34. 森へ進軍す
「旦那様、力を貸してほしいというのは……」
マルクが目を見開く。銀の双眸からは、カシェの提案を信じ難いと思っていることがありありと伝わる。それもそのはず、普段から他人のことを信用できないと豪語している男の言うことではないからだ。
同じく口を開けたまま固まるグリフを横目に、カシェは首を振って言葉を加えた。
「力を貸してほしいとは言っても、何も彼の言うことを信じたわけじゃない」
カシェの言葉に、エイドの表情に陰が落ちる。一方で、マルクとグリフは力を貸してほしいと言いながら信じたわけではないとはどういうことかと首を傾げた。
「……私はまだ、彼の力とやらを実際に目にしたわけではないからな。本当にただの偶然ならば意味がない。……ただ、その勘とやらが本物であるのならば、使わない手はない」
信じたわけじゃないといった口で使えるのならば使うと平気で宣う。普通であればなんて男だと怒りを抱いてもいいのだが、エイドはこれが貴族かと妙に納得した。
「それを本人の目の前で言いますか……」
「あ、いや、俺は全然……」
グリフが呆れて溜息を吐く。頭を抑えて首を振るグリフにエイドが問題ないと答えようとしたときだった。遠くから慌しい蹄の音が聞こえ、一同の意識が平原の向こうへと向かった。
「あれは……」
砂埃の舞う地に目を向けると、馬が全速力で駆けてきているのが目に飛び込んできた。何事かと一同が唖然とする。グリフが目をよくよく凝らしてみると、馬の勢いに振り切られまいとその背にしがみ付く兵士の姿が見えた。
馬はあっという間に門前に着き、その背から兵士が転がり落ちる勢いで降りた。その目は赤く充血しており、興奮した状態であることを示している。
「な、何があった!?」
あまりの形相に何か問題が発生したのかと他の兵たちが兵士に駆け寄る。おっかなびっくりといった様子で問い掛けた質問に、転がり落ちた兵士は息も整わないまま口を開いた。
「報告します! 盗賊の内、客と思わしき人物と繋がっている者を捕らえました!」
「何!?」
「何かわかったことは!?」
何も旗を上げられずにいた討伐隊が、ここにきて漸く盗賊の尻尾を掴んだようだ。兵士が興奮冷めやらぬ様子でまくし立てる。
「尋問の末、数日後に捕らえた人々を連れ、隣国に引き渡すことが判明しました!」
アルヒ王国は四方を国に囲まれている。そのため、隣国とだけ告げられても、その内のどの国のことを指しているのかまではわからない。
「隣国……? どの国だ?」
「そ、それは……えっと、わかりません……」
手柄を誇ったように報告した兵士に、隊長格と思わしき兵士が尋ねた。途端、兵士が目を泳がせる。これでは何も動きようがないではないか。隊長が頭を抱え、怒りの矛先を狼狽する兵士に向けようとする。
だが、隊長が兵士を叱咤するよりも前にカシェが口を挟んだ。
「最近我が国に手を出して墜ちた国だろうな」
「まさか、女子どもを慰み者にしようとしてるのか……?」
「でも、敗戦国に人を買える程裕福な者はいないだろ……」
カシェの発言に辺りがざわつく。不作続き、疫病が蔓延した上に戦すらも負けた隣国。国には力も金もなく、賢き者は早々に他国へと身を移した。よもや隣国で人を買おうとする者はいるまい。
カシェもその考えには大いに賛同する。しかし。
「秩序の程度が著しく落ちたからこそ、あの国なんだ」
「旦那様……?」
「人攫いのような重犯罪者が捕まらずに商品を売るためには、外ツ国を選ぶ他ない。だが、いくら国内ではないとは言え、規律ある国で犯罪者が表立って行動することはできないだろう?」
治安の悪い地域でもなければ入国前に荷馬車は改められ、身分証の提示を求められる。人を連れて入国するだけでも一苦労というわけだ。その点、秩序が崩壊し、犯罪の類を取り締まる力も失った国では入国も容易い。その国に買い手がおらずとも、商品の受け渡し場所としては打って付けである。
