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39. リッシュ村

 馬が地面を蹴り進む。風を切る音が耳を支配し、軋む車輪の音を背中に受ける。その風に、あるいは振動に振り落とされぬよう、誰もが身を低くしている。その中でも、ひと際爛々と闇夜に輝く瞳があった。

 月明かりに照らされたその相貌には疲労が滲んでいるものの、誰よりも険しく、緊迫した空気を醸している。早く早くと急くその男の内心に呼応してか、馬も徐々に他の者を置いていかんと脚を速める。

 そんな男に、何者かが馬を並べ、声を掛けた。


「おい、カシェ! そんなに焦るな」

「ヴァイス……焦っているわけではない」

「嘘つけ。馬を使い捨てにする気か? 幾ら純粋な魔馬とは言っても限度があるぞ」


 ヴァイスハイトが呆れたような口ぶりでカシェを注意する。その意見にカシェが馬に視線を向けると、少し呼吸が荒くなっているようであった。

 カシェが身体の力を抜くと、それに合わせてか馬も速度を緩める。それでも他の騎馬と足を並べるくらいには速度があり、確かに急いていたのだと納得する。

 すると、カシェのすぐ背後からまた別の者に声を掛けられた。


「ファーガス司令官、ランゲ隊長の言う通りですよ」

「レイモン副団長」

「魔馬は生まれた頃から人に慣らされているとは言え、魔力回路を焼き切った人工馬とは違って元来の魔物としての血が人に飼い慣らされることを拒む……貴重な馬なんですから、使い捨てることのないように」


 魔馬は一般に普及している魔力回路を焼いて魔力を使用できなくさせた馬とは違い、悪路をものともしない強靭な肉体や体力を有し、魔力でその肉体を更に強化させる。しかし、魔馬は飼育が難しく、飼い慣らした個体は騎士団で抱えているもののその数は少ない。その扱いの難しさから飼育用にと生後間もなく魔力回路を塞ぐ技術が発達したくらいなのだ。今回、王の計らいでその魔馬の使用が許可されたが、本来であれば隊一つ分も魔馬を使用することなどほとんどない。


 そんな馬を使い捨てにすることなど言語道断。それだけではなく、今カシェの乗る馬が力尽きてしまえば、カシェがまた別の馬、あるいは馬車に追加で乗ることになる。予備の馬がいない以上、どちらにしても後続の馬車を引く馬の負担が増え、行軍が遅くなることに違いはない。

 カシェが内省していると、ヴァイスが顔を顰めて言った。


「お前、少し休んだ方がいいぞ」

「……問題ない」

「私も、貴方は少し横になった方がいいように思います。普段の貴方ならもっと理性的なはず」


 ヴァイスに続き、レイモンにも窘められる。領地から王都まで戻り、休みなくとんぼ返り。それも大変緊迫した状況の中とあれば休んだ方がいいのはわかるが、このざわつく心のままでは眠りにつくこともままならないだろう。

 そんなカシェの気を知ってか知らずか、カシェは問答無用で馬車の中にいた騎士と交替を命じられた。


「……我が願いは、竜神の御許へと」


 落ち着かない心を慰めるように、祈りを口ずさむ。余程疲れが溜まっていたのか、腰を下ろして暫くすると徐々に瞼が重くなる。心のざわめきすらも深淵に飲み込まれていった。


(どうか、無事でいてくれ……)


 ——今度こそ。


 意識が朦朧とする中、カシェの想いに呼応するように誰かの声が聞こえた気がした。


 ***


 魔馬は変わりゆく景色の中を駆け抜け、想定よりも遥かに早くファーガス領に辿り着いた。砦街の手前に大きなテントが立ち並んでいるのが見える。

 拠点か、一時避難所か。一同が気を引き締めると、蹄の音を聞きつけた兵士たちがそのテントの中から姿を現した。まだ辿り着かないと思っていたのか、騎士団の姿を目にした兵士たちが一様に呆けている。


 回復まで時間が掛かりそうではあったが、彼らが回復するまで呑気に待つことはできない。カシェとヴァイスハイト、レイモンがそれぞれ馬から降りて近寄ると、いち早く回復した兵士が慌てて駆けて行った。


