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おっさん賢者は大先生になってチヤホヤされたい

作者: 鍛治原成見

二十年前、魔神の存在により世界は危機にさらされていた。

魔神を倒すべく勇者とその仲間が立ち上がる。そして死闘の末、勇者とその一行は魔神を滅ぼし、世界には平和が訪れたのだった――


二十年後の現在――


魔神を倒した勇者ヴァレアスは、友人の家を目指している。

二十年前、世界各地を巡り魔神を倒すべく奔走していた。現在は当時の国王陛下から賜った褒美で武術道場を立ち上げ、そこの道場主をしている。

十年かけて魔神に荒らされた世界は復興し、ようやく世界は平穏になった。それでもときおり魔物が現れ、人々の生活を脅かす。

王国騎士などは様々な訓練が専門的に学べるが、一般市民はそんなことを学べない。ヴァレアスはそんな市民のために身を守り、時には戦う術を学ぶ道場を開いたのだ。

幸い、報償として賜った金が十分にあったので月々銅貨五から十枚――安い飯屋の二番目に安い飯代程度の料金――で教えられる程度に生活に余裕があった。


元来ヴァレアスは人が良く、安い月謝に思うところがあった生徒たちは、差し入れと称して野菜や肉やパンを彼に押しつけていた。

そのためヴァレアスの周りには人が絶えない。食材を貰うも「焼く」しかしていなかったヴァレアスを心配し、道場に併設された自宅で料理をしてくれるようになったのが妻である。


そんな感じで今は平和に妻と可愛い子どもたちと過ごしている。

そして今ヴァレアスが目指しているのは静かな森の湖の近くにある、大賢者ノルベルトの家だった。

彼は当時の国王に、王国始まって以来三人目「大賢者」の称号を賜った魔術師である。

そんな旧友にヴァレアスは久しぶりに会いに行く。もちろん酒と肴を持って。


大きくはないが小さくもない、快適そうな木造の家が見えてくる。

ヴァレアスは小走りに家に近づく。それだけで肌に魔術の引っかかりを覚える。来訪者を察知する魔術だ。これでおそらく自分が来たことがノルベルトには伝わるだろう。そしてそのままその扉に近づきノックした。

「ノルベルトー、生きてるかー?」


返事がない。

もう一度ノックする。

また返事がない。

まさか倒れてはいないよな? と心配になり謝ってからドアを蹴破った。

そのまま家の中に入ると、一番奥の書斎から気配がした。そこまでズンズンと遠慮無く踏み込んでいくと、力一杯扉を開ける。


するとヴァレアス目がけて五匹の猫が飛びかかってきた。

一匹残らずキャッチして腕に抱え、書斎の中にいた人物に声を掛けた。


「よう、ノルベルト。元気か?」

「うるさい今執筆作業中だ!」


眼鏡に無精ひげ。くたびれたシャツの男。

ヴァレアスを叱りつけるこの男こそ勇者一行の一人、大賢者と名高いノルベルトである。彼は執筆作業にいそしんでいた。

「先月も執筆中だって追い出したじゃねぇか。いい加減酒くらい付き合えよ」

「お前みたいに可愛い嫁さんと子どもがいる奴と誰が酒盛りなんてするか!! 俺は今忙しいんだ!!」

ガリガリと激しくペンを動かし、ノルベルトは小説の最大の見せ場である戦闘シーンを書いていた。


彼は現在、ノーベルと言うペンネームで活動する作家であった。


魔神を倒して以降、ノルベルトは賢者の塔という場所で弟子を取り、世界最高峰と名高い魔術師の教育機関を作り上げた。

しかしあまりの激務で体を壊しそうになる。そこから弟子に仕事を任せるようになったが逆に業務は激減し、今度はかなり暇になってしまったのだ。

暇を持て余したノルベルトは自身の経験を元に小説を書き始める。伝記を書くには少し照れくささがあったが、「物語」として書き始めてみると意外と面白く、気がつけば五千ページに及ぶ大作ができあがっていた。


調子に乗ったノルベルトは素性を隠し、それを出版社に持ち込んだ。


その結果「つまらない」と切り捨てられてしまう。

当時対応した担当者曰く「あまりにも主人公が強すぎて誰も共感できないし、敵があっさり負けすぎて魅力も無い」とのこと。

大賢者のプライドも粉々に砕かれる勢いで酷評されたノルベルトだったが、逆に火が付いたらしい。暇と金を持て余した彼は次々と小説を書き上げた。

そのたびに出版社に持ち込んでは酷評されていたのだが、持ち込みを初めて五年、ようやく一作目が出版された。

連載がされて現在五年目。『魔法使いの旅』シリーズとして十冊出版されている。


「もしかして次の本の執筆中だったのか? 家の子どもも続き楽しみにしてるから頑張れよ~」

「そう言うなら執筆の邪魔をしに来るんじゃない!!」

後ろで猫をじゃらしているヴァレアスを叱りつけるノルベルトの手が突然ピタ、と止まる。様子のおかしさに、ヴァレアスが背後から机をのぞき込むとちょうど邪竜との戦いのシーンでペンが止まり、震えていた。

