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36. 囚われ三人組の暗闇会談

 保護した領民と捕らえた村人を討伐隊に任せ、カシェとエイドが捕らえられた領民を探しに戻る。暫く洞窟を探索していると、偵察を終えたマルクがカシェの元へ戻って来た。


「カシェ様。他に出入口らしきものはなさそうです」

「そうか。……マルク。戻って来て早々で悪いが、少し頼まれてくれるか?」

「ええ、勿論でございます。何なりとお申し付けください」


 にこやかに告げるマルクに、早馬を出して迎えの馬車を寄越すように伝える。満身創痍の領民に加えて怪我を負った盗賊たちの輸送もするとなると、かなりの大所帯となる。

 せめて領民だけでも早く治療させたいとカシェが思っていると、その意図を汲み取ったマルクが「ジョゼ司教も連れて参りましょう」と言った。全く、有能な家令である。

 これで保護した領民については、一先ずできる限りの手回しは済んだだろう。カシェとエイドは再び洞窟の奥へと向かった。


 だが、どれだけ探してもゼノの姿は何処にもない。松明に照らされる者たちの顔を一つ一つ確かめるが、どれも見知らぬ者の顔をしている。松明の影に隠れられるような場所もなく、遂に突き当りの場所にまで辿り着いた。


(何故どこにもいないんだ……まさか、捕まってはいなかったのか?)


 そんな疑念が一瞬頭に浮上したものの、カシェはすぐに首を振った。いくら竜の加護があるとは言っても、まだほんの幼い身体で大人たちから逃れられたとは思えない。

 だが、現実には見渡す限り壁しかなく、通路があるわけでもない。地面に穴が掘られているわけでもないことを確認し、ついため息が漏れる。その溜息が安堵によるものか、失意によるものかもわからない妙な感覚に顔を顰めていると、エイドが苔生した壁に手を当て、カシェを呼んだ。


「カシェさん、この壁動かせるんじゃない?」


 エイドの手元を覗き込むと、その部分だけ苔が削れている。まるでその一部分だけ何度も触ったかのように、表面が剥がれかけていた。それだけ殺風景な場所なのだ、この壁が仕掛け扉になっているという荒唐無稽な考えを信じてしまいたくなるほどに。しかし、エイドがどれだけ力を加えても土壁は微動だにしなかった。


「あれ、違ったのかな……!」


 エイドが首を傾げながらもう一度力を加えようとする。一度試してみても動かなかったのだ、何度やったって同じことだろう。それに、力を加えて開く扉であるならば閉じ込めるには向いていない。


(取手もないのだから)


 カシェはエイドを止め、改めて土壁を観察した。よくよく見てみると、全体的に苔が不自然に生えている。生えているというよりは、何かを隠すために後から無理やり貼られたような。


(……まさか、魔法陣が埋め込まれているのか?)


 人のことを荒唐無稽だなどと言っていられない。カシェは淡い期待を胸に魔力を流してみた。剣や人に魔力を流すのとは違い、抵抗感がない。むしろ、魔力が吸われていく。

 当たりだ。カシェが確信すると同時に苔が光り出し、土壁が地面を揺らしながら動き始めた。


 ***


 土壁が開かれ、砂埃の向こうに暗い空間が見える。所々細い光が差しているのは空気穴であろうか。

 埃を吸い、ゼノは男の肩に担がれたまま咳き込んだ。盗賊が嫌そうに舌打ちをし、ゼノを下ろそうとゼノの身体を掴む。ゼノが商品として売れるまでこの空間に閉じ込めておくのだろう。盗賊に遭遇し、グリフとアデールを逃がすために己を囮にした手前、遅かれ早かれこうなることはわかっていた。


「……大人しくしてろ、じゃねぇと痛い目を見るぜ?」


 だが、だからといって抵抗しないというわけではない。ゼノは身を捩らせて拘束してこようとする手から逃れ、なおも追ってくる腕に噛み付いた。


「い゛ってぇな……! クソガキが……!」

「…………ッ」


 頭に血の上った盗賊がゼノの髪を掴んだ。そのまま引っ張られ、固く冷たい地面に身体を叩きつけられる。ゼノは痛みに呻きそうになる声を抑え、閉じ往く土壁を睨み付けた。土埃が舞い、完全に扉が閉ざされる。