「なるほど、それならば納得もできます。……しかし、それこそ賄賂なんかを渡して門衛と癒着していれば他の国でも有り得るのでは? 盗賊でも直接客と繋がっているような仲介人はそういった伝手を持っている場合が殆どかと愚考するのですが」
「一理あるが、それでもあの国程リスクが低く、旨味のある国はないだろうな」
「旨味、ですか? 人を買う余裕のある人間はいないのに?」
これまでの話でリスクが低いということは理解できた。だが、買い手もいないのに旨味があるとはどういうことだ、とグリフが訝し気にカシェを見つめる。その視線を受け、カシェが少し苦笑して話し始めた。
「そもそも買い手がいないという前提が違うんだ。……確かに、人を買う人間はいないだろう。金も持っていなければ需要もないからな」
例え莫大な金額を払ってまで奴隷を手に入れたとしても、養えるだけの食料がないのだ。早々に衰弱して使い潰すことを考えると、情勢的にも人を買うにはリスクが高すぎる。
「では何を買う者がいるんです?」
「身分証だ。アルヒ王国の身分証を買い、その住民に扮して密入国するためだ」
先程まで頭を捻っていたグリフがはっと息を呑んだ。同様に、隊長格の兵士も答えに辿り着いたのか目を見開く。そして、次の瞬間には目を吊り上げて顔を顰めた。
「なるほど……! 身分証を売れば利益にもなるし、商品の足も付かなくなるってわけですね!」
「……国境を張り、一気に叩く。誰一人として、ファーガス領の民を余所へ渡すものか……!」
隊長格の兵士が手を白くなるほど握り締め、声を震わせる。そして、周囲の兵士に指示を出そうと息を吸い込んだところで、カシェがその肩に手を置いて止めた。
何故止めたのだという非難の目がカシェに向けられる。その目から、たとえ領主に逆らってでも領民を守りたいという強い意志が垣間見える。カシェは隊長格の兵士から顔を逸らせることなく、その想いを真正面から受け止めてみせた。
「一介の兵士が領境を超えることはできない」
「しかし、これはファーガス領の問題です」
「君たち兵士は王国騎士団に連なる者ではあるが、権限はそう多くない。力を振るえるのはこの領地のみで、他の領地での出来事にまで首を突っ込むのは越権行為だ」
アルヒ王国には一般的に魔物討伐や戦のときに王国騎士団が駆り出されることにはなるが、その他の領地でのいざこざや些細な事件にも駆り出されるわけではない。そんなことをすれば常に人手は足りなくなる上に、騎士が王国の端から端までを行き来することになるため、時間もコストも掛かる。
そのため、各領地で有志を集い、各駐屯地に駐在して領地を守護する兵士と呼ばれる存在が生まれた。王国騎士団支部といった扱いであるため、他所の管轄で力を振るえばよくて越権行為、悪くて領地侵略の意志ありと見られかねない。
「……ですが、王国騎士団に依頼していては駆けつけた頃にはもう隣国に逃げられてしまいます。私は……我々は、臍を噛んで見送る気は毛頭御座いません!」
「そうだろうな。……私も国境で見送る気はないさ」
「では……」
「そもそも、国境で待ってやる必要もないだろう?」
口の端を上げてにこやかに問い掛けるカシェに、グリフとマルク以外の面々が顔を見合わせた。
領境を超えられないと言うのならば、その前に捕まえれば済む話。兵たちにとっては正に寝耳に水であろうが、カシェは当初の予定通りに事を進めることにした。
カシェの考えに従うべく、グリフが門の横に停めたままにしていた馬車に足を向ける。その背に向かってカシェが声を掛けた。
「グリフ、馬車では時間が掛かる。マルク、馬を用意してくれ」
「はい、直ちに」
「は……?」
カシェの指示を聞いてマルクが馬の準備に向かう。それよりも一瞬遅れてグリフが反応した。正直何を言われているのかわからず、ただ黙って己の師の消えた先を見つめる。
やがてマルクが鞍を装着しただけの馬を連れて来ると、漸く理解が追いついた。
「無茶です……! 森まではどれだけ急いでも、着く頃にはもう夜ですよ!」