 程なくして、これまた大慌てといった様子の兵士が現れた。それは、領地愛と正義感の強い隊長格の男であった。


「領主様……申し訳ございません、我々の力が及ばず……」


 隊長格の兵士はあまりにも憔悴していた。目の下に酷い隈を作り、たった数日で痩せこけている。周りを見渡せば、他の兵士もまた疲労を滲ませているようだ。


「まず、何があった」


 カシェが問い掛けると、隊長格の兵士は首を横に振り、視線を落とした。


「一週間ほど前でしょうか……そう、丁度盗賊を捕らえた前後辺りです。リッシュ村から報せが届きまして」

「リッシュ村から? そんな報告は受けていないが?」

「……ええ。初めは、病に倒れる者が多く、薬も買いに行ける者がいないため届けてほしい、というものでした」


 最近よく耳にする流行り病だと思ったのだ、と隊長格の兵士が話を続ける。症状もわからないため、念のため薬師と治癒魔術を扱える司祭を連れ、村へと向かったのだと言う。

 それ自体はよくあることだ。教会があるのは領地の中心街であるため、遠方の村から直接赴くことは難しい。薬師ならば村にもいるだろうが、保有している薬の量も知識も都心に比べれば劣るというもの。村の薬師の手が回らなくなったか、薬が底を尽きたのか。はたまた手に負えない未知の病であったのかは定かではないが、そういうときのために派遣できるようにとクロヴィスが整備を進めていた。


 残念ながらゼノの乳母のように個人で呼びつける場合は負担も大きいが、兵士を間に挟むことで派遣の費用などは公費負担となる。勿論、それで何でもかんでも頼まれてはかなわないため、兵士が道中の護衛も兼ねて共に訪問し、監査役を担った。


「それがどうしてこのようなことになったのです?」

「訪問した兵士から報告はなかったのか?」

「……どうしてなのかは、我々にも未だわかりません。残念ながら最初に派遣した兵士もリッシュ村で病に罹り、息を引き取っていたために音沙汰がなく……不審に思い我々が赴いた頃にはリッシュ村は病で半壊状態といったところでした」


 隊長格の兵士の言葉に、ヴァイスハイトが首を傾げる。それにレイモンがどうかしたのかと問うと、ヴァイスハイトは少し怪訝な表情で答えた。


「その説明だと、原因は病ですよね? 俺たちがここに来たのは確か、魔族に襲われているからだったような……」

「……そうですね。正確には、魔族が手引きして魔物を村に誘き寄せたようでして……死の香りに誘われてか、魔物も普段より狂暴化しており、我々も奮闘しているものの……」

「今も、続いているというわけですね」


 レイモンの言葉に、隊長格の兵士が重々しく首肯した。魔族が裏で糸を引いているだけではなく、普段よりも狂暴化しているのであれば兵士も荷が重いことであろう。

 カシェが周囲で様子を窺う兵士たちを一瞥すると、隊長格の兵士が慌てて告げた。


「ここにいるのは皆、体調を崩し、戦力外となった者たちです。剣を取ることもできず、ただ地面に向かって吐き続けるだけではあまりにも足手纏いであるため、辛うじて軽症の村人を連れて戻ってきました」

「感染力が高いのか……他の住人はどうなっているんだ?」

「重症者は村に置いてきました。村の中でも戦いから遠い場所へと移動はさせましたが、そこから更に移動させる程の体力は最早ないようで……無症状の家族が看病のために残っている他は皆、床に臥せっています」


 無理に動かした方がむしろ危険な状態なのだろう。そして、彼らが街の中に入らずこの場に留まっているのも、病の感染経路が不明であるからかもしれない。ファーガス領の中心地である砦街でも爆発的に病が拡がれば、最早手に負えるものではない。


「教会の奴らは?」

「リッシュ村に派遣した司祭については前線から外れ、今もこの場にて治癒にあたってくださっております。初めは重症者についていてくださっていたのですが、流石に一人で全員を診るのも難しく、何よりその司祭では力が足りないようで……ごほ」