 ゼノは身体を弛緩させた。


「はぁ……。グリフ先生はちゃんと逃げられたかな……」


 ゼノが一夜耐え切ったのだ。朝までかかった逃走劇に盗賊も疲弊しているため、恐らく大丈夫だと思いたい。だが、蛇蔓樹(サルマンヴィペール)の毒が回っていた様子では油断ならない。

 その上、自身のせいでカシェに余計な手間を取らせることになったのだ。ゼノは暗がりの中で盛大に溜息を吐いた。


「お……? その声、どっかで聞いた覚えがあるな」


 完全に一人だと思っていた空間に別の声が響く。ゼノは目を丸くし、よく凝らして声のした方向を見つめた。


「そりゃあるでしょ。もう忘れたの? ……街で会ったよね」


 もう一人、呆れたような声も聞こえてくる。まだ闇には慣れていないゼノの目では上手く見えないが、前半は相方に、そして後半はゼノに向けられているようだ。


「あ~~……思い出した! そうだったそうだった」


 ゼノは痛む身体を起き上がらせ、声の主に近寄った。色味まではわからないが、どことなく異国風の衣装を身に纏っている姿が目に入る。


「もしかして、街でぶつかったお兄さんたちかい?」

「おう! 坊主、調子はどうだ……ってよくはないわな」

「ほんと無神経すぎ」

「んだと!?」


 水を打てば返るといったように息ぴったりのやり取りに、ゼノは沈んだ気持ちが少し浮上する。可笑しくなってふくふくと笑っていると、静かな方の男の空気も張り詰められた糸が緩んだように穏やかになった気がした。


「それにしても、他の人たちは皆表で拘束されてたのに、どうして僕たちだけこんな場所に入れられたんだろう……」

「高く売れそうだからじゃねぇの? 俺らはこの国からしたら明らかに風変わりな格好をしてるし、坊主も見目がいい」

「…………」


 ゼノはなるほど、と頷いた。一方、静かな方の男は黙りこくってしまった。表情までは見えないが、決していい顔はしていないだろう。事実、心地よい話ではないのだから。

 ゼノは俯く男の手をそっと握り、その固く握り締められた手を優しく解いた。そのまま緊張を解すように手の甲を指の腹で撫でる。手を取られた男がはっと顔を上げるのを肌で感じる。

 明るく振る舞っていた方の男も身じろいだのか、衣擦れの音が聞こえてきた。


「……どう、して……こんな、場所に?」

「う~ん……魔力を上手く扱えなくて、この森で魔力の訓練をしてたら盗賊に捕まっちゃった」


 ゼノの返事に男が不服そうにゼノの指先を握り締めた。男が擦れる声でなおも言い募ろうとする。だが、ゼノが緩々と首を振ると、言葉を飲み込んだ。

 代わりに溜息を吐こうと男が口を開いた瞬間。その口に向かってもう一方の男が腰に下げていた革袋の口を突っ込み、中身を男に無理やり飲ませた。仄かに甘い果実の香りが鼻腔を擽る。


「ごほ、げほ……っ。な、何すんのさ……!」

「いや……喉カラカラで辛いかと思ったんだけど」


 咽ながら怒る男に対し、何ともあっけらかんとした答えが返ってくる。その態度に、「これ妖精酒の実を漬け込んだ酒でしょ!? バカなの!?」と叫び声が上がる。叫ぶ姿からは先程までの昏い雰囲気が取り去られており、ゼノは胸を撫で下ろした。


「つぅか、まだこんな小さいのに魔力訓練とか坊主はすごいな」


 男が話を変え、大きな手でゼノの頭をぐりぐりと撫でた。ゼノがぐわんぐわんと動かされる頭に思わず目を回していると、すぐさま別の手が男の手を取り払う。


「ちょっと!」

「んだよ、いいだろ別に。……にしても懐かしくね? 俺らも昔は魔力扱うの下手過ぎて訓練したよな」

「君だけでしょ」

「え、俺が訓練付き合ってやったの忘れたのか? 魔力を出力できないから魔法が使えないって泣きついて来たじゃん。元気づけようとした俺を突き飛ばしたのを覚えてないって?」

