32. 森での戦い
鬱蒼と草木が茂る森の中をグリフとゼノが掻き分けながら歩いていた。湿った葉が二人の足音を受け止め、かさりと軽く音を鳴らす。どちらも警戒を怠らず、周囲を窺いながら少しずつ足を進めているのか、その表情は険しい。
道などない。獣すら踏みつけていないであろう雑草は天に向かって首を伸ばし、大の大人の行く先さえ阻んでいる。
何故こんな誰も立ち入らないような場所に態々足を踏み入れたのか。偏に、ゼノの訓練を誰の目にも触れぬ場所で行うためであった。
「馬車の……せめて、馬だけでも、ハァ……連れて来られたら……」
「先生忘れたの? 全然入りたがらなくて、往生したでしょ」
当初は、カシェが置いて行った馬車で森の中まで入る予定であった。
勿論、馬車が立ち入れる場所は人と接触する可能性もある。それでも、適当なところで馬を繋いでおき、森の深部まで歩く予定であった。森に入ろうとした瞬間に馬が大きく頭を振って暴れるものだから置いてくる他なかったのである。
「ああいうときって、大体、悪いこと起きません……?」
「そう、だね……。嫌がるだけの何かはあるのかも……」
ゼノは息も絶え絶えなグリフを一瞥し、すぐに周囲へと視線を移した。右も左も、何なら前方すらもすべて同じ景色。薄暗さに時間の感覚も失われている。そんな状況下では呼吸よりも弱音が口をついて出てしまう。
(どれくらい歩いたんだろう……)
流石に歩き疲れてしまった。そろそろ開けた場所に出たいと酸欠気味の頭で考えていると、急にゼノの視界が開けた。足元を見ると、脚に纏わり付いていた草がある地点から突然短くなっている。不自然な空間であるが、疲労でこれ以上は何も考えたくないとゼノとグリフは喜んでその空間に倒れ込んだ。
「あ~~……至福」
「僕はここで森の一部になる……」
目を閉じると、苔生す土の湿った香りに混じり、甘い蜜の香りが漂ってくる。柔らかい若葉が背中を包み込み、眠気が誘発された。このまま何もしなくてもいいかもしれない、そんなことさえ脳裏に過る。
(このまま一部になれるなんて幸せ……あれ? 僕何のためにここに来たんだっけ)
脳を占める多幸感からふと現実が顔を見せようとする。何かをしようと決意してここに来たはずなのに。
(ううん……僕はここに来るために……)
しかし、寒い朝に夢に引き込まれるように再び思考に靄が掛かっていく。ふと重たい瞼を持ち上げると、隣で寝転がっているグリフの姿が目に飛び込んできた。その顔は幸福そうに緩んでいるのに、藻掻き苦しんでいるかのように両の手が首を絞めている。
とても至福とは程遠い光景に、ゼノは驚いて身じろいだ。その拍子に投げ出された指先がぴくりと動き、草に触れた部分に一瞬熱い痛みを感じる。
(本当に? 僕は何かの一部になるために来たわけじゃない)
藻掻くように手を動かすと、小石のようなものが手に触れた。思わずそれを掴み、衝動のままに投げようとする。しかし、身体は痺れているのか思い通りに動かず、小石は見当違いの方向へと飛んでいく。
(もっと……もっと何か……)
探っていると先程と同じ大きさの小石が何個か手に当たる。それを纏めて掴み取り、ゼノは地面に叩きつける勢いで投げた。
地面に跳ね返った小石がぶつかり合い、その衝撃で思い思いの方向へと飛んでいく。その一つがグリフの顔面に着弾した。
「いっっっ……何、事!? ゲホッ……、花菓子?」
グリフが痛みに跳び起きる。絞められていた気道が開き、グリフは肺に空気を取り込もうとひっくり返って咳き込んだ。その様子にゼノはほっと息を吐いた。
