第14話 ミケ王国
ドルマン王国を出発して3週間が経過した2月4日。
油田まであと100kmの地点まで到達した自衛隊は、だがここで合流する予定だった警察庁公安のアンナの姿がどこにも見当たらず、辺り一帯を捜索していた。
帝国軍に気づかれないようヘリでの捜索は避け、嗅覚に優れて俊足が自慢のドルマン王国亜人解放軍の斥候の手を借りていた。
それでも彼女の姿がどこにもなくその痕跡すら見つからなかったため、何らかのトラブルに巻き込まれて未だに猫人族国家「ミケ王国」から出国できていない可能性が高いという結論に至った。
そんな状況の中、アンナを救出するための作戦会議が幕僚本部で開かれることになり、瑞樹・エカテリーナ親子とさやか、アリスレーゼ、藤間警部、ポーチ姫、ヒッグスの7名が司令部を訪れていた。
メインスクリーンの正面に着席した瑞貴たちは、加藤陸将補から現状の説明を受ける。
「ミケ王国は亜人居住地域の中で唯一帝国から独立が認められた国家である。その理由はまさに油田を保有しているからに他ならず、彼らが持つ精製技術はグランディア帝国も持っていない高度なもので、帝国はミケ王国を滅ぼすより取引相手として石油を手に入れた方が得策だと判断しているようだ」
加藤陸将補からは適宜質問をしてもらって構わないと言われていたため、瑞貴はアンナ救出作戦について詳しく聞くことにした。
「ミケ王国内にアンナさんが捕らえられているとして、彼女はどのような扱いを受けていると考えられますか」
「最悪のケースはスパイとして既に処刑されたことだが、生存を前提に考えれば、帝国若しくはミケ王国の敵対者として監禁されているとみるべきだろう。そんな彼女を救出するにはミケ王国に潜入して情報を集めるしかないのだが、城門は固く閉ざされドルマン王国のように易々と中に入ることはできない」
「そうすると城門を破壊して強行突破するのは論外でしょうし、忍び込むにはどうすればいいのですか」
「具体策は今のところない」
「はあ・・・」
「だが鬼人族レジスタンスから聞き取った情報によると、猫人族は他の亜人種族から相当恨まれているようで、盗賊に身をやつした亜人たちがミケ王国をターゲットに略奪を働いているらしい」
「盗賊ですか」
「そうだ。そのためミケ王国軍は日常的に盗賊との戦闘を余儀なくされており、我々はミケ王国の敵である盗賊団に接近して共闘する方向で考えようと思う」
「盗賊団と共闘? それはダメでしょう!」
「君の言うとおり、犯罪者集団と手を汲むのはモラル的に思うところはあるが、彼らも元をただせばグランディア帝国の圧政に苦しむ亜人たちであり、生きるためにやむなくミケ王国に対して盗賊行為を行っているわけだ」
「それはそうですが・・・」
「だが帝国さえいなくなれば、彼らとて盗賊などという危険な行為は止めて、それぞれの国に戻って復興に力を入れるだろうし、むしろそう仕向けて行きたい」
「そうか。盗賊団に手を貸すことで、彼らの国の復興に手を貸すということですね!」
「そういうことだ。ということで今回は自衛隊による大規模戦闘はあまり考えておらず、油田確保のための秘密工作が中心となるだろう」
「加藤陸将補のお考えは理解しました。それではアンナ救出作戦は我々公安UMA室が主導して行えばいいわけですね」
そう言って瑞貴が藤間警部を見ると、彼も力強くうなずいていた。
◇
作戦会議が終わり、UMA室戦闘員部隊のテントに戻った瑞貴たちは、今回の作戦行動の人選を行った。
「今回は盗賊団との共闘という特殊な作戦で、各人の能力を総合的に判断した結果藤間警部、敦史、翔也、弥生、かなで、ヒッグス、俺の7人をメンバーとする。なおポーチ姫も作戦に加わるが、これは本人からの申し出であり俺もそれに同意した」
するとメンバーに選ばれた弥生がガッツポーズをする一方、外されたアリスレーゼがふくれっ面で俺を睨みつけた。
「ドルマン王国の一件で分かったが、この世界でキミは超有名人なんだ。今回は隠密行動を求められるし、さすがにキミは連れていけない。愛梨、アリスレーゼのことをちゃんと見張っていてくれ」
愛梨はもちろん二つ返事で了承し、
「任せてよお兄。今回はお姉の出番なんかないから、この愛梨ちゃんがバッチリ見張っておくからね」
「お、おう・・・すごい張り切りようだが頼んだぞ」