「は? それは君がこのままだと役立たずだなんだって言うからでしょ。大体、自分の魔法で吹っ飛んでたじゃないか。むしろ地面に叩きつけられそうになった君を僕が助けたんですけど」


 男たちの言い合いがどんどんと加速していく。その様子をゼノは苦笑しながら見つめた。どことなく、静かな方の男も饒舌になってきているように感じる。先程飲まされた酒で酔いが回っているのかもしれない。

 このまま放置していると取っ組み合いでも始めそうだ。ゼノは二人を止めるべく話題の転換を図った。


「そういえば、お兄さんたちはどうしてここにいるの?」

「あ~……大事なものを探しに来たんだよな。この森にあるような気がしてさ」

「大事なもの?」

「……うん、まぁ」


 ゼノが目をぱちぱちと瞬かせる。ゼノの質問に先程までの明るい姿はなりを潜め、男が答え辛そうに鼻頭を掻いた。あまり言いたくないという雰囲気が伝わってくる。

 代わりにもう一方の男が声を落として答えた。


「……それがあれば、お喜びになられるかもしれない」

「おい、アルジネ」

「僕らが、勝手にやっているだけなんだけど……きっと、願われていると」


 勝手に思っているだけなんだ、そう僕らが願っているのかもしれない。アルジネと呼ばれた男はそう呟いて頭を膝の上に乗せた。


「酔わせすぎたな……」


 もう一方の男が困ったように頭をがしがしと掻く。しかし、アルジネは抱えた腕の隙間からくぐもった声で話し続けている。その姿からは、迷子の子どものような雰囲気を感じる。


「本当は、どう思っていらっしゃるのか……聞いてみたいけど、怖くて……」

「僕だったらきっと、口に出してなくても願い事を叶えようとしてもらえたら嬉しいと思うな。それが大事な人だったら尚更に」

「…………」


 ゼノの考えを聞いてアルジネは黙り込んだ。その頭をゼノが優しく髪を梳くように撫でる。えらいね、優しいね、と褒めるとぐすりと鼻を啜る音が聞こえてきた。


「……情緒不安定か?」


 男の問いかけに、アルジネは魔力を纏った腕を振り払った。その手から少し離れた場所に、微かな光に反射してガラスのように透明の物体が目に映る。透明の物体は男の顔面に叩きつけられ、男は地面にひっくり返った。



「お前さぁ……手加減とかないわけ?」

「ベルジュが余計なこと抜かすからでしょ」


 暫くして漸く男が目を覚ました。日が落ちてきたのか差し込む光が弱弱しくなってきたが、それでもベルジュと呼ばれた男が額を擦りながらアルジネを睨み付けたのが見える。すっかり目が慣れたのかもしれない。

 アルジネはふん、とそっぽを向いた。お前が悪いのだという態度を隠さないアルジネに今度はベルジュが仕返しをしようと近付く。


「喧嘩はしてもいいけどやり過ぎちゃだめだよ」

「んだよ、ままごとみたく仲良くしろって?」

「ベルジュ!」


 ゼノがベルジュを止めたことを不満に思ったのか、ベルジュがむっすりと唇を尖らせた。そして、子どもを揶揄するような物言いでゼノに問い掛けると、今度はアルジネが腰を浮かせる。先程よりも一触即発といった空気が流れるが、それもすぐに霧散した。


