43. 定められた運命とも呼べる
カシェが去った後の部屋に、すすり泣く声が落ちる。一時的に症状が安定すると教わったが、先程よりも着実に手から砂が零れ落ちていく様をまざまざと思い知ったのだ。魔力が尽きると同時に尽きる命に、泣きたいのもわかるとマルクが自身の額に手の甲を当てる。少し集中してみても、自身の中に残された魔力は回復していなかった。
「……救うことはできないか、か」
もしあるのだとするならば、たとえ異邦の神であろうと縋りたくなる。それこそ、己の主の様に。そんな不信心なことを考えていると、隙間なく閉じられていたはずの扉がひとりでに開かれる音がした。
風でも吹いたのだろうか。マルクが顔を上げるも、扉の前には誰の姿もない。不思議に思い、扉を閉めるために立ち上がる。
扉側にいるオデットは気付いてすらいないのか、相変わらず顔を寝台に伏せている。マルクが扉の前まで向かうと、何か軽いものが身体に触れた感触があった。それでもなお、視界には一切何も映らないことに違和を感じ、マルクはまさかと声に出した。
「……もしかして、坊ちゃまですか?」
「バレちゃったかぁ」
間髪入れず、子どもの残念そうな声が返って来る。寸刻、空間が揺らいだかと思うと、ゼノが姿を現した。この部屋の重たい空気をまるで気にした様子もなく、それがごく自然なことであるかのようにマルクの脇をすり抜けてオデットの横に立つ。
突然現れたにも拘わらず、オデットはゼノに驚く様子もなく、目元を擦って向き直った。
「どうやら機能に問題はないようだね」
「うん、素敵なものに仕上げてくれてありがとう」
先程まで涙を流していたとは思えない気丈な姿で、ゼノのケープを確認していく。やはり魔道具に対しては人一倍誇りを持っているようだ。
ケープが完成したと報せを受けてマルクが受け取りに行った時と言ったらもう、目の下に濃い隈を作った凄惨たる有様であったが、今すぐ着用感を確認しに行こうとする程意気盛んであった。結局はそのまま倒れるように寝落ちてしまったのでマルクが教会まで届けに来たわけだが、無事に確認できて安心したのだろう。先程までよりも空気が和らいだのを感じる。
「上手く使ってやってよ。まあ、あんたなら大丈夫だろうけど」
ゼノはオデットの反応に嬉しそうにはにかんだ後、眉尻を下げて自身の眦をトントンと叩いた。
「オデットさんは、大丈夫かい?」
いくら平気そうに装っても、赤く腫れた目は誤魔化せなかったようだ。心配するゼノにオデットは自虐じみた渇いた笑いを溢した後、独白の様に心の澱みを吐き出した。
「子どもらしく気付かないふりをしてくれたらいいものを……まあ、いいや。聞いて来たんだから、少し話に付き合ってもらおうか」
「僕でよければいくらでも」
「何から話せばいいものか……そうだな。カシェには散々当たり散らしてしまったけど……弟をこんな目に遭わせたのは、きっと私なんだ」
オデットが懺悔をするように目を伏せ、淡々と語り始めた。
レイモンには元々、魔力があった。その魔力は常人よりも多い量であったが、当時そのことに気付く者は誰もいなかった。ある程度魔力があることはわかっていたが、まだ魔力暴走を起こしたこともなく大人しい性格の子どもであった。
対するオデットは幼い頃より魔道具を作るのが好きで、失敗して怒られてもまた懲りずに作り始める問題児。そんなオデットに屋敷中の目が向けられることは必然であった。
オデットは、完成した魔道具をレイモンに見せることを目標にしていた。レイモンもまた、そんな姉の魔道具を見るのを楽しみにしていた。
「所詮、知識もない子どもが頭の中の地図だけで作った回路だ。案の定、そいつは使い物にはならなかった」
だが、悲劇は起こってしまった。本来であれば使えないだけのガラクタであったはずの魔道具に、レイモンが魔力を流してしまった。なまじ魔力が強かっただけに、魔道具はレイモンの魔力に耐え切れず、破裂した。咄嗟に顔を庇ったものの、欠片が柔らかな腹部に突き刺さり、反動によって逆流した魔力がレイモンの魔力回路を焼き切ってしまった。