「……こ」

「どうした、ノルベルト」

「このシーンが描写できない……ッ!」

ダンッ! と力一杯拳を叩きつけるノルベルト。

ノルベルトは小説にとてもこだわりが強く、一年のうち三分の二を執筆に当て、残りの三分の一を取材や資料集めに使っている。一度詰まってしまうとなかなか書き進められなくなってしまうのだ。


「ぐ、ぐぐ……! このシーンが書けなければこの後が書けない……!」

歯ぎしりをしながら原稿を握りつぶすノルベルト。歯が折れるのではと思うほど噛みしめていた彼がヴァレアスを振り返る。

血走った目で睨むようにヴァレアスを見るノルベルト。流石に引いた。

そしてノルベルトは地を這うような低い声でヴァレアスに尋ねた。

「おい、ヴァレアス……最近ドラゴンの被害が報告されているところはあるか?」

鬼気迫る勢いのノルベルトの表情に、ヴァレアスは考え込む。

そして数日前に道場生に聞いた話を思い出す。

「確か西の新しい鉱山にドラゴンが住み着いたとかで、近々騎士団が派遣されるって聞いたな」

その話にノルベルトが目を鋭く輝かせる。書斎の床に足を叩きつけると魔方陣が光り、ノルベルトの愛用の杖が姿を現す。

掴んだ杖を振るうと、大賢者の法衣を身につけた姿になる。彼のみが着用を許された法衣に相応しく、今の彼は無精ひげの一本もない。

あっけにとられているとヴァレアスに向かって一本の剣が放られる。普段ヴァレアスが道場で使っている剣とは比べものにならないくらい質の良いものだと一目でわかる。しかもはめられた宝珠も高等魔術の付与がなされているものだ。

「今すぐ行くぞ」

「へっ?」

ヴァレアスが返事をするよりも早く、ノルベルトは杖でトン、と床を叩いた。

すると瞬時に彼らの姿は書斎から消えた。


次の瞬間、彼らは西の鉱山に降り立っていた。ヴァレアスは何事かと辺りを見渡す。

「えええええ?!」

「うるさい黙れさっさと剣を構えろ」

ヴァレアスが睨み付けるその先には鉄鉱石を喰らう赤錆竜がいた。

突然縄張りに現れた存在に、赤錆竜はバサバサと翼を動かし、牙を鳴らして威嚇する。そして大地を揺るがす咆哮を合図に戦闘が始まった。


「『水の刃』!」

ノルベルトが水の刃を複数生じさせ、赤錆竜に向かって放つ。突然始まった戦闘ではあったが、ヴァレアスも剣を構えれば勇者の眼光を取り戻す。水の刃でひるんだ赤錆竜に斬りかかった。