「ふふ、もう十分に仲いいんだから今更仲良くしろなんて言わないよ」

「ちょっと、誰と誰が仲いいって?」

「やっぱそう見えるよな!」


 アルジネとベルジュが正反対の反応をゼノに見せる。それが更にゼノの笑いを誘った。


 ひとしきり笑うと、ゼノは目尻に溜まった涙を指で拭き取った。


「二人がここにいてよかったな」

「坊主でもやっぱ、一人は心細いか~」

「というよりは、自己嫌悪に苛まれていただろうから……」


 ベルジュが不思議そうに問い掛けた。


「何を自己嫌悪に苛まれることがあるって?」

「僕がこうして捕まっちゃったから、兄様に迷惑を掛けちゃうなって」


 ゼノはそう答えながら天井を見上げた。すっかり天上の穴は目に付かない。

 これまでゼノとベルジュの話を静かに聞いていたアルジネがぼそりと呟いた。


「……あの男が、君が捕まったことで面倒に思うようなことなんてないでしょ」


 アルジネが思うに、街で会ったときはゼノを大事に思っているようであった。少なくとも、気配を消して近付いてくるくらいには。


「坊主はあの保護者が助けに来るって思ってんだな」

「助けに来るよ」


 先程まで落ち込んでいたとは思えない程に、ゼノは力強く頷いた。それに対してアルジネが面白くなさそうに尋ねる。


「仮に助けに来たとして、ここを見つけられると思う?」


 アルジネの問いに、ゼノはこの空間に入れられたときのことを思い出した。ただの壁が、男が触れた途端動き出したときのことを。そんな光景を見ていなかったらまさか壁が動くだなんて想像だにしないだろう。

 だが、ゼノは確信があった。


「兄様なら、見つけられる」


 目の前から薄っすらと、光が差し込む。ゼノの瞳が光を受けて輝きだす。そして、やっぱりと笑みが溢れた。


「ゼノ……!」


 光の向こう。カシェが扉を開け、ゼノに手を差し向けていた。


 ***


 土壁を動かすと、決して狭くはない空間が広がっていた。魔力を流し込めば動く隠し扉や、その先の空間を見るに、とてもではないが来たばかりの村人が作ったとは思えない。誰か裏で糸を引いていた人物がいるのかもしれない。

 カシェとエイドが剣の柄に触れながら中を覗くと、光の当たる場所にゼノが座っていた。眩しそうに出口を見やるゼノと目が合う。


「ゼノ……!」


 カシェは武器から手を離し、ゼノに向かって手を伸ばした。その腕にゼノが飛び込んでくる。カシェはゼノを力強く抱きしめ、その存在を確かめた。


「あ~~やっと外の空気吸えたな」

「誰だ!?」


 完全にゼノを取り戻して気を緩めていると、暗闇の中から男の声が聞こえてきた。その声にエイドが瞬時に剣を抜いて構える。カシェもゼノを抱きかかえながら警戒していると、ゼノが腕の中でもぞもぞと暴れ出した。


「盗賊じゃないよ……! 兄様もあったことあるでしょ?」


 必死なゼノの声にカシェは目を凝らして暗闇を見やる。すると、奥から少し強面できつい眼差しの青年と穏やかながら冷えた眼差しの青年が現れた。


「君たちはあのときの……」

「やあやあどうも。助かったぜ、お兄様」


 強面の男が片手を上げた。調子が狂う程陽気な挨拶にカシェとエイドも肩の緊張を緩める。


「君たちも捕まっていたのか」

「まあな」

「好きで捕まったわけじゃないけど」


 冷えた眼差しの男がつんけんとした物言いで答える。それを強面の男がまあまあと執り成した。


「晴れて自由の身になれたわけだし、俺らはもう行くわ」

「え、ちょ、治療とかしてったほうが……」


 颯爽とカシェとエイドの脇を抜けて立ち去ろうとする男たちに、エイドが慌てて声を掛けた。それに対し、強面の男が片手を振って答えた。どうやら特に問題はないらしい。

 本来であれば事情聴取をしたいところであるが、何となくあの二人をこの場に留めて置ける気は一切しなかった。


(不思議だな……彼らのことを知っているわけでもないのに)


 まあ、見るからに自由な旅人といった風貌なのだから、そう思うのも当然かもしれない。そう思い、二人を見送っていると、眼差しの冷たい男が戻って来た。


「どうした」


 何かあったのかとカシェが首を傾げる。すると、男は不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらカシェに首を振った。どうやら自分に用があるわけではないらしい。