夜の森は危険だ。暗闇の中、夜目の利く魔物たちが今か今かとこちらの隙を狙ってくる。そのため、森の外で一夜明かすのが普通だ。
その上、いくら春先でも夜は十分に冷え込む。馬車ならまだしも、草の上で寝ようものなら朝露によって身体が冷えて体調を崩しかねないことなど、カシェも重々承知のはず。それでも無茶をすると言うのならば、グリフにもマルクにもカシェを止める責任がある。
「グリフ、時間がないと知った上で止めるのか?」
「……っ!」
「討伐隊はもうすぐ帰って来るな? 悪いが共に来てもらうぞ」
だが、グリフが何かを言う前にカシェによって封殺された。カシェを止める権利も方法も、今のグリフにはなかった。
***
平原を馬が駆ける。風を切る音がキンと耳を冷やす。陽が陰り、薄雲が空の昏さを表している。
先頭を捕らえた盗賊を連れた討伐隊が走り、その後ろにカシェ、エイド、マルクと続いた。馬から少し離れた場所で、着かず離れずの位置を保ちながら森の調停者も追い掛けてきている。
「カシェさん、あのお兄さんを置いてきてしまってもよかったのか?」
カシェの後ろを走っていたエイドが馬を並走させ、話し掛けてきた。今はこの場にいないグリフのことを言っているのだろう。
「君も知っているだろうが、グリフは血を流し過ぎたみたいだからな。顔色も思わしくないし、動きも鈍っていた。そんな人間を連れて行っても足手纏いになるだけだ」
「ああ、休みが必要ってことかぁ」
「…………」
回りくどいカシェの物言いにエイドが頷く。一方のカシェは敢えて避けた表現で指摘され、半眼で前方を睨み付けた。
視線の先には暗い森がぽっかりと口を開けて聳えている。一陣の風が舞い、まるで手招きをするかのように木々がその枝葉を揺らした。
「止まれ!」
討伐隊のリーダーが声を張り上げる。その指示に討伐隊が一斉に手綱を引き、馬を停めた。
討伐隊の動きに合わせるように馬の速度を落とし、緩やかに歩かせるカシェの元にリーダーが駆け寄って来る。
「もう日も沈みつつあります。今からこの先へと向かうのは些か危険が過ぎます」
「今日はこの周辺で野営をしようと?」
「左様でございます。これ以上の行軍は馬にも人にも負担が大きく、怪我人が出るやもしれません」
リーダーの言うことは尤もだ。砦から森までほぼ休みなく馬を走らせ、馬も人も疲れが出ている。カシェは顎に手を当て、ふむと考え込んだ。
「確かに、ここで休ませるのがいいだろうな」
カシェは馬から降り、手綱をリーダーの手に渡した。それを受け取ったリーダーが軽く頭を下げる。
「では野営の準備を……」
「ここからは馬を置いて森へと入る。着いて来られるものは私の元へ、体力のない者はこの場で馬の世話をせよ」
「なっ……! 無謀です! 魔物が最も活動する時間なのです、盗賊の元に辿り着く前に体力が消耗してしまいます」
「魔物ならば問題ない。森の調停者の前に態々姿を表そうとする奇特な魔物はそう多くはないからな」
「ですが……それでも我々の負担が軽減するわけでは……」
リーダーが背後を流し見る。その視線の先には拘束具で身動きが取れなくなった盗賊の姿があった。情報を聞き出すためにも、案内のためにも盗賊を庇いながら行軍しなければならず、一日動き回った兵たちの疲労は計り知れない。
リーダーは悔し気に手綱を強く握り締めた。その様は部下を危険に曝すことをよしとはしない、上に立つ者の理想と言えるのだろう。
それでも、カシェにはその思いを読み取ることはできても譲ることはできない。彼にとって部下がそうであるように、カシェにとって危険に曝したくないと思う者が、救いたいと思う者たちが今も恐怖に怯えているかもしれない。助けを待っているかもしれない。
「誰も着いて来られないと言うのならば私ひとりで行く」
それができるだけの力があると自負している。カシェは空間から剣を取り出し、腰に佩用した。そして、討伐隊の横を通り抜け、森の奥へと足を進める。その歩みを止めるように、マルクとエイドがカシェの前に立ち塞がった。
