第16話 盗賊団頭目ターニャ
盗賊団のアジトへ向かうことになったUMA室戦闘員チームは、トカゲ男に連れられ、砂漠の渓谷の深い谷間へと誘導された。
だが周囲を切り立った崖で囲まれたその頭上には、盗賊たちが360度取り囲み、弓を引いて瑞貴たちに狙いを定めていた。
気がつくとトカゲ男を含め、さっきの盗賊団は一人もいなくなっている。
「ちっ、謀られたか・・・」
藤間警部がそう呟くと、かなでと弥生に指示して、バリアーを展開する。
「こうなったら戦うしかないか・・・」
作戦が失敗し、次の手をどうやって打つか藤間警部が頭を悩ませていると、姿を消していたトカゲ男が再び瑞貴たちの前に現れた。
そして右手を上げて合図を送ると、崖の上の盗賊が全員、弓を降ろし姿を消した。
「頭目がお前たちに興味を持った。すぐに連れてこいとのご命令だ」
「・・・そうか」
どうやら作戦が失敗した訳ではなく、かなり慎重な盗賊団だったようで、藤間警部がうなずくと全員車から降りてトカゲ男の後をついて行った。
トカゲ男とともに岩場の陰にある石階段を降りていくと、やがて冷やりとした石室にたどり着き、そこで男が呪文を唱えると、大きな石の壁が音を立てて動き出し隠し通路が現れた。
「アラビアンナイトみたいになってきたな」
そんな魔法の扉をいくつも越えると、瑞貴たちがたどり着いたのは地下に作られた薄暗い大広間だった。
たくさんのランプの光に照らし出されたその部屋の両側には盗賊たちがズラリと並んでおり、広く開けられた正面奥には大きな玉座が一つ備え付けられ、一人の女性が鎮座していた。
年齢は二十歳そこそこの若い女だが、真っ黒な長い髪が腰まで伸びて、金色の瞳が今にも獲物を食らい尽くさんと獰猛に光っている。
目鼻立ちは人間と同じだが、顔の造形は精巧な人形のように整っていて、どこか神無月弥生と同じような雰囲気を醸し出している。
だが想定外だったのは、彼女が猫のような耳としっぽを持つ猫人族だったことだ。
「猫人族が、ミケ王国を狙う盗賊団の頭目だと?」
そう思わず口走ると、猫人族の女性は冷たく俺を睨みつけた。
玉座の周りには盗賊団幹部とおぼしき様々な種族の亜人たちが控えているが、誰一人として一言も喋らず固唾を飲んでその女性の言動を気にしている。
そんな彼女が口を開く。
「近うよれ」
その声は聞くものに威圧感を与え、思わず平伏してしまいそうな威厳を感じさせた。
俺たちは黙ってその指示に従うと、彼女の玉座の前に進んで、横一列に並んだ。
彼女が全員の顔を一人ずつゆっくりと見定めると、突然驚いた表情で声を上げた。
「そなたはポーチ姫ではないのか」
「え?」
いきなり正体を見抜かれたポーチ姫は不思議そうにその女性を見つめる。ポーチ姫には彼女が誰なのか見当もつかなかったのだ。
だが彼女はポーチに再び話しかける。
「わらわのことを忘れたのか。ターニャじゃ」
「・・・ええーっ! ターニャってまさか」
唖然とするポーチ姫にターニャは、
「ここしばらく会っておらなんだので、この姿を見るのは初めてじゃろう。わらわは帝国に売り渡されるために、このような姿に変えさせられたのじゃ」
「あなたはまさか・・・本当にターニャなの?」
ターニャがポーチ姫に語った話は、酷いものだった。
幼馴染みのこの二人は、王族といっても王位継承権も低く、国王からは政略結婚の駒としてしか認識されていない存在だった。
そんなターニャは、花嫁修行と称する実質人質としてドルマン王国の王城に滞在していたことがあり、似たような立場のポーチ姫とすぐに仲良くなった。
この頃のターニャはまだ幼く、少年のように闊達な女の子だったそうだ。
だがグランディア王国で政変が起きてアレクシスが王位に就くと周辺諸国に対し侵略戦争を開始し、ミケ王国は世界情勢を見極めるためにターニャを一度本国に戻したのだ。
その後ミケ王国は、グランディア王国との関係を重視する方向に舵を切り、政略結婚の一環としてターニャをグランディア王国に差し出すことに決め、彼女の容姿を人族の好みに合うように整え、今のような姿になったそうだ。
だが、
「わらわは今の王国のやり方に反対なのじゃ!」
ターニャが言うには、今のミケ王国は完全にグランディア帝国の属国であり、かつての豊かさは消えて民衆は貧しく、貴族のみが潤っている。
その理由は帝国との石油取引に係る裏金によるもので、本来民衆に広く渡るべき富の全てをディスカウントという形で帝国に渡して媚を売り、そのキックバックを受けとることで貴族たちだけが以前通りの豊かな生活を送っていた。
本来、民衆も含めた国全体を豊かにすべき国王が、そんな貴族の富の上に自らの王朝の維持を図ろうとする姿に、ターニャは我慢の限界に達した。