「グリフ先生、大丈夫かい?」
肩で息をするグリフに声を掛ける。グリフは目尻に生理的な涙を浮かべてはいたものの、特に問題はないと返してきた。
「坊ちゃん、立てますか?」
グリフに問われ、ゼノは何度か手に力を入れては開いてを繰り返した。まだ指先から血は流れているが、身体はゼノの指示通りに動く。痺れは取れたようだ。
「問題ないよ、先生」
グリフは答えだけ聞くとすぐに前を見据えた。その手には武具が装着されている。武具は袖の内から手の甲に掛けて骨に沿って線を描くように続いており、大きな魔物の爪を彷彿させた。
ゼノも身体に力を込め、起き上がる。三つ折りにした弓を開き、いつでも使えるように弓柄を握った。
グリフとゼノの敵意に気が付いたのか、森がざわざわと騒めく。不気味に枝を揺らし、枝同士で擦れる音が不協和音と化す。甘い香りが一面に広がり、木々に纏わり付いていた蔓が鎌首を上げた。
「蛇蔓樹……。私たち、魔物の苗床になるところだったんですね……」
グリフが蛇蔓樹を睨み付けたまま呟いた後、バッと勢いよく振り返った。
「せ、先生……?」
「苗床ってのはあれですよ、植物を育てやすくした土壌のことで……!」
わたわたと身振り手振りで解説をしてくる。こんなときでも授業を忘れないとは、真面目な人だ。少し顔が蒼褪めて汗が噴き出しているのは、体調が悪いのを隠しているからかもしれない。
大丈夫だろうか、と小首を傾げて見つめて来るゼノの視線にグリフはわなわなと肩を震わせた。そして、これ以上純粋な瞳を直視できないと目を背け、視線の先の蛇蔓樹に向かって吠えた。
「お前のせいで俺純粋な目に刺されて大負傷なんだけどマジ許さねえからな!!」
理不尽な怒りに曝されたせいか、蔓がグリフに向かって激しく打ち付けられる。その素早い一撃を避け、グリフはゼノに視線を寄越した。
グリフの目が自身に向いていることに気付き、ゼノは大きく頷いた。
「つまり、僕たちは土に還されちゃうところだったってことだよね?」
「遠からずそういうことです!」
「それは御免だな……」
グリフに向いていた蔓が、中々グリフに攻撃が当たらないことに痺れを切らしたのか、今度はゼノに狙いを定める。ゼノの足に絡み付こうとする蔓に向かってグリフがカトラリーを投擲した。
カトラリーが刺さった部分から液体が溢れ、甘ったるい香りが立ち込める。
「坊ちゃん、気を付けてください。奴は傷を付けたところに樹液を流し込みます。……相手の動きを鈍らせる毒が含まれてるんです」
グリフの言葉に、ゼノは先程の全身の痺れの原因に得心した。指先を草で切ったと思っていたが、どうやら蛇蔓樹の蔓に噛まれ、樹液に触れたらしい。ゼノは指先に口付け、吸い出した血を吐き出した。
「坊ちゃん、まさか……」
「大丈夫、掠っただけ。解毒も済んだ。……それよりも、僕はどうすればいいかな」
会話の合間にも蔓はどんどんと数を増して攻撃する。ゼノが攻撃を避け、避けきれなかったものをグリフが弾くが、キリがない。
「坊ちゃん、強くなるっておっしゃいましたよね」
「……うん?」
「私は旦那様に仕える中で思い知ったことがあるんです」
グリフの仄暗い目と視線が合った。
「使い物になるには、実践が一番ってね」
***
ゼノはもう何度目かの魔力を魔道具に流し込んだ。魔力量には問題はないが、如何せん形にならないことに対するもどかしさにより、精神的な消耗が激しい。また、幼子の身では体力的な限界も迎えていた。
(先生……スパルタすぎ!)