「弟は一命を取り留めたけど、二度と魔力を作れないようになってしまった」
「そっか……それじゃあオデットさんは僕の魔道具を作るのも抵抗があったんじゃないかい?」
片眼鏡を通して実際にゼノの魔力量を視たオデットにはわかっていたことだが、ゼノの魔力量は幼き日のレイモンなど目ではないくらいには多い。知らぬこととは言え、オデットの傷を抉ったのではないかとゼノが申し訳なさげに問い掛けた。
「抵抗なんてもんじゃないさ……あのときと同じことを起こしてしまうんじゃないかと思ったよ。それでも、私は誰よりも、全ての人が使える魔道具を作ることを信念として魔道具作りに携わってきた。……要は、あの日のことを乗り越えたかったのかもしれないね」
そう言ってオデットは優しくレイモンの手を握る。その瞳には、幼き日のレイモンが魔道具を持って笑う姿が見えているのかもしれない。懐かしそうに細められた目に、ゼノはどこかそんな気がした。
「この子が生き延びたことに安堵したけど、私がこの子の未来を奪ってしまったようなもんだ……いや。結局、私はこの子の命すらも奪ってしまうんだね」
「オデットさん……」
「う……ぁ、…………」
ゼノとマルクが何と声を掛けようか考えあぐねていると、レイモンが眉を顰め、苦しそうに呻き始めた。かひゅ、と時折呼吸が可笑しな音を立てる。アデールもまた、呼吸が荒くなっているようだ。
「なんで……さっき魔力の流れは正常に戻したはず……!」
突然容体が悪化したことに、オデットとマルクの焦りが募る。これ以上分け与えられる程の魔力は無い。人を呼んだとて、他人の魔力を循環できる力量の者がいるかどうかもわからない。
「……旦那様に来ていただければ」
そう言いかけ、マルクは自身の口を噤んだ。今カシェに助けを求めれば、カシェは罪悪感によってこの場に縛られ続けることだろう。ただでさえ重責を担っているのだ。これ以上は圧し潰されかねない。
だが、それは目の前の大切な人に耐えてくれと言っているようなもの。痛みに汗を流すアデールにマルクが迷っていると、どこからともなく空気の擦れた音が聞こえてきた。それと同時にアデールとレイモンが安らかな表情に戻る。
「これは、もしや……」
「竜は愛し子のために……よかった。兄様の魔力残滓があったからもしかしてと思ったけど、子守歌が効いたみたいだ」
マルクは初めてカシェとゼノが出会った日、聴こえないはずの歌にカシェが耳を傾けていたことを思い出した。そのときも、カシェは歌を聴いて落ち着いた表情を見せた。今回も、アデールとレイモンの身体の中に残っていたカシェの魔力が反応したおかげか、竜の子守歌が効果を発揮したらしい。
だが、そんなことは知らないオデットは何があったのかと困惑した。レイモンの手を強く握り締めたままの手に、ゼノの手が重なる。そのまま、オデットの手を通して膨大な魔力がレイモンの身体へと流れ込んで行く。強制的に魔力の流れが作られる様に、オデットが思わず手を離した。
「一体、何を……」
「僕、オデットさんの魔道具のおかげで魔力の操作が少しできるようになったんだ」
「私の……魔道具……」
「そうだよ。オデットさんの魔道具は決して何かを奪うものじゃない。オデットさんのおかげで、助けられるものもあるんだ。ほら、僕の魔力があれば暫くは大丈夫だよ」
ゼノの言葉を呑み込んだ途端、オデットがくしゃりと顔を歪める。一度押し込めたものが再び目尻から溢れ出す。それでも、治ったわけではない。猶予期間が延びたに過ぎないのだ。
「……後はきっと、兄様が助けてくれるよ」
希望に満ちた目で言うゼノに、オデットは目を見開いた。どうやって助けると言うのか。できる術などないだろうにと反論しようにも、きっぱりと言い切るゼノにオデットも縋りたくなる。
「……なら、それまではあんたが様子を見てくれないか。それなら、確実に助かるだろう……?」
少なくとも、自身よりも遥かに膨大な魔力を持つゼノであれば、レイモンとアデールの容態は落ち着くだろう。だが、その希望はゼノが首を振ったことで絶たれてしまった。