そして帝国に売り渡される当日、側近を引き連れて王国を脱出した。
「そういうことだったのね。あなたが国を出た理由は分かったけど、どうして盗賊団なんかを率いてるの」
「最初は食うに困ってじゃったが、組織が大きくなると中には打倒ミケ王国という志を同じにする者が少なからずおったので、王国に対抗できる力を持てるんじゃないかと思い始めたのじゃ」
その目論見は当たっていて、帝国に滅ぼされた亜人諸国では似たような盗賊団が雨後の筍のように乱立していた。
それらが次々と統合されていくのだが、今では大きく三つの系列に集約されたらしい。
一つはターニャが率いる打倒ミケ王国急進派。
もう一つは、帝国を含めそもそも人族による支配を良しとしない亜人独立派。
最後は、神の教えに従いティアローズ王国を中心とした古来からの体制に戻ろうとする原理主義派だ。
「わらわは、ミケ王国でクーデターを起こそうと考えておる。ポーチ姫、どうかわらわたちに力を貸してくれないか」
その話を聞いた俺たちは、ポーチ姫の周りに集まり意志疎通を図る。
この3つの派閥の中では原理主義派と共闘したいところだが、彼らとの接点は今のところないし、油田を手に入れるためには急進派のクーデターに荷担するのも悪くないだろう。
意見がまとまるとポーチ姫はターニャの提案に応じ、ドルマン王国が独立を回復したことを話した。
「なんと! まさかドルマン王国が帝国支配から解放されていたとは・・・。しかもそなたが亜人解放軍を率いてここに来たとは、これぞまさに天の配剤」
広間にいる盗賊団幹部たちも互いに顔を見合わせながら驚きの表情を見せていた。
「あなたたちに協力する条件を一つだけつけさせてちょうだい。もしクーデターが成功してあなたが王位についたら、私たちに原油の供給をして欲しいの」
「原油などいくらでもくれてやる。だから、ドルマン王国が解放されたようにわらわたちに協力してくれ」
「取引成立ね」
その後ターニャと別室に移動した俺たちは、トカゲ男や他の側近を交えて、クーデター計画の全容を聞くこととなった。
その作戦の要は、現国王の暗殺と王権の象徴である玉璽の確保だった。
それと同時に、王家を支える貴族を排除するため、彼らの領地に対する同時多発攻撃を敢行し、彼らの武力を領地に釘付けにしてあわよくば富を奪い去る。
「そんなことが本当に可能なの?」
ポーチ姫がターニャに尋ねる。
「民衆は王国に不満を抱いており、王都のみならず各領地でも暴動が多発している。その一部はわらわの仲間たちが煽動して引き起こしたものなのだが、全ての領地で同時に行動を起こすことは可能じゃ」
「すでに実践済みってわけね。それともう一つ、仮にクーデターが成功してあなたが王位についたとして、実際に国を統治するには貴族の協力が必要でしょ。その辺りの根回しはもう終わってるの?」
「貴族の支持など必要ない! わらわの後ろには民衆がついておる。貴族どもを全て排除して民衆とともに新たな国を作っていくのじゃ」
「民衆とともに新たな国家を? 彼らは学問もなく、国の政治など行えるはずがないわ」
ポーチ姫にはターニャの言葉があまりにも極端で、現実を全く見ていないと批判したが、逆に俺たちは、王族の女性自らが貴族制を否定し、民主主義へ移行させようと考えていることに衝撃を受けた。
この世界の歴史は知らないが、ドルマン王国を見る限り地球で言うところの中世から近世ぐらいだろう。そんな時代だからターニャの考え方は先進的過ぎて、ポーチが理解できないのも当然だ。
「ポーチ姫、ターニャの言うとおりにしてみようじゃないか。貴族制を廃止した民主国家などいくらでも例を知ってるし、俺たちならターニャの国作りのお手伝いができるかもしれない」
「本当なの、ミズキ?」
「ああ。俺たちの国は貴族制が廃止されて100年近く経つし、平民の方が遥かに国を発展させて豊かにできることは歴史が証明している」
それを聞いたターニャは、口を開けたまま茫然と俺を見ていたが、嬉しそうに笑うと、
「ミズキと言ったか。そなたらがどこから来たのかは知らぬが、こんな荒唐無稽な話によくぞ理解を示してくれてた。わらわの考え方は仲間たちからも半信半疑で受け止められているというのにな」
「いや荒唐無稽ではないよ。キミの考え方は今の時代では先進的過ぎるだけで、100年未来ではキミがスタンダードだ。保証するよ」
「そうか・・・ありがとうミズキ」
そう言って差し出された彼女の右手を、俺はしっかりと握りしめた。
次回もお楽しみに。
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