、ガックリ肩を落とす敦史の横を通りすぎて上階へと階段を登って行った。
◇
帝国軍駐留基地を後にした藤間警部チームは、王都潜入の際に使った王家地下通路へと潜む。
かなではその治癒能力でエルフの体力を回復させていたが、しばらくすると彼女が意識を取り戻した。
「ここは・・・」
「気がついたのね」
ゆっくり身体を起こしたエルフは、まだ焦点が定まらない瞳でかなでの顔を見つめ、さらにその周りを取り囲む敦史、ポーチ姫、藤間警部、ヒッグスと順に目を移していく。
そんな彼女は、完璧に整った顔に長く綺麗な金髪と澄んだ青い瞳を持ち、背が高くスラリとした体形ながらもとても女性的で妖艶な身体つきをしていた。
年の頃は20歳前後に見え、控えめに表現しても超絶美少女としか言いようがなく、敦史の鼻の下は際限なく伸びて行った。
そんなエルフは、徐々に意識がはっきりしてきたのか、すぐに表情を強張らせる。
「帝国騎士・・・不覚にも捕まってしまったのね」
すると敦史が慌てて、
「違うんだ! 俺たちは帝国軍の変装をしているだけで、彼らとは敵対関係にある者だ。ていうかエルフのお姉さんは帝国軍に捕まっていて、それを俺たちが助けたんだよ」
「帝国軍にわたくしが捕まっていた?」
「正確に言えば、地下深くにある古代遺跡が勝手に作動してお姉さんを地下牢に閉じ込めていたところを、俺たちが救出したんだ」
「古代遺跡が勝手に・・・」
「俺たちが発見した時には、お姉さんの身体からオーラが抜き取られていて、放っておくと命の危険があったから保護したんだ」
「・・・そう、あなたたちが助けてくれたのですね。ありがとうございました」
エルフは敦史の話を信じ、上品にお辞儀した。
「いずれちゃんとした形でお礼をさせていただきとう存じますが、わたくし少々急いでおりますので、ここで失礼させていただきます」
そして立ち去ろうとするエルフを、敦史は止める。
「いや、もう少しここに隠れていた方がいい。詳しく話せないが、間もなくこの王都は大混乱に陥る」
「大混乱・・・ここで何か始まるのですか?」
「騒ぎが治まったら王都から出してあげるから、それまでは俺たちと行動を共にしてほしい」
「その言い方だと、あなたたちが王都に騒ぎを引き起こすのですね。何をするつもりなのですか?」
エルフの眼が鋭く光り、敦史の口をふさいだ藤間警部が代わりに答える。
「今夜ある作戦が決行され、上手く運べば明日の早朝には王都を管理下に置ける。あなたの所用が何かは知らないが、それぐらいの時間は待ってもらいたい」
「明日の早朝なら構いません・・・あの、暗くてよく見えなかったのですが、みなさんは日本人では?」
「何だとっ!」
「わたくし警察庁公安部UMA室のアンナです」
次回もお楽しみに。
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