「おや、私もお連れくださらなければ困りますね」
「勿論俺も着いて行くよ」
無謀な領主を止めるのだと思いきや、その考えに着いて行くと告げる。何故止めようとしないのだと討伐隊のリーダーは頭の奥が痛んだ。
「さあさあ、討伐隊の皆様はここでお休みください。そこの者だけいただければ我々だけで十分ですので」
マルクが盗賊を指差す。リーダーは肩を震わせた。単独の騎士と年老いた家令、正体不明の旅人だけで事足りると言われたのだ。今まで確かな成果を上げるのに時間は掛かったが、討伐隊が無能と言われているように感じた。それは、部下を想うリーダーとしても領民を想う兵士としてもプライドを傷付けられることに等しい。
「……我々も、向かいます」
結局、ほんの少しの休息を入れて動ける者で隊列を組み直した。動けない者にはもしも森の奥に向かう不審な人物がいたら捕らえるようにと森の前での待機を命じた。
森の中は闇を飲み込むように暗いが、森の調停者がほんのり蒼白く発光しているおかげか足元は照らされている。後方を歩く討伐隊にはマルクから提灯が支給された。
「すごい、光ってる……」
「ホウ」
兵士の一人が呟いた言葉に、森の調停者が少し自慢げな鳴き声を上げる。カシェはこれならば問題なく進めると頷き、道を案内させようと盗賊に顔を向けた。しかし、森の調停者が額でカシェの身体を押してきたせいでそれは叶わなかった。
「……どうした」
カシェが問い掛けると、森の調停者が顔を上げてカシェの後方に広がる森を見つめる。暫く森の奥とカシェの顔を交互に見つめる動きが繰り返され、漸く何を伝えたいのかがわかった。
「道がわかるのか」
「ホウ」
目と目が交差する。一瞬の逡巡の後、カシェは森の調停者の後ろを着いて行くことに決めた。
「……続くぞ」
森の調停者が導くように前を走る。一同は緊張した面持ちでその後ろを着いて歩いたが、一向に魔物が出てくる様子はない。森の強者と戦う意思はないのか、遠巻きに見つめる瞳が見えるくらいで、鳴き声一つ聞こえてこない。
「ほんとに魔物が出てこねぇ……森の調停者ってのは伊達じゃないんだな……」
凡そ人が通る道ではない場所を抜ける。腰丈の草を森の調停者が踏みつけ、漸く人ひとりが通れるほどの道になった。だが、不思議と頭上の枝葉がカシェに当たることはない。疑問に思って顔を上げると、枝が不自然に切られているのが目に入った。
「あ、ここ! 俺がお兄さんに会ったところだ!」
広い場所に出ると、エイドが声を上げた。どうやらグリフと盗賊が対峙した場所を覚えていたのだろう。森の調停者に案内された場所には、まだ真新しい足跡や戦闘の跡があった。
「ふむ……足跡が四方に散っていてわからないな……」
「おい、お前。拠点は何処だ」
リーダーが盗賊に尋ねる。しかし、盗賊は答える気がないのかリーダーの足元に向かって唾を吐き掛けた。
「さーね、俺が答えるとでも?」
「貴様……!」
「おっと、俺に手を出してもいいのかな? 増々答えなくなるどころか衰弱死しちゃうかも~~!」
ケラケラと下卑た笑いを浮かべる。対するリーダーは額に血管を浮き上がらせていた。今にも殴り掛かりそうなところで、カシェがマルクに目配せをする。すると、マルクが懐から何やら工具を取り出して盗賊に近寄った。
「あ? 爺さん何だよ」
「どの指がいいですか?」
「は???」
盗賊が片眉を上げ、心底意味がわからないとマルクを睨み付ける。一方、マルクは全く意に介することなく辺りから生木を拾い、工具で真っ二つに割った。
「お、おい……」
「さあ、どの指をご希望ですか」
聞きながらマルクが盗賊の手を取る。盗賊もマルクの真意に気が付き、流石に焦りを見せた。
「おいおいおいおい! イカれてんのか!? 俺の指をどうするってんだよ!」
「案内くださればなくなりませんよ。私も鬼ではないので、小指からいきましょうか」
