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サチとそうくん

作者: shiro
掲載日:2022/10/08


「……うん、でね、ごめん、悪いお知らせがあるんだけど」


そう言った瞬間、画面の向こうの彼女が体を固くしたのがわかった。


「…………なに?」


クッションを抱きしめて顔を突っ込んで、自分なりの「武装」をしてからそう返事をした彼女を見て笑いそうになる。

……いや、ここで笑ったら確実に後の被害が拡大するな、と唇を噛んで平静を装ってから、つとめて淡々と伝えた。


「出張が延びたんだ。帰るの1週間遅れそう」

「…………………………きこえないもん」

「サチ」

「そんなのしんじないもん」


信じる信じないの問題じゃないよね、と心の中でツッコミを入れて、予想していた現実の対処に取りかかる。


「ごめんね」

「颯くんのばか」

「うん……ごめん。申し訳ない」

「…………、」

「サチが怒るのも当然だと思ってる」

「怒ってない」


どこからどう見てもそれはないだろ!といよいよ吹き出しそうになって、もう一度唇を噛んだ。きっと今僕の肩は震えていると思う。堪えすぎて。


顔を上げないままのサチが、ずび、と鼻をすする音がした。

「そうくんのばか」

「うん」

「ばかぁ……」


あー。これはまずいかも、そう思った。

笑いを堪えていた僕の肩から、その波がすっと引いていく。拗ねるとは思っていたし、怒られるとも思っていたけど、本気で泣き出すのは久しぶりだ。

なだめ方というよりも、少々サチが心配になっていた。一度へこむと、サチの復活は遅い。自分の出張自体は正直楽しくて仕方ないし、延びた分のプレゼンもミーティングも、今からアイディアが湧いて湧いて仕方なかった。

だけどサチが心配なのもまた事実で。


「サチ」

「……。」

「ごめんね。帰ったら埋め合わせするから」

「埋め合わせられないもん、時間は巻き戻らないもん」

「そうだけど……サチの行きたいとこ、どこでも行こう。時間作るから」

「そんなのいらないよ!」


ようやく画面に写ったサチの顔は涙やら鼻水やら、べしょべしょだった。少しだけクッションの洗濯が頭を過って……いや今はそれは忘れろ、とサチに意識を戻す。


「そんなのいらないから、かえってきたらずっと隣にいて……」


もう一度突っ伏してそう呟いたその声は、小さいはずなのにものすごく鮮明に聞こえた。

物理的距離もデジタルの雑音も、ホテルの外の喧騒も全部すっ飛ばして、すぐ隣で囁かれたみたいに。


「どこも行かなくていいから、となりにいて」

「……うん」

「サチは颯くんのこと、すきなんだもん」

「……うん」

「だから出張は頑張ってねって思ってるんだもん」

「……うん」

「でも、会えるの楽しみにしてたの、私だけみたいで悲しい」

「……そっか」

「颯くんは、何が“ごめん”なの?」



ハッとした。なんの捻りもないただの問いに、自分があぐらをかいていた事実を突きつけられる。


「…………。」

「私は颯くんがすきなだけ」

「うん……」

「だから、自分で自分に困る」

「うん」


苦しそうなサチが、とても愛おしかった。


「…………仕事、楽しいんだ」

「うん」

「でもサチのことは大切なんだよ」

「うん」

「心配もしてる。本当に。だけど優先はしてあげられなかった。


……“ごめん“、」





そこまで言うと、今度はサチはすぐに顔を上げた。珍しく、もう泣きやんで。


「帰ってきたら、たくさん隣にいて」

「約束する」

「うん」

「サチ、ありがと」


その言葉を言った瞬間、サチがへにゃ、と笑った。

「サチは颯くんが大好きだもん」


とろん、と溶けそうな顔をして笑っている。

ぐしゃぐしゃなままで全然綺麗じゃないはずなのに、素直に可愛いなぁ、と思った。

つられて緩む、自分の頬。


「鼻水拭きなね、僕の可愛い奥さん」



この上なく嬉しそうにはにかんだサチを見て、僕も少しだけ、早く帰りたいなぁ、と――そう、思った。








……帰ったら犬みたいに喜んで機嫌を直したサチが、結局出かけたいと言ってたくさん買い物をさせられたのはまた、別の話。




















サチ(24)

24歳の所業ではないと思う!

そして所々冷静さが邪魔をしている颯くんの頭の中。


ふたりは夫婦です。

颯くんは10歳くらい歳上。


きょうだいみたいに育った結果、なんやかんやで結婚しました。という裏設定があったりします。

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