「じゃあ今村には誰も派遣されていないってか?」

「今やリッシュ村は魔物に囲まれております。その上、魔族まで……ごほ、っ、……んん、司祭を安全に、輸送できる程の人手がないのです……っ」


 ヴァイスハイトの質問に答えている途中で、隊長格の兵士が酷く咳き込む。先程よりも顔色が悪化している。それでも尚、兵士は目に力を宿して言葉を続けた。


「どうか、どうか……リッシュ村を、お救いください」

「ええ、勿論です」

「そのために俺たちが来たんだからな」

「……ああ」


 隊長格の兵士の願いに、それぞれが答える。それに兵士はほっとしたように目元を緩めると、一人の年若い兵士を呼び出した。呼び出された兵士は覚悟を決めたような、あるいは悲観したような顔をしている。


「まだ、症状が軽い者です。どうぞお役立てください」


 どうやら案内役に選ばれたようだ。隊長格の兵士もまた、同じような表情をして震える手でその兵士の背を叩いた。


「ええ、必ずや。……貴方の覚悟、しかと受け取りました」


 レイモンが頷き、隊長格の兵士に背を向けて歩き出す。隊長格の兵士もまた、若い兵士を連れてテントの中へと戻っていく。その様子を見ていたカシェにレイモンは静かに告げた。


「よく、覚えておきなさい。あれが上に立つ者の覚悟です」


 カシェとヴァイスハイトはそれに頷くことなく、テントに背を向けた。その背後から聞こえる、呻くような声から意識を背けるように。


「さて……軽症者とはいえ、罹患したかもしれない者の近くにいたということは我々も発症する恐れがありますね」

「メルシエ副団長、そもそも現地に赴くんだから変わりはないのでは」


 切り替えたレイモンの言葉に、ヴァイスハイトが返事する。


「我々はそうかもしれませんが、後で司祭を呼んで来るのに困るでしょう?」


 確かに、全員で前線に向かえば暫くは誰も街に入れなくなってしまう。それでは救える命も救えなくなるというもの。ヴァイスハイトも納得したのか、隊の幾人かをその場に待機させるべく指示を出した。


 ***


 目元を赤くした兵士に連れられて馬を走らせた先は、酷い光景など可愛く思えるほど、悲惨な情景が広がっていた。村は文字通り崩壊し、家は瓦礫と化している。美しく広がる畑も消し飛んだのか、荒れた大地のみが眼前に存在していた。そして何より、何処か空気が淀んでいるのを肌で感じる。死の香りというのも言い得て妙だと思えるくらい濃い鉄の匂いが鼻に付く。

 戦場でも感じたことのない程の死の気配に思わず顔を顰めると、前方で悲鳴が聞こえてきた。


「住人は皆避難したんじゃなかったのかよ……!」


 駆け出すヴァイスハイトの後ろをカシェとレイモンが走る。その後ろを隊の他の騎士も着いて来る。

 悲鳴がしたであろう方向へと向かうと、女が座り込んでいた。その頭には鼠のような耳が生えており、凡そ人族には存在しない尾が生えている。獣人族の姿に、幾人かの騎士が足を止めて警戒を示した。


「確か……魔族も暴れているんだったよな……?」


 騎士の一人が確認するように呟く。この距離では聞こえているだろうに、獣人族の女は余所を向いたまま反応を示さない。その様子にカシェも他の騎士も不信感を露わにした。ただし、カシェに至っては何も女を訝しんでいるからではない。


「……イルヴァか?」


 顔はこちらを向いておらず、確証はない。しかし、カシェは以前ベルナールがリッシュ村に行くと言っていたことを思い出し、イルヴァ本人ではないかと考えた。

 カシェの呟きに、獣人族の女が勢いよく振り返った。その顔は蒼褪め、目尻に涙が浮かんでいる。


「なんだ、知人か?」

「ああ……だが」

「グルゥゥゥゥゥゥ……!」


 ヴァイスハイトが目を瞬かせて尋ねる。それに答えようとしたとき、イルヴァのいる方角から地を這うような獣の呻き声が響いた。


「……どうやら話は後のようですよ」


 レイモンはそう言うや否や、その場から動かないイルヴァの前に躍り出た。獲物が増えたことに喜んだのか、あるいは横取りされたことに怒りを示したのか。獣もとい魔物が興奮したように声を上げ、飛び掛かる。その攻撃をレイモンが剣で受け止めた。