膝ががくがくと笑っている。最早目の前の魔物との命のやり取りとかどうでもいい。目の前の人間に殺される方が先だとさえ思えてくる。
そんなゼノの様子が目に入っているはずなのに、グリフは変わらず敵の攻撃だけを防ぎながらゼノに声を掛けた。
「足を止めない! 相手は別に目が見えるわけではありません。地面に張った根で居場所を感じ取っているだけの知性なき魔物なのですから、動き続ける限りは向こうに捕まりませんよ!」
「わかっっ、て……!」
言われなくてもわかっている。そう伝えようとすると「わかっているのなら実行しろ」と返って来る。実行したくとももう脚を動かすだけの体力も残っていない。
少しでも脚を動かそうとすると今度は重たい腕の方に意識が向かなくなる。
「こ~ら、何のための訓練ですか! 動きながら射る意識をしなさい……魔力を揺らさない!」
手のブレがそのまま魔力のブレに変わる。照準を合わせようとしても動いていては視界も揺れる。それでもどうにか合わせようと肩に力が入ると、再びグリフから叱責が飛んで来た。
「相手に当てようだなんて考えない! まずは満たすことを考えなさい」
上手くやろうとしても全然上手くいかない。ゼノは次第に考えることも防御意識も捨て、視界を閉ざした。ここまで随分と動いたが、一度も攻撃を受けていない。今ここで防御に向けていた警戒を解いたところで問題はないはずだ。
ただ無意識に足を動かし、意識を指先に集中させる。魔力が体中を駆け巡り、指先に集まって来る。全身が熱くなり、自身の鼓動が耳元で聞こえてきた。
(するすると魔力が入る……あれ、ここちょっと流れ難くなった)
もしかして魔力が満ちたのだろうか。そんな確信にも似た気持ちに自然と瞼を開く。右手から練り出された魔力はそのまま真っ直ぐに線を伸ばし、鏃を形成していた。
「で、できた……!」
ゼノが喜びに声を上げた途端、緊張が途切れたのか魔力矢は指先で砕け散った。攻撃に転じるまでには至らなかったが、それでも魔力が満ちた感覚だけは掴むことができた。
「上出来です。今回の授業はここまででいいでしょう」
これ以上は流石に無理が過ぎるというもの。グリフは別にゼノを無理に急成長させて使い潰したいわけでもない。
「さて……そろそろ終いにしましょうか」
これまで大人しく攻撃を防ぐだけであったが、もういいだろう。グリフは両膝を深く曲げた。それは、飛鼠族のような構えではあったが、よりしなやかに、無駄のない動きで対象との距離を詰める。
瞬く間に敵の懐に飛び込み、手に装着された鉤爪で蔓の中でも特段太い蔓を切り裂く。蔓は傷の付いたところから徐々に枯れるように萎れ、地面に落ちた。
切り捨てた敵になど興味を引くものでもない。グリフは一瞥もくれずに木の幹に手を伸ばした。蛇蔓樹は抵抗する力も残っていないのか、最早為されるがままになっている。その木皮を鋭い爪で剥ぎ取ると、グリフは核を取り出した。
「いいですか、坊ちゃん。魔物には魔力を生み出す魔核があります。これが魔物の生命線……これを潰せば我々の勝利です」
グリフがゼノに魔核を見せ、握り締めようとしたとき。最後の抵抗とでも言うかのように、蔓がゼノの背後からその首を狙って蛇のような口を開いた。
「坊ちゃん!!!」
懐のナイフを取り出そうにも、間に合わない。グリフがゼノに意識を向けた刹那、グリフの右腕にも熱い痛みが走った。
(くそ……油断した!)
だが、己の痛みなど気に留め置く程のものでもない。蛇がゼノの柔肌に傷を付けようとしたまさにそのときだった。
「え……?」
もふりとした何かがゼノの首筋を撫で、その身体で蛇を吹き飛ばした。
一体何が飛んで来たのだろうか。そんなことを考えるよりも先に、グリフは手中の魔核を握り潰した。魔核が潰された瞬間、樹木が枯れていく。完全に葬ったことを確認し、グリフはゼノの元に駆け寄った。
「坊ちゃん、御無事ですか……!?」
「う、うん……僕は大丈夫。助けてもらったから……」
戸惑ったようにそう言いながら、ゼノは飛んで来た物体に視線を向けた。グリフも警戒心はそのままに、白い毛玉を見据える。
白い毛玉は飛んで来た速度に見合わず、大きな体躯をしている。毛玉は暫く蛇の上に乗ったまま動かなかったが、枯れたことを確認できたのかゼノの方へと顔を向けた。そのまま翼を何度か広げた後、大きな脚を使ってゼノの傍まで来ると丸い瞳でゼノを心配そうに見つめ、頬を寄せた。