「僕には最期まで見届けることはできないよ」
「どうして……さっきだって助けてくれたじゃないか」
オデットが藁にも縋るようにゼノの肩を掴んだ。それでもなお、ゼノは表情を変えることなくオデットを見つめ返す。オデットは竜の瞳のような藤黄色に気圧され、手を離した。
「兄様を守るためだよ。このまま二人が衰弱してしまったら兄様が傷付くでしょう?」
ゼノは先程と同様にマルクの手を握ってアデールにも魔力を流し込むと、「僕も行かないと」と呟いた。
「……どこかに向かわれるのですか?」
「そうだよ。遠い……海を越えた、遠い場所に」
「旦那様が許可為されないはずです」
戸惑うマルクに、ゼノはまるでそれが決まったことであるかのように答えた。
「兄様なら、それを選ぶから。だから僕も行くんだ……約束したからね」
ゼノの瞳がカシェを守ると言い放ったときと同様に輝いて見えた。その瞳に、止めても無駄なのだろうと、マルクは嘆息した。それならば、家令であるマルクは全力でサポートするしかない。
「……グリフを連れて行ってください。アレは何かと使えますから」
今度はゼノが戸惑った表情を見せる。止められると思っていたようだ。
「止めなくてもいいのかい?」
「ええ。恩人には報いねばなりませんから。……それが主のためになるのならば、喜んで手を貸しますよ」
「……恩人には報いねば、か。確かにそうだね。さっきは無茶を言って悪かった」
マルクの言葉にオデットも同意すると、懐から取り出した紙の束に何かを書き連ねる。その紙を一枚ゼノに差し出した。
「海に行くのならば、あんたたちの力になってくれるはずだ」
ゼノは託されたものを胸に、深く頷いた。
「君たちの願いは、竜神の御許へと」
***
「コアには、失われたお告げと繰り返される歴史がまるで予言の様に書かれているのよ」
ジョゼに連れられた先は、ゼノを養子登録する際に訪れた部屋であった。ジョゼが首のない神々の像の一つに手を当て、祈りの言葉を紡ぐ。
言葉を紡ぐ度に像の表面に蒼白く光る紋様が浮かび上がり、胸の部分に集約する。やがて光が球体を生み、ジョゼの手に収められた。ジョゼがコアに触れると、コアは球体状を解いて金色の文字らしきものへと形を変える。
「……ジョゼ?」
中々読もうとしないジョゼにカシェがどうしたのかと問い掛ける。ジョゼは逡巡した後、諦めたように目を伏せた。
「……本当は誰も知ってはいけない内容なのよ。私も偶然だけれど、このコアを見つけてしまったあの日からずっと後悔しているわ」
「なら、君はどうして知っていることを私に態と悟らせるような真似をしたんだ」
「カシェは既に知っていたから……違うわね。知っていながら私にはどうしようもないことを、貴方に託したかったのかも」
どういうことだ、とカシェが目を細める。それにジョゼが薄く微笑むと、カシェの視線から逃れるように背を向けた。
「記録、1-001。神は世界を作り給うた。世界は急速に形を変え、神は命の水を落とした。命の水から生まれた存在はやがて神の特色を分け与えられたかのように力ある者、知ある者に分かたれた」
ジョゼが語り出したのは、アルヒ王国民であれば子どもでも知っている、創世記の話だ。神々は命の誕生に喜んだが、魔素の多い世界では魔力のない者は適合できずに死に絶え、神々は大いに悲しんだ。その哀しみにより、神々はこれ以上の犠牲を生まぬようにと魂に祝福を与えた。魔力という名の祝福を。
「記録、1-015。神は深く悼み、心を裂く。その身から災厄が生まれた。災厄は世界を覆い、神を悲しめた存在を吞み込んだ」
「……そんな話は聞いたことがないな。その前に、私の知っている神話とも少し異なるようだが」
確か、とある神が自身の系譜である存在を生き永らえさせようと力を与えた結果、その存在が暴走し、それから身を守る術を知の神が他の命に与えたはずだ。そのとき、知の神から分け与えられた存在が人であると言われている。