「ヴァイス!」

「おうよ! 皆、気を引き締めろ!」


 カシェの呼び掛けにヴァイスハイトが大剣を鞘から抜いて応え、隊員に向けて声を掛ける。他の騎士も一様に各々の武器を手に取った。

 カシェとヴァイスハイトが前に飛び出したのを確認し、レイモンが魔物を抑えていた剣から力を抜き、イルヴァを抱えて後方に飛び退く。一方、魔物は勢いを殺し切れず、前へと倒れそうになるのを、たたらを踏んで耐えようとする。その後頭部にヴァイスハイトの大剣が振り抜かれた。

 ゴン、と鈍い音を響かせ、魔物が膝を突く。脳が揺れたのか、何度か頭を振っている。回復する前にカシェが魔物を刺し、魔力で動きを封じた。

 動けない身体を動かそうと必死に藻掻いている隙に他の騎士が切りつけ、絶命させる。危なげなく倒した魔物は、その傷口から黒い血を流して倒れた。


「これは……」

「ファーガス司令官、ランゲ隊長。少し来ていただけますか」


 カシェが黒血を見ていると、レイモンが声を掛けてきた。振り返ると、レイモンがイルヴァを支えるようにして立っている。気が動転しているのか、イルヴァは脚に力が入らない様子だ。カシェとヴァイスハイトが近寄ると、イルヴァは明らかにヴァイスハイトを見て顔色を悪くした。


「なぁ、カシェ。俺なんか怖がられるようなことしたっけ……」

「まあ、あれだけ豪快な戦い方を見せたら……という冗談は置いておいて。恐ろしい目に遭ったんだ、無理もないだろう」

「それもそうですが、脚を怪我しているようなんですよ」


 傷口は深くはないようだが、確かに脚に大きく引っ搔いた傷がある。魔物から逃げる際中に何処かで引っ掛かったのかもしれない。もしくは、魔物の攻撃を避けきれなかったか。どちらにせよ、早く手当てした方がいいことに違いはなかった。


「どうしてこんな場所にいたかはわかりませんが、避難場所に送っていった方がいいでしょうね」

「一人、大丈夫」

「こんな魔物がいつ襲ってくるかもわかんねぇ場所で一人にするわけにはいかねぇよ」


 一人で大丈夫だとレイモンを押し退けて歩き出そうとするイルヴァにヴァイスハイトが待ったを掛ける。すると、イルヴァはびくりと肩を震わせた。気丈な表情とは裏腹に、耳と尾が垂れ下がっている。


「……どうやら私とファーガス司令官で送り届けた方がよさそうですね」


 見知った人物と恩義を受けた人物であれば一先ず大丈夫そうだと結論付け、カシェとレイモンは目配せをした。

 それを横目で見ながら、ヴァイスハイトは肩を落としたのであった。


「とりあえず私とレイモン副団長で彼女を送り届ける。ヴァイスハイトは本来の目的を遂行してくれ」

「姫はおろか、兵士の救助と魔物退治ってか」


 ヴァイスハイトが冗談めかして言う。カシェはその肩に拳を当てた。


「ランゲ中隊としての初陣だ、華々しくな」

「司令官殿の命令じゃ仕方ねぇな」


 ヴァイスハイトはカシェに笑い掛けると、振り返り、背後で動向を窺う騎士達に不敵な笑みを浮かべた。それに騎士達も応えるように拳で己を二度叩く。誰一人、闘志を失っていないのは流石、共に戦ってきた盟友とも言うべきか。互いが互いに鼓舞しているようであった。ただ一人、年若い兵士を除いて。