 そして、男は腰を屈めてカシェの腕の中にいるゼノに何かを手渡した。


「これは……?」


 ゼノが手渡されたものを眼前に持ってくる。その手には鈍く光を放つペンダントが握られていた。


「あげる。これを僕らだと思って、手放さないで」


 何故だろう、カシェにはそのペンダントにひどく見覚えがあった。真新しくないペンダントは、それでも大切に扱われていたのだろう。丁寧に磨かれているのがわかる。


「ゼノ、そのペンダントを開けてくれないか……?」


 ひどく、喉が渇く。早く、中身を確認しなければ。

 カシェに乞われ、ゼノはペンダントの側面にある小さな突起に爪を引っ掛けた。かち、と高い音が鳴り、蓋が開く。中には美しい女性の肖像画が入っていた。


「うわ、こんな小さい肖像画なんて存在するんだ……高そう」


 エイドが肖像画を覗き込み、感嘆の声を上げる。確かに売れば高値が付くであろう。カシェは僅かに震える指先を握りしめ、男に鋭い視線を向けた。


「……君、これを何処で手に入れた?」

「……何、文句があるっての」


 盗みの疑いでも掛けられたと思ったのか、男が苛立ちも隠さずにカシェを睨み返す。カシェは首を振り、目元を手で覆った。


「違う……これは、この肖像画は……母なんだ。……父の、ペンダントなんだ」

「は、え……?」


 カシェの言葉にエイドが驚き、カシェと男を交互に見やる。

 ゼノも手元の小さな肖像画を凝視した。言われてみれば、肖像画の女の淡く柔らかな雰囲気がカシェと似ている。どうしてそんなペンダントを持っているのだろうと、小首を傾げて男を見上げた。


「……変な人物に売りつけられただけだし、知らないよ」


 ゼノの視線に耐えかね、男が不服そうに答えた。


「どこで……いや。どんな人物が……?」

「覚えてない。……それと、僕は“君”じゃない。アルジネって名前がある」

「……そうか、すまない」


 本当に覚えていないのだろう。嘘をついているようにも、誤魔化しているようにも見えない。

 カシェが謝ると、アルジネは更に眉間の皺を増やした。


「僕、もう行くから」



 アルジネが立ち去った後。エイドがどう声を掛けたものかと考えあぐねているのか、ちらちらと視線を向けてくる。カシェは顔を上げ、何でもない風を装った。

 まさかクロヴィスのペンダントをこんなところで手に入れるとは思いもよらなかった。カシェの母が亡くなってからクロヴィス自身が失踪するその日まで、クロヴィスが片時も離すことなく大切にしていたものだ。カシェが懐かしさに目元を緩めていると、困ったような表情のゼノと目が合った。


「兄様、これ……」


 カシェの目の前にペンダントが差し出される。クロヴィスのものならばカシェに渡した方がいいとでも思ったのかもしれない。だが、カシェはペンダントをゼノの首に下げた。


「君が貰い受けたものなのだから、君のものだ。それに、父上のものは等しく君のものでもある。持っておくといい」


 カシェがそう言うと、ゼノは申し訳なさそうに眉尻を下げながら首元のペンダントを弄った。


「あれ、これ……肖像画の奥にも何か隙間がありそう?」


 ゼノの声に、カシェはペンダントを覗き込んだ。確かに、ペンダントの蓋とは別にもう一つ開きそうな隙間がある。しかし、蓋部分とは異なり、突起はない。むしろ、何かをはめ込むような細やかな窪みがある。

 どこかで見たような気もするが、思い出せそうにもない。何にせよ、今は開けないことだけはわかった。


(そんなことよりも)


 カシェがゼノの頬を両手で挟み、優しく上へと向けた。黄藤色が満月を彷彿させる。


「……ゼノ、どうして危険なことをしたんだ」

「ぁ……僕は、加護があるから大丈夫だから……それよりも兄様の大切な人を守ら」

「大丈夫なんかじゃない!」


 口角を上げて答えるゼノの台詞を遮り、カシェが声を荒げた。思わず関係のないエイドの肩が跳ねる。ゼノも表情を固めたが、カシェは構うことなく続けた。


「君に何かあったらと思うと……心配したんだ……」


 カシェがゼノの肩口に瞼を押し当てる。瞼の裏がじんわりと熱を帯びる。カシェの背に、小さな手がそっと添えられた。


「ごめんね、兄様」

「……もうこんなことはするな」


 ゼノは曖昧に笑うばかりであった。


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