「それからお兄、亜人の女の子には絶対に手を出したらダメだからね」
「・・・それも愛梨の未来予知なのか」
「もちろんよ。理由は一切いえないけど」
「分かったよ。ただでさえみんなとは複雑な関係になってしまったし、これ以上余計な悩みを増やしたくないからな」
瑞貴は自分の腕にしっかり抱き着く弥生をチラリと見て、大きなため息をついた。
それでも心配そうな表情を変えない愛梨は、
「うーん、まだ心配だな・・・そうだ翔也、お兄に近付く亜人の女の子がいたら、翔也が全部持って行っていいからね」
愛梨の不穏な指示の意を汲んだ翔也は、前髪をかき上げながら笑顔で応じた。
「OK。そう言うことはこの僕に任せてくれたまえ」
そんな翔也を敦史が苦々しい表情で睨み付ける。
「けっ! 翔也のやつ、また他の女の子に手を出すつもりかよ。そいつらだけでもう十分じゃんかよ」
敦史が怒るのも無理はなかった。
翔也は今まさにポーチ姫親衛隊の女の子たちに囲まれてチヤホヤされていたのだ。
犬人族と言っても顔や身体つきは普通に人間の女の子であり、異なるのは大きな三角耳とクルンと回った大きなしっぽだけだ。
耳がピクピク動いて大きなしっぽを振る美女軍団に囲まれた翔也に、敦史はどうしようもない敗北感に苛まれていた。
そんな卑屈な敦史の隣には、いつのまにかポーチ姫が立っていた。
「うふふ。そんなに怒らなくても、そのうちアツシにも素敵な女の子が見つかるわよ。頑張ってね」
「そういうポーチは、なんで親衛隊のこいつらを作戦に連れて行かないんだ」
「だってこの子たちは戦闘力がゼロだし、連れていったら邪魔でしょ」
「戦闘力ゼロ! なのに親衛隊ってどういうこと?」
「彼女たちは私の身の回りの世話をする侍女なのよ。でも王女付き侍女というのは正式な官職で高位貴族の令嬢にしかなれないの。だから王国軍付の親衛隊として私の周りに置いているだけなのよ」
「そんな複雑な理由があったのかよ! ・・・お前ってただの飲み屋の看板娘じゃなく、正真正銘の王女様だったんだな。俺たちとは住む世界が違うぜ」
そう言ってただただ感心する敦史を楽しそうに見つめるポーチ姫だった。
◇
再び高機動車を駆って荒野を爆走する瑞貴たちだったが、瑞貴の両隣には弥生とかなでが陣取っていた。
ドルマン王国の一件で瑞貴とかなでの距離が縮まったことを鋭く嗅ぎつけていた弥生は、かなでを牽制するかのように瑞貴にアプローチをかけ始めた。
「ねえ瑞貴。この世界に来てから毎日あの夢を見るんだけど、瑞貴もまだ見てる?」
「ああ見てるよ。あれって何だろうな」
そう、俺と弥生は同じ夢を見ていたのだ。
夢の中の登場人物が全く同じで、毎晩少しずつ話が進展していく、まるで連続ドラマのような夢だ。
主人公はどこかの国の王子で名をヴェーダと言い、敵対する国の王子ヤードラにさらわれた婚約者シーダを救い出そうと奔走する物語になっていた。
そんなヴェーダの隣には頼もしい仲間である隣国の王子スーリアの姿が常にあった。
この二人の王子は物心ついた頃からの親友であり、シーダはスーリアの妹姫だ。つまりシーダと結婚すればヴェーダはスーリアの義理の弟となり、二国の結びつきがさらに強くなる。
それを恐れたヤードラ王子がシーダ姫をさらってしまったという訳だ。
そんな物語はついに終盤を迎えており、シーダが囚われている居城を見つけ出したヴェーダとスーリアが侵入を試みようとしている所で目が覚めてしまった。
「続きがすごい楽しみなんだけど、瑞貴はあの後どうなると思う?」
「そうだな。姫を救い出してハッピーエンドかな?」
「だといいけどヤードラがそう易々と負けるわけがないし、きっと罠を仕掛けているに違いないわ」
「そうかもしれないが主人公のヴェーダには強い意志とスーリアという心強い仲間がいる。だから絶対負けるはずがない」
「そうよね。スーリアは何があってもヴェーダを支え続けるし、彼と共にある限り無尽蔵に力を発揮できるから」
「その通りだ。だから二人は絶対に負けない」
「続きが楽しみね。野営地に着いたら二人で夢の続きを見ましょうね」
そう言って弥生は、反対側に座るかなでを牽制するかのように瑞貴の腕にしっかりしがみついた。
次回もお楽しみに。
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