「わっ……ふふ、助けてくれてありがとう!」
ゼノの言葉を理解しているのか、毛玉が目を細める。敵意は一切ないようだと、グリフも警戒を少し解いた。
「この姿……まさか森の調停者? なんでそんな魔物が人前に……」
「中々出会えないの?」
「ええ……森の調停者は知能の高い魔物です。態々危険を冒してまで人前に姿を見せるような真似はしませんし、何より争いを嫌う生き物と言われているんです」
どちらか一方に肩入れすることなどなく、森を荒らす者は両者とも容赦なく始末する。それ故に、調停者と呼ばれているのだ。
「それに、先程の蛇蔓樹も可笑しいのです。あの魔物は進んで生き物を襲おうとはしないはず……」
「この森で、何かが起きている……?」
蛇蔓樹は本来、樹木の下で事切れた生き物を養分にする。襲っても野鼠の程度の大きさであり、人くらいの大きさがあれば攻撃しない限りは木々に擬態する。それが進んで襲わなければならない状況に陥っているのだ。
「ホウ」
「わぷ……、ちょ、ちょっと」
「な、なんです……?」
ゼノとグリフの疑問に答えるように、森の調停者が横笛の如く落ち着いた声で鳴いた。そして、ゼノの身体を額で押し始める。
ゼノとグリフは突然動き出した森の調停者に狼狽した。その間にもずりずりとゼノの身体が押されて行く。
「あ、もしかして何処かに連れて行きたい?」
「ホウ」
正解だ、と言うように森の調停者がゼノから身を離すと、ちょんちょんと嘴で地面を指す。刺された場所を覗き込むと、妖精酒の花でできた花菓子が落ちている。
「これって坊ちゃんが投げてきた花菓子ですよね?」
「うん……グリフ先生を起こそうとして咄嗟に投げたやつかな」
これがどうかしたのか、と二人で顔を見合わせていると、森の調停者が美味しそうに花菓子を啄んだ。
「もしかして花菓子を辿ってきたとかですかね?」
「戦ってる間に弾かれたものを拾ったのかもしれないね」
食べ終わったのか、森の調停者が顔を上げた。そのまま首を森の方に向け、再び二人に視線を戻す。それを何度かしている内に、ゼノとグリフは森の調停者が森の奥に連れて行きたがっているのだと理解した。
森の調停者に連れられた先は、先程と同じく不自然なまでに植物が何かを避けてできた空間であった。木々が死んだように音を立てず、生き物たちも息を潜めている。
(森の調停者の棲み処か……?)
グリフが眉を顰めて辺りを見回していると、「あ」とゼノが声を発した。
「グリフ先生、見て!」
ゼノが指差した方向を見る。そこには、何かが横たわっていた。よくよく見つめると、見覚えのあるお仕着せを身に纏った人物であることが窺える。
「あれは……姐さん!?」
グリフが地に倒れ伏したアデールに駆け寄った。自身よりも実力のあるアデールがこうなるとは、一体何があったのか。グリフがアデールを抱き起すと、アデールが苦しそうに呻いた。
(ごめん、姐さん。ちょっと我慢して)
アデールの額を自身の肩に預け、その身を背負う。持ち上げようと力を入れると右腕に電流が走った。先の戦いで負った傷口から麻痺毒が回っているようだ。それでも力が入らないわけではない。
「……そんな、だって、まさか……」
グリフが顔を上げると、真っ青に血の気の引いたゼノの顔が目に飛び込んできた。その顔は酷く動揺しており、声が震えている。
「坊ちゃん、どうしたんで……」
取り乱したゼノにグリフが声を掛けようとしたとき、がさりと背後で草を掻き分ける音がした。
(しまった……!)
アデールの姿に自身も気付かぬ間に動揺していたようだ。警戒するために周囲に向けていた意識を薄めてしまっていた。
「チッ……奴じゃないのかよ。まあいいや、アンタいいの連れてんじゃん」
草を掻き分けて出てきたのは、明らかに真面とは言い難い風貌の男たちだ。薄汚れた顔をにやにやと厭らしく歪め、手に持った武器を見せ付けるように掲げた。
「女と子どもは生け捕りにしな。高く売れるからツラ殴るんじゃねぇぞ!」
「鳥も高く売れそうじゃねぇか。男は身包み剥いで殺せ!」
「くそ……っ! こんなときに!」
昨今話題になっている盗賊だろうが、如何せん状況が悪い。じりじりと距離を詰める男たちに、グリフは瞬時に自身の後ろにゼノを隠した。
勢いよく振り下ろされたナイフをグリフの鉤爪が受け止める。力任せに圧し切ろうとする男の胸部をカトラリーで刺した。骨を避け、抵抗感を無視して肉に押し込んでいく。
「力任せにすりゃあいいってわけじゃないんですよ」