だからこそ、人は知の神を信仰し、知の神は信仰心を持たない他の命の系譜を持つ神々が衰退しないようにと首から上を隠した。
だが、ジョゼの話を聞く限りでは神々は一柱しか登場していない。そんな疑問を抱いていることなどわかりきっているのか、ジョゼが可笑しそうに笑って像に視線を向けた。
「まあ、知の神の配慮か、人族の都合かはわからないけれどね。少なくとも、人族の神殿で他の神を堂々と信仰するような人はいないわよ」
「暗に私が可笑しいと言っているように聞こえるが?」
「可笑しいわよ。竜神なんて教会に身を置いていたって聞いたことないわ……一体どこでそんな異邦の神の話を聞くのよ」
呆れたように首を振るジョゼに、カシェもはてと顎に手を当てた。改めて考えてみるとどこで聞いたのか、いつから信仰しているのかも覚えがない。ただいつの間にか、何かが起きたときには竜神に祈りを捧げていた。
「……覚えていないな。もしかしたら幼い頃に読んだ何らかの本に書かれていたのかもしれないが」
「別に何でも構わないけれどね。……このコアも多くは欠番してるのよ。だから神々に関することはあまり載っていないの。もしかしたら別の種族に関することだから、人族の管理下ではない場所に保管されているのかもしれないわね」
そう言ってジョゼは金色に輝く文章を撫でた。カシェからはどこが欠番しているのかはわからないが、告げられる記録の番号が大幅に飛ぶ。
「記録、1-035。神が生み出した災厄はやがて意思を持つ存在へと変化した。神を悲しめる存在を消すため。あるいは自身の力を蓄え、神に至るため。記録、1-050。命ある者を災厄から守るべく、神は命ある者の魂に祝福を宿した」
後半、漸く聞き覚えのある記録になった。災厄に関することは一般的に知ってはならないとはいえ、随分と改変したものを教えられていたらしい。
「ここから先は何度も繰り返されているようね。神が災厄を器に封じた。その後、長い年月を経て目覚めた器——魔王を倒す存在が現れる。その存在は、再び器へと災厄を封じた」
国王は魔王から生じた災いを災厄と呼んでいたが、コアに刻まれた記録では災厄が先に発生し、それを閉じ込めた器から災厄が覚醒したものを魔王と呼ぶようだ。口伝えである以上、どこかで話が歪むのは致し方がない。
とは言え、カシェは漸く国王がカシェに魔王討伐を願った理由に合点がいった。
「……災厄の器である魔王を倒し、封じなければならないんだな」
「ええ。……あまり驚いていないところを見るに、すでに国王陛下からある程度は伺っているようね。災厄を再び封じるためには、貴方の力が必要なのよ」
「ああ……だが、私は領地を守らなければならない」
今回のように、自身が領地を離れている間に再び大切な人達に被害が及ぶかもしれない。そう思うと、王命とはいえ応じることはできそうになかった。
カシェが俯くと、その頭上に衝撃が降って来た。チカチカと点滅する視界の中で、ジョゼが手刀を落としたのが見える。
「思い上がらないでちょうだい。貴方が残ったところで何ができるの? 実際、貴方は何人もの領民を救えなかったじゃない」
「わかっている……だが、」
「あのね、カシェ。私は何度も言ったはずよ。人の手はそんなに長くないの、貴方一人で守り切るだなんて、できることじゃないのよ」
ジョゼがカシェを諭すように、カシェの目を覗き込む。カシェ自身もジョゼの言いたいことは重々承知していた。
領地の端の村を助けに行っている間に、この街が襲われるかもしれない。そうなったときに、どちらかを選択することなどカシェにはできない。きっと、救えなかったことにいずれは心を壊すのだろう。
「元凶をどうにかしなければ、どの道この世界は破滅するしかないわ。誰かがやらなければならないの」
「……私にそんな力はないよ。今回だって、レイモン副団長もアデールたちも……」
「そのことだけれど……メルシエ卿とアデールに関しては救う手立てがあるかもしれないわ」