「でやあああっ!」

ヴァレアスが樹齢百年の樹木よりも太いその腹をすれ違いざまに斬りつければ耳障りな声を上げる。

ヴァレアスが追撃をしようと再び剣を振り上げると、何故かノルベルトがヴァレアスに向かって風の魔法を放ってきた。

ごろごろと前転しながらヴァレアスはすっころび、岩にぶつかる直前に停止する。

「何すんだ!」

「馬鹿! これは取材なんだ! あっさり倒そうとするんじゃない!」

「阿呆かお前は?!」

興奮した目をするノルベルトは今まさに『魔法使いの旅』の主人公になりきり、赤錆竜との死闘を頭に思い描いている。

ヴァレアスはそんな大賢者の姿を白けた目で見つめながら赤錆竜の尻尾攻撃をはじいた。

怒り狂う赤錆竜がその顎でもってノルベルトを噛み砕こうとするも風の防壁に阻まれ、石の礫を飛ばすもことごとくはじかれる。

咆哮を上げ、炎を吐き出す赤錆竜に氷柱を落として翼に穴を開けてしまえばもう逃げることはない。

ノルベルトは『魔法使いの旅』の主人公ほどの強さに自身の力を抑え、物語で言えばいい感じに苦戦しつつ赤錆竜を嬲っていく。

ヴァレアスはそんな友人の姿を見つつ、演出の邪魔にならない程度に攻撃を続けた。


「よし、よし……ここで『雷神の咆哮』!」

赤錆竜の頭目がけて加減した雷を落とす。からだの動きを数秒奪う程度に留め、ノルベルトは杖に魔力を込める。

「ここで『魔人の爆炎』ッ!」

最大火力の爆発が、赤錆竜を襲う。

その体を爆発四散させ、赤錆竜は木っ端みじんになった。

「よし! 戦闘のラストは派手な爆発に限るな!!」

バラバラと降り注ぐ赤錆竜の肉片に、ヴァレアスは冷めた目でその光景を眺めていた。

「……最初からやれよ」

ヴァレアスの冷たい言葉など一切耳を貸さず、ノルベルトは興奮気味にメモを取る。しかたなくヴァレアスは討伐報告のため、赤錆竜の大きめの肉片を拾うのだった。


「よおおし! 感覚が鮮明なうちに書き上げるぞ!!」

転移魔法で自宅に戻ったノルベルトは、恐ろしいスピードで原稿を埋めて行く。目を爛々とさせた友人に、ヴァレアスは溜息を吐いた。

貸し出された剣を部屋の隅に立てかけ、手土産も置いてヴァレアスは湖の側の家を後にする。

これから赤錆竜の前足を提出して討伐報告をしなければいけなくなったのだ。

執筆作業に入ったノルベルトは絶対に動かない。仕方ないので適当にごまかす報告を考えながら、ヴァレアスは赤錆竜の足を担ぎ直すのだった。


それから数ヶ月後。

無事『魔法使いの旅』が出版され、ヴァレアスの元にも本が届く。今回もボリュームのある厚さだ。

娘と一緒に読んでから本を抱え、感想を届けにノルベルトの家へ向かった。

「おーい、ノーベル先生。また本にサインくれよ」

「……ああ」

街でもなかなかの売り上げで話題になっているというのに、ノルベルトは力なく机に突っ伏してしなびている。

「どうしたんだよ、ノルベルト」

「……また妙齢の女性からファンレターが一通も来なかった……」

原因はそれか、とヴァレアスは納得する。

「これじゃなんのために作家になったかわからん!! 俺は大先生になってチヤホヤされたくて小説を書いているんだ!!」

「いっそ清々しいくらいの下心だな」

「今回もマチルダちゃんからしかファンレターが来なかった!!」

わっ! と顔を押さえるノルベルトの手には幼い子どもの文字が書かれている。

『ノーベルせんせいへ

 今回もま法使いさんとゆう者さんがとってもとってもかっこよかったです。さいご、ドラゴンのげきりんをばくはつさせてたおすなんて、ま法使いさんはとってもあたまがよくてかっこいいとおもいました! これからもがんばってください! マチルダより』


「うっ、う……マチルダちゃん、おじさんはマチルダちゃんのために小説の続きを書くからね!!」

「おう、きっと喜ぶぞ~。続き書く前にサイン頼むわ」

「ほら寄越せ! ありがたがれよ!!」


ほぼ同時刻。

『魔法使いの旅』シリーズを出してるレイオット堂出版。

ノルベルトの担当編集である男のデスクにはノーベル宛てのファンレターが箱にたまっていた。

若い編集者がそれを見付け、ノルベルトの担当に声を掛ける。

「あれ、それノーベル先生宛のファンレターですよね? まだ届けてないんですか?」

「ああ、良いんだよ。渡す分はもう渡してあるから」

「え? 何でですか? 中身髪の毛だったりカミソリでも入ってたんですか?」

ノルベルトの担当は手を顔の前で振る。

若い編集はその反応に首をかしげた。

「あの人は妙齢の女性からのファンレターが来ると浮かれて、一ヶ月で三ページも書かなくなるくらい執筆速度が落ちるからね。わざわざ書けなくなる原因は渡さないよ」

「へー、そうなんですか」

「そ、だから基本的に渡すのは一通だけだよ」

その一通はもう届けた、と言う。

ファンレターを丁寧に箱にしまい、編集は作業に戻った。


「ただいまー。今帰ったぞ~」

「おかえりなさいパパ!」

ヴァレアスが自宅にサイン本を片手に帰宅すると、愛娘が小走りで出迎える。

その表情は興奮気味で、頬がリンゴのように赤くなっていた。

そんな娘にヴァレアスはサインをされた『魔法使いの旅』最新刊を差し出す。

「わぁ! ノーベル先生のサイン! ありがとうパパ!」

最新刊だというのに、もう五回は読んだそれに憧れの先生のサインが施されている。宝物を抱きしめるように娘はヴァレアスに礼を言った。

そんな娘の頭を撫でてやり、ヴァレアスは彼女を抱き上げる。

「よし、じゃあまた寝る前に読んでやろうな、マチルダ」

「うん!」

【ある日の打ち合わせ】


「どうだ! 会心の出来だぞ!」

「……ここ、邪竜のトドメのシーン、修正してください」

「なんでだ?! 爆発四散させたほうが派手だろう?!」

「あのですね、残酷ですしそんなことできるなら主人公は苦戦しません」

「ぐっ、ぐぬ……」

「ほらほら、さっさと修正してください。あと無駄に長すぎるんでザクザク削りますよ」

「あーっ! そこは見せ場! そこは回想シーン!」

「蛇足です贅肉です。それに演出過剰です」

「贅肉というのはお前の腹と顎についているやつを言うんだ!」

「はい、ここ丸っと削除」

「うわ―ッ!!!」

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