第20話 古代遺跡のエルフ
地下牢に案内された藤間警部たちは、重犯罪者が収監されている独房エリアまで降りてきた。
「ここにいる奴らは何をやったんだ」
「はっ! 近隣を荒らしまわる盗賊です」
「盗賊だと? そんな奴らはすぐに処刑してしまえ」
「そうなのですが、処刑場がどこも一杯で順番を待っているのです」
「そうか・・・」
藤間警部は帝国兵から情報を引き出すためにわざとそんな発言をしたのだが、まさかここにいる全員を処刑するとは思わず、言葉に詰まった。
ドルマン王国の例からも、この世界では民衆への見せしめや娯楽のために処刑を行っているのだ。
地下牢をゆっくり奥へと進みながら、鉄格子越しに囚人の顔を見ていく。
多くは猫人族の若い男女でアンナらしき人物はいない。それ以外にも様々な種族の亜人種が囚われているが、それぞれに特徴があり帝都に潜入できるような風貌には見えない。
そんな囚人たちは、泣いて命乞いをする者もいれば憎しみを込めて睨みつける者、虚ろな目でうわ言をつぶやくものなどその反応は様々だった。
「ここに人族はいないのか」
「ミケ王国にいる人族は、我々帝国人だけです」
「もし帝国人スパイが紛れ込んでいればどうする」
「スパイはここに収監されず、帝都へ送還される決まりです」
「そうだったな・・・」
帝都に送り返された可能性はあるものの、帝国兵からはアンナにつながる情報は聞き出せなかった。
やがて地下牢の奥までたどり着くと帝国兵が鉄製の扉を開ける。扉の先はさらに地下へと降りる階段になっており、さらに下の階層も独房になっていた。
ただしさっきのような鉄格子ではなく、厳重な扉で仕切られている。
「この階層には他の囚人がいません。その二人はここに入れておくとよいでしょう」
「わかった。敦史とヒッグス、そいつらをここにぶち込んでおけ」
そう言いながら、藤間警部は敦史にアイコンタクトを送る。敦史は意図を汲んでコクリと頷くと、成人男性の腰ほどしかない小さな扉を開けて独房の中を覗き込んだ。
中は人が一人入るのがやっとなほどの狭い空間で、天井に空いた通気口から外気を取り込んでいる。
ベッドも椅子も何もなく、床には不潔な桶が一つ転がっていて、ここで用を足せということなのだろう。
あまりの悪臭にむせ返り、敦史は気分が悪くなって顔を出す。
「おい、もう少しマシな場所はないのか! せっかくの捕虜が死んでしまったらどうするんだ!」
敦史は適当な難癖をつけてポーチ姫とかなでを収監させずに他の牢屋も案内させようとしていたが、あまりに不潔な場所だったため、つい演技を忘れて本気で怒りだした。
それに慌てた帝国兵は、
「もっ、申し訳ありませんっ! 実は特別な牢獄があるにはあったのですが、今は使用中でして・・・」
思わず情報を引き出せた敦史はニヤリと笑うと、
「ほう、どんな所だ」
「ここよりさらに地下深くにある場所で、ミケ王国が建国する遥か昔からある古代遺跡の中です」
「古代遺跡だと? なぜそんな場所に地下牢が」
「一切の魔力が遮断される場所で、魔導師を収監するのに使ってました。ミケ王国の奴らは「封魔の監獄」と呼んでいます」
「封魔の監獄・・・。さっき使用中と言っていたが、今収監されているのは敵の魔導師か?」
「いえそれが、ミケ王国の学者が言うには妖精エルフだそうです」
「エルフって・・・マジかよ」
「はい。我々も本物を見るのは初めてですが、地下の古代遺跡が突然作動すると、勝手にそいつを捕まえてしまったのです」
「古代遺跡が作動だと・・・」
突然のファンタジー展開にがぜんやる気が出て来た敦史は、
「それは丁度いい。この女たちは魔力が強く、封魔の監獄に収監する必要がある。エルフがいても構わんから一緒に放り込んで欲しい」
「しかし、あそこを使うには司令官の許可が・・・」
「我々は帝国総督ガーネット伯爵の密命を受けているんだ。つべこべ言わずにそこへ案内しろ!」
「はっ、かしこまりました!」
果てしなく続く長い階段を降りきった先に、まさに古代遺跡というにふさわしい場所が出現した。
そこは石造りの小さな部屋で、壁面には古代象形文字が彫り込まれ、それがうっすら光っている。
そんな石室には二つの扉があり、その小窓から中を覗き込むと、片方の部屋の中に意識を失った女性が石の台座に横たわった状態で厳重に拘束されていた。
「おい、あの女がエルフなのか」
部屋を覗き込んだ敦史が帝国兵に尋ねると、
「そうです。魔力によって輝きを放つ金髪と透き通るような真っ白の肌、そして神々しいまでの美貌は伝説のエルフそのものです」
「確かに人間とは思えないほどの美しさだが、耳は尖ってないな」
「ミケ王国の学者が言うには、エルフを特徴付けるのは耳の形状ではなく、圧倒的な魔力とその属性の多様さだそうです」