目を見開く男に囁き、勢いよくカトラリーを抜いた。血の滑りが刃から伝い、グリフの手を汚す。グリフは抜き取ったカトラリーをその勢いのまま、横に一線描くように引いた。
固い感触と汚い呻き声が聞こえた後、カトラリーの線を追うように鮮血が噴き出す。
「てめェ……!」
仲間を殺され、頭に血が上った男がナイフを振り回した。何度も振り下ろされるナイフを鉤爪で受け止めるが、痺れて動きの鈍い腕では受け止めきれない。何手かがグリフの皮膚を裂いた。
(不味いな……この腕じゃ二人を庇いつつ善戦するのはきつい)
どうにか敵の隙を突いて二人を逃せないかと思案していると、背後にいたゼノが話し掛けてきた。
「グリフ先生、このままじゃ共倒れだ」
「わかってますけど……!」
「……僕は森育ちだから、僕一人なら逃げ切れる」
「は……?」
ゼノの台詞がいまいち飲み込めない。何をしようとしているのだろうか。だが、背後を振り向いて確認したくても目の前の攻撃を防ぐだけで精一杯だ。
「ごめんね、巻き込んで……もう少し協力してくれるかい?」
「ホウ」
ゼノの言葉に森の調停者が頷いたのだろう。ゼノは突然、グリフの背から飛び出した。
「坊ちゃん!?」
「うわぁぁぁ! 怖いよぉぉぉ!」
そのまま森の奥へと走っていく。その背に向かってグリフが手を伸ばすも、アデールを背負った状態では一歩出遅れてしまった。
「ハッ! 守ってやってたってのに可哀想になぁ? 恐怖で気でも触れたか?」
男たちの後ろで指示を出していた男が笑った。鋭い眼光が心底愉快そうに、あるいは馬鹿にしたように弧を描いている。
「おい。子どもを追うぞ」
「待て!」
男の指示で半数がゼノの後を追う。吠えるグリフに、男は鼻を鳴らした。
「この男は処理しておけよ」
それだけ告げると、男も森の深部へと身を晦ませた。
グリフも後を追おうと足を向けるが、残った男たちがそれを許さない。血を失ったせいか、網膜がチカチカと痛む。
万事休すか。そう思ったときであった。
「ホウ!」
森の調停者が翼を広げ、羽ばたいた。その羽ばたきで生じた風が男たちに叩きつけられる。堪らず、顔を手で覆う男たちを鋭い爪で握り、樹木に叩きつけた。
「ぇ……? えぇぇ!?」
千切っては投げ、千切っては投げの独壇場。あっという間に死屍累々となり、辺りに根を張っていた蛇蔓樹が蔓を伸ばして死体を引き込んだ。当の本人は興味がないのか、何事もなかったかのように毛繕いをしている。蒼白く発光する羽は血を跳ね返し、争いなど知らぬといったように輝いた。
「ハハ……争いを好まないとか絶対噓でしょ。これなら俺……頑張る必要なかったんじゃねぇの……?」
呟きは森に吸われる。しかし、呆けてばかりもいられない。
「でも、追ったところで今のままでは」
三人共倒れするだけだ。それは、自身の身を危険に曝してまで囮を引き受けたゼノの想いを無碍にするだけ。それならば、一度持ち帰り、態勢を整えた方がよい。頭の痛い話ではあるが、カシェに報告も必要だ。
カシェに任されたというのに、全く不甲斐ない。
「くそ盗賊め……何もこんなところで俺たちを襲わなくてもいいでしょうに! 帰り道も見失ったし!」
グリフが喚いていると、再び草を掻き分ける音が聞こえてきた。先程の盗賊が戻って来たか、もしくは残党かもしれない。グリフがいつでもカトラリーを投擲できるように構えていると、木陰からぼろぼろの服を身に纏った金髪の男が現れた。
「うわっ人!? 逃げ切れたと思ったのに!?」
「お前はさっきの仲間か?」
目が合った途端、双方の口から出た言葉が被った。
「え……? 仲間?」
「逃げて……? もしや、盗賊から逃げてきたとかですか?」
「そう! そうなんだよ! もしかしてお兄さんたちも!?」
金髪の男は「よかった~~」と声を漏らし、座り込んだ。どうやら本当に逃げてきたらしい。身体のあちこちに葉が付いており、草木が擦れたのか、陽に焼けた肌が何カ所か裂けている。真新しいその傷口はまだ赤く、腫れあがっていた。
よくよく見ると、旅装束を身に纏っており、道中盗賊に襲われたことが窺える。
「うわ、お兄さん血だらけ……酷い怪我じゃないか! 早く森から出ないと……着いて来て!」
「森に詳しいんですか?」
旅人かと思ったが、地元民だったのだろうか。目を丸くして問い掛けたグリフに、金髪の男は満面の笑みで返した。
「勘だけど! でもきっと合ってるよ、多分!」