 兵士は大きな魔物を前に、怖気づいたのか顔色を悪くさせていた。その表情は硬く引き攣っており、とても前線に出していい状態には見えない。


「案内は……」


 どうするか、とカシェが聞くまでもなく、ヴァイスハイトが首を横に振った。


「どうせ戦況なんざ変わってるさ。俺たちは索敵をしつつ魔物を片っ端から片付けていく。むしろそっちの方が必要だろ?」

「そうですね。では、有難く」


 レイモンもヴァイスハイトの言葉に同意すると、兵士は明らかにほっとしたような表情を見せた。


 ***


 カシェやレイモンたちと別れて暫く経った頃。ヴァイスハイトは目の前の光景に唖然としていた。

 兵士が連なるようにして地面に転がっている。何とか魔物を押し返そうとしている面々も一様に顔色が芳しくない。ふらつく足で何とか踏ん張っているようだが、それも限界といったところか。一先ず騎士に指示を出し、加勢して魔物を押し退ける。魔物が怯んだ隙に倒れた兵士に肩を貸し、その場から離脱した。

 倒した魔物から黒血が流れ出し、シュウシュウと音を立てて何かが焼ける音がする。空気が更に淀むのを感じ、ヴァイスハイトは眉を顰めた。

 一体何が焼けているのかと覗き込んだ者が悲鳴を呑む。その視線の先には、黒血に触れた死体がどろりと黒い液体へと溶けて姿を変えていく様が広がっていた。


「なんだ、これ……」


 ヴァイスハイトも思わず足が止まるも、限界を迎えた兵士の包囲網が崩れ、魔物が再び押し返してくるのに正気に戻る。他の騎士も、気味が悪いながらも剣を握り直し、魔物に対峙する。


「ヴァイス隊長」

「何だかわからんが、やることは決まってる。……行くぞ!」


 ヴァイスハイトの掛け声に騎士たちが雄たけびを挙げ、魔物へと突撃する。それと交替で兵士が下がり、応急処置を受ける。

 魔物自体は等級も低いものであるため、本来であれば簡単に一掃できる相手だ。だが、今は平常ではない。騎士の内でも既に何人かが体調を崩し、地面に吐き戻す者や動けなくなる者が現れる。意識が混迷し、そのまま魔物に食い殺される者もいる。


「ただの病がこんなに早く罹るものか……こんなの、可笑しいだろ……?」


 長く留まっているわけでもない。身体が弱いわけでもない。それにもかかわらず、こんなにも早く罹患者が騎士の中からも現れるだなんてあまりにも妙だ。


 ヴァイスハイトは戦線が混戦しないよう、そして崩れることがないよう普段よりも周囲を見渡した。そして、調子の悪い騎士を庇うように大剣を振り回し、魔物を叩く。

 一匹に時間を割いていられない分、着実に魔物の意識を刈り取り、後の始末を他の騎士に任せていく。そうして、魔物によって開いた穴を塞ぐように戦線を縫って走った。


「隊長……」

「しっかりしろ……! 無理なら下がれ!」


 それでも徐々に、だが確実に離脱者は増えていった。

 ヴァイスハイトが辛うじて救い出した者も肩から爪で裂かれたようで、血を流して力なく横たわっている。何かを喋ろうとするその口から黒血を吐き出した。


「黒血……まさか、これが病の発生源か……?」


 意識して見渡すと、体調を崩している者は皆どこか傷を負っていた。傷を負っている者の中にも症状の重さに違いがあるようだが、軽症者であっても一定数、足取りが重くなっているようだ。ヴァイスハイトのように一見傷を負っていない者のみが通常通り戦えていることからも原因がそこにあると思えてならない。

 ヴァイスハイトは先刻別れた獣人族の女を思い出した。魔物によるものか、逃走時に付いたものかは不明だが、傷を負った者。もしもその傷口が魔物によるものであれば、彼女も今頃……。


(いや、今は他人の心配をしている場合じゃないな……)

「血に触れないように気を付けろ! 傷を負った者は後ろに下がれ!」


 一先ず、目の前の敵を殲滅しなければ。ヴァイスハイトは大剣を握り直し、魔物へと走り出した。


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