ジョゼは見ていたコアを像に戻し、別の像から違うコアを取り出した。今度は解いたものをカシェにも見せる。そこには、古い絵画が映し出されていた。どこか奇妙な森の奥で、幾人かが禍々しい雰囲気を纏った黒い人物と対峙している。その周辺の街では人が魔物に襲われ、倒れた人物は黒く染まっている。またある人物は苦しそうに頭を抱え、悶え苦しんでいる。
どこを見ても暗い雰囲気が立ち込める。しかし、その絵画の端の方、竜の近くで眠る人物だけは倒されたにも拘わらず、人としての色を失っていなかった。
「これは……」
「一番新しい対魔王戦、北の大地を描いた宗教画よ。ほらここ、この人物だけ倒れているのに黒くなっていないのよ」
「君はこれに意味があると?」
「ええ。確証があるわけではないけれど……態々意味もないことを描くものではないわ。もしかしたら、竜族であれば災厄に浸食された身体を元に戻す術があるのかもしれない」
どうする? とジョゼが顔を上げて尋ねた。一縷の望みを賭けるか、否か。なるほど、確かに残酷なことだ。どちらにせよ、聞いた時点でカシェに選択肢などないのだから。
「北の大地か……遠いな」
カシェがそう呟くと、ジョゼは軽やかな笑い声を上げた。
***
「本当に、行ってしまわれるのですか……?」
カシェが王室を出ると、アダラールがカシェを引き留めるように声を掛けた。誰にも伝えられないことであるが故に、見送る者などいないはずであったのに、態々駆けつけて来たようだ。
「王命ですからね」
カシェが何でもないように答えると、アダラールは顔を勢いよく挙げた。そして、国王に直談判するのだと息巻く。どうにか押しとどめると、今度はアレクサンドルが「やはり自分が……」と言う。全く、副団長が不在の今、団長までいなくなっては騎士団はどうするのだ。
肩を落とす二人に対し、カシェは自身がいない間の騎士団と領地のことを頼むことにした。これ以上、後ろ髪を引かれては旅立てそうにない。散々ジョゼに尻を叩かれた後で悩む姿など見せようものなら、今度こそ手痛い激励が待っていることだろう。
「……お前は、それでよかったのか。その……兄上のことも」
ずっと追っていた父親の件は、一旦置いて行かなければならない。それでもいいのか、とアレクサンドルが問い掛ける。この五年間、カシェが必死になって事件を追ってきた姿を見てきたのだ。
正直なところ、クロヴィスのことは気懸りではある。だが、優先すべきことではないということもわかっていた。
「今更、少し遅れたところで父上も気にしたりはしませんよ。それに、これだけ調べてもわからなかったんだ……もしかしたら、災厄と関係しているかもしれないでしょう?」
カシェが笑うと、突然手を取られた。カシェが目を丸くして見ると、アダラールがカシェの手を掴んでいた。視線が決意に満ちた目とぶつかる。
「僕が……! 僕が君の憂慮を引き受ける! 必ず、必ずだ」
「……ええ。有難く存じます」
「ああ、任された」
カシェは胸元に輝く金の徽章を外し、アダラールに差し出した。それをアダラールが無言で受け取る。これでもう、暫くは戻ることができない。
アレクサンドルがカシェの胸元に残る徽章に手を伸ばした。そのまま翡翠の徽章の傾きを治すと、ゆっくりと離れていく。
「……活躍を期待しているぞ、ファーガス司令官」
「は、アルヒ王国騎士団の誇りにかけて」
見送る人物はたったの二人。陽の光に照らされた影は四つ。柱から伸びた影は、カシェのよく知る形をしている。カシェは柱の陰から顔を出さないままでいる人物に声を掛けた。
「今まで世話を掛けたな」
「…………」
「ありがとう、ヴァイス。行ってくる」
日に照らされた、柔らかな空の色が揺れる。カシェは重責を感じさせないように笑い掛けると、王城を後にした。
目指す先は北の大地。まだ見果てぬその地の方角を、碧色の目が見つめていた。
これにて、第一章完結いたしました。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
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