前世セリ、16歳。
娼婦に落とされて半年。
私は、クローバーと二人で、毎晩泣きながら耐えた。
地味顔のせいで客のつかない私に比べ、愛らしいクローバーは、ひっきりなしに客が来た。
気丈に振る舞うけど、彼女の体も精神も、きっとボロボロだったはず。
女将さんは、商売として割り切っていたけど、全く情がない人でもなかった。
あまりにも理不尽な客は、二度目から取らないし、なかなか客が来なくて稼ぎのない私を、他に売り払うこともない。
ただ、そのままタダ飯を食べさせるつもりもないらしく、
「ったく、高い金払ったのに役立たずな女だね!コレでも読んで、皆の役に立ちな!」
と薬草の知識が載った本を与えてくれた。
だから、私は、必死に勉強した。
製法、用法を間違えれば、薬草と言えども毒になる。
娼館には、医者なんて来てくれない。
最初に選んだ薬草は、よもぎだった。
乾燥させて煮出した物を飲んだり、肌に塗ったり。
即効性はないけど、やらないよりマシ。
体の冷えをとったり、湿疹を抑えたり、胃腸の調子を整えたり。
ほんの些細な事で、皆の気分が少し明るくなっていく。
そしていつしか、セリ先生などと揶揄われるくらいには頼られるようになり、やっと娼館の中に居場所ができた。
そんな時、納品に来た酒屋の親父さんから、元婚約者オダマキ殿下が、結婚したと聞いた。
「え?それ、本当なんですか?」
「嘘言ってどーする。確か、そうそう、貿易で有名なソレイユの第三王女様だってなぁ」
「そんな大国の?」
今最も勢いのある国で、いろんな国が、お近づきになりたいと思っているはず。
確かに、私の故郷ユラニスは、国の資源は豊かな方だけど、貿易大国ソレイユの財力には、敵わない。
あの国は、機動力のある最新鋭の帆船を使い、他の国なら一週間かかる航路を3日で走破すると聞いたことがある。
「なんでも、交渉に2年掛りだってよ。必死だったんだなぁ。国境沿いの領地を一ヶ所明け渡したらしいぞ」
地図を開いて客が教えてくれた場所は、私達の領地があった場所だった。
「ん?セリ、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」
額に手を当てられて、私は、ビクンと身を縮めた。
「だ、だいじょ…」
「って顔じゃねーだろ」
親父さんは、他の子を呼んで、私と交代させてくれた。
婚約破棄から、まだ半年。
馬鹿な私は、その時やっと気づいた。
自分達は、邪魔になったから捨てられたんだと。
しかも、領地まで奪われ、取引の材料にされた。
私を国外追放する前に話は出来上がっていて、交渉に要した二年間、ずっと飼い殺しにされていたのね?
少しでも認めてもらおうと頑張り続けた王太子妃教育は、ただの嫌がらせ。
悔しい、悔しい、悔しい、悔しい。
私は、ドンドンと机を叩いた。
でも、手が腫れ上がって痛い思いをするだけ。
私の錯乱状態に気付いたクローバーが、水で濡らした布を患部に当てて、冷やしてくれた。
「クローバー、ごめんなさい。私が、不甲斐ないばかりに」
クローバーは、何も言わずに抱きしめてくれた。
その日の夜、私は、声を枯らして泣いた。
でも、いくら泣いても、現状が変わることはなかった。
だから、次の朝から、もう泣くのは止めようと心に決めた。