クローバー7歳
「これ、クローバー、走ってはいけません!」
「ごめんなさい、おばぁちゃん。でも、セリおじょうさまが、ないてるの!」
お昼寝をしていたはずのセリが、突然大泣きを始めたと聞いて、クローバーは、剥いていた玉葱を放り出して走り出した。
帰ったら、料理長にも、どやされるだろう。
でも、クローバーは、走るのを止める事が出来ない。
ディオン家で働けるようになったのは、セリのご誕生が決まってから。
それまでは、祖母の帰りを一人で家で待っていた。
母親は、クローバーを産んだ時に亡くなった。
父親は、顔を見た事もない。
何処の誰なのか、何をしている人なのかすら、クローバーの母は、最後まで口を割らなかったらしい。
赤ん坊のクローバーを引き取った祖母は、ディオン家が建ててくれている使用人棟に住んでおり、彼女も、そこで育った。
ダリアが、第二子であるセリを出産した際、専属メイドとしてクローバーを指名したのは、幼い頃からよく知った子供だったから。
「セリには、お友達のような、姉のような存在が必要だと思うの。この子が悪い事をした時には、ちゃんと止めて欲しい。そして、正しい事をしたら、抱きしめてあげてね」
『セリお嬢様が、私の妹!』
突然出来た宝物に、クローバーは、夢中になった。
そんなお嬢様が、苦しそうに、悲しそうに泣いている。
まるで、悪魔にうなされるように。
『私が抱きしめなくて、誰が抱きしめるの!』
「セリおじょうさま!」
ベビーベッドの上で、ひきつけを起こすように泣いていた小さくて柔らかい体を抱き上げる。
「だいじょうぶですよ〜、クローバーが、付いておりますよ〜」
クローバーの声が聞こえたのか、セリは、親指を口に含み、クチュクチュと吸いながら涙に濡れた瞳を開いた。
軽く揺すってあげると、頬を、クローバーの胸元へと擦り付けてくる。
『あぁ、なんて可愛いの!我が子を抱いたら、こんな気持ちになるんだろうか?』
まだ、7歳のクローバーにはわからないけど、とても幸せな気持ちで一杯になる。
祖母は、優しい。
メイド長として、忙しく働く合間に、クローバーをよく抱きしめてくれた。
でも、寂しくなかったわけじゃない。
だから、この小さな存在が、彼女の全てを満たしてくれる。
「セリおじょうさま、もうすこし、ねんねしてくださいねー。おきたら、あそびましょうね〜」
祖母が教えてくれた子守唄を歌うと、いつしか眠りについたセリが、安心し切った微笑みを見せた。
そーっとベッドへ下ろし、再び調理場に戻ると、料理長が腕を組んでドアの前で立っていた。
「ごめんなさい!」
怒られる前に勢いよく頭を下げると、大きな手で、ワシワシ頭を撫でられた。
「クローバーは、偉いぞ!それでこそ、セリお嬢様の専属メイドだ!」
ただ、妹を可愛がるような気持ちでお世話をしていたのに、料理長は、仕事として認めてくれた。
クローバーは、身がキリッと引き締まる思いがした。
「はい!がんばります!」
大きく返事をすると、また、ジャガイモ剥きへと戻る。
まだ、7歳。
でも、クローバーは、立派な専属メイドだった。