「そ、そうなのか・・・」
敦史はもう一度エルフをじっくり観察する。
敦史の知識はファンタジー作品のそれであり、この世界に実在するエルフが必ずしも同じとは限らない。
そんな彼女の身体にはたくさんのチューブがつながれていて、大量のオーラが搾り取られていた。
その後藤間警部とヒッグスも中を確認すると、敦史が帝国兵に聞こえないよう小声で進言する。
(このままオーラを失って行けば、命の危険があります。なんとか彼女を助けられないでしょうか)
(もちろん助けたい。ここの囚人はそもそも犯罪者というより帝国の敵対者で全員開放すべきだと思うし、彼女にはそれほど時間がない。だがどうするか)
少し思案した藤間警部は、帝国兵に命令する。
「そのエルフは大変貴重であり、帝都に連れて帰れば皇帝陛下もさぞやお喜びになるだろう。明日、我らがここを出発するまでにエルフを出しておくように」
だが帝国兵は困った顔をすると、
「我々もエルフを帝都に送還しようとしたのですが、普段は普通に開閉できたこの扉が、何をやっても全く動かなくなったのです。おそらく古代魔法が影響しているのでしょう」
「古代魔法か・・・」
藤間警部はヒッグスとポーチ姫に目線を送ったが、二人ともすぐに目をそらした。どうやら解決策を知らないようだ。それを見た敦史は、
(ターニャはミケ王国の王族なので、もしかしたら)
(そうだな、定時連絡の時に聞いてみるか)
王宮の衛兵に見つからないよう上手く身を隠しながら地下牢まで到達した瑞貴たちは、だがアンナらしき人物を発見するには至っていなかった。
収監されているのはいずれも猫人族で、帝国人風のオバサンどころか、そもそも人族がいなかった。
「翔也、地下牢はこれで全部か」
「そうだね。ボクが透視できる範囲内にはもう収監されている人はいないよ」
「わかった。ここにいないとすれば帝国軍駐留基地の方か、あるいは全く別の場所に囚われていることになる。他に考えられる場所を知らないか、ターニャ」
「この2か所以外に間者を捕まえておく牢屋はない。あとは奴隷としてどこかに売られたか既に殺されているかじゃが、すぐ判明するものでもなかろう。クーデターを先行させてもよいか?」
「わかった・・・アンナさんの件は後回しにするか。もしかしたらミケ王国を出た後、何らかのアクシデントで他の盗賊団に拘束されたのかもしれないしな」
残り二つあるという盗賊団派閥、特に原理主義派にいる可能性は捨てきれない。
「おっと、定時連絡の時間を過ぎていたな」
瑞貴は通信機を作動させると、藤間警部との回線をつなげた。
『こちら藤間だ。状況はどうだ』
「こちら瑞貴です。王宮にはアンナさんはいませんでした。そちらはどうですか」
『こちらもダメだ。彼女はひとまず諦めて、例の作戦を進めよう』
「俺もそれを考えてました。作戦を決行します」
『その前にターニャに聞きたいことがある。彼女に代わってもらえるか』
ターニャはすぐ近くに顔を寄せて警部との会話を全て聞いており、そのまま彼女に通信機を渡した。
「ターニャじゃ、聞きたいこととはなんじゃ」
『もし知っていたらでいいのだが、帝国軍駐留基地の地下深くに古代遺跡なるものがあり、「封魔の監獄」に妖精エルフが閉じ込められていた。古代魔法が関係していて帝国軍も手出しができないらしいのだが、この魔法を解除する方法があれば教えて欲しい』
「そのようなものがあるのは聞いていたが、古代魔法については知らなんだ。じゃが待てよ、昔何かの書物で読んだ気が・・・」
ターニャはしばらく目をつぶって、何かを思い出そうとしていた。
「うーむ、ハッキリしたことは思い出せなんだが、そこにあるのは太古の昔の魔法文明時代に作られた神殿の一部であろう」
「こいつは神殿なのか・・・」
「神殿は今も機能していてその中心には祭壇があり、魔法のオーブが光輝いていると言う。そこに行けば何かが起こる可能性はあるが、果たして・・・」
「だがこちらには狭い石室と監獄が二つあるだけだ。祭壇などどこにもないのだが」
「それはそうじゃろう。その祭壇へはこの王宮からしか行けん。玉座の裏に古代遺跡へと通じる通路があって、国王から許可された者のみが入室できる」
「そうか・・・」
「その祭壇へは、わらわ達が行ってやろうか」
「頼めるのか」
「謁見の間は人が多く昼間は無理じゃ。忍び込むとすれば深夜になるがそれでよければ」
「深夜か・・・それで構わん」
だが会話を聞いていた瑞貴はターニャから通信機を奪うと、
「こちらには弥生がいるので、今から向かいます」
「そうか、瞬間移動か!」
次回もお楽しみに。
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