ひんやりと冷たい工具が盗賊の小指を挟む。じわじわと力が加えられる様を見せられ、盗賊は全身から汗を噴き出した。
「わ、わかった! 言う! 案内する! だからその手を止めろ!」
「早く」
口だけはいらないとマルクが目を細める。温度のない銀に睨まれ、遂に盗賊は観念した。
「そこの蛇蔓樹が切られてる道だ! 俺たちが通る用に刈ってある!」
盗賊が顎で指した方向を討伐隊が調べる。
「確かに、蛇蔓樹が切られた跡があります!」
「そこだよ、そこ。……ったく、おら! 離せよ」
「え……?」
盗賊の発言に、エイドが首を傾げた。それにどうかしたのかとカシェが問うと、逡巡した後に困惑した表情で答える。
「そっちは違う気がするんだけど……」
「あぁ!? 気ぃだろうが! 大体俺がそう言ってんだから違うわけねぇだろ!」
エイドの言葉を掻き消すように盗賊が声を荒げた。討伐隊もそれはそうだろうと呆れたようにエイドを見つめる。流石に大勢の意見に逆らえるほど確信があるわけではないのか、エイドはなんでもないと誤魔化すように笑った。
「先へ進みましょう」
今度はリーダーが先頭を歩き、その後ろを着いて歩く。確かに、足元は人が通れるように意図的に道が作られているようだが、頭上の枝葉が行軍を遮ろうとしてくる。
どこか怪しさが拭いきれず、カシェは騒ぐ胸を抑えた。先程のエイドの発言がまだ頭の隅に引っ掛かっているらしい。
振り返るとエイドの表情は暗く、相反するように前方からは口笛が聞こえてきた。
(……やはり、戻ろう)
そう決断し、前方の討伐隊に伝えようと顔を前に向ける。その目に一瞬、ちかりと光るものが見えた。
「罠だ!」
カシェが声を張り上げると同時に、木々の間から盗賊たちが飛び出してきた。刃渡りの短い短剣が提灯の光を受けて輝く。対する討伐隊も腰に下げた剣を抜こうとするが、枝葉が邪魔をして上手く振るうことができない。
「ハハハ! 馬鹿じゃん、こんな森で長い剣なんか使えるわけねーだろ!」
「お前……どうやって!?」
「確かにお前らは拠点の近くには来てたぜ? でもよ、俺たちだって何も無策なわけじゃねぇんだ。拠点には見張りがいるし、その周辺だっていくつかに分かれて巡回してる」
盗賊が楽し気に口笛を吹いた。どうりで、拘束されているはずなのにここまで大人しくしていたわけだ。端から案内する気などなく、この瞬間を虎視眈々と狙っていたのだろう。
「夜は音がよく通るだろ」
「……してやられたな」
討伐隊の中心で尚も口笛を吹き続ける盗賊に近寄る。
「あ? んだよ、文句あ゛ッ……!?」
不遜な態度をとる盗賊の顔面を握り、魔力を通す。ミシミシと音を立てる指の隙間から、見開かれた目と目が合った。
力を込め過ぎたのか、盗賊が目玉をひっくり返し、糸が切れた操り人形のように倒れ伏す。その様を睥睨していると、目の前で仲間がやられた盗賊たちが手に持った短剣を構え、鬼のような形相でこちらを睨みつけてきた。盗賊たちの怒りに曝され、先頭の討伐隊の腰が引ける。
それでも何とか剣を構えようとする討伐隊の間を通り抜け、カシェが先頭に立った。
「まさかあんたがやるって言うのか?」
「てめぇら、高く売れそうだからできるだけ傷付けるんじゃねぇぞ」
盗賊たちが厭らしく笑い声を上げる。爛々と獲物に目を光らせる盗賊を前にしても、カシェは表情を変えることなく刺突剣を抜いた。全身に魔力を巡らせ、身体強化する。身体は何処までも早く動けそうなくらい軽く感じる。
カシェは片足を後ろに下げ、腰を落とした。
単騎で突撃しようとするカシェを止めようと、すぐ隣の討伐隊の兵士が声を掛ける。だが、兵士の言葉は後方から吹いてきた風によって攫われ、カシェの耳には届かない。
風は意志を持ったように邪魔な枝葉を切断した。不自然な風に思わず兵士が振り返ると、マルクがにっこりと笑って人差し指を唇に当てた。
「私も随分待ったとは思うが、気は長くないんだ。……行くぞ」




