オダマキ24歳
学園の卒業を告げる祝砲が、街に響いた。
あぁ、もう、そんな時期なのか。
年々、月日の流れが早くなっていく気がする。
珍しく感慨に浸っていると、
「おい、手が止まっているぞ」
親方の怒声が飛んだ。
「あ、すみません」
俺は、慣れたようにペコリと頭を下げた。
そして、隣に居た教え子に、次の作業を教える。
ここは、国が市民の為に設立した職業訓練学校。
と言っても、指導員も生徒も皆平民しかおらず、昔の俺を知る者はいない。
髪の毛の色も金髪から黒に染めて、服装も、洗ってはいるが、かなりボロい。
去勢手術をされ、ここに放り込まれた時は、
痛みと屈辱に涙した。
しかし、新たな生活は、それ以上に厳しかった。
一目見て、明らかに事情のありそうな俺を、最初は、遠巻きに見ていたが、傷が癒えて身動き出来るようになると容赦なかった。
働かざるもの食うべからず。
愚痴ばかり撒き散らす俺は、しょっちゅう殴られた。
ご飯すら出てこず、泣きながら謝る事を何度も続けていく内に、自分が王子では無くなったんだと体に覚えこまされる。
今まで侮ってきた人間に頭を下げて、教えを請う日々。
奴らは、俺の言葉遣いや態度が気に入らなければ、即座に手が出る。
ただ、怪我の手当てをしてくれるのも、奴らだった。
一年、二年経つと、次の新入りが入ってきて、俺が兄弟子のような存在になった。
世話をされることには慣れていたが、する事には慣れていない。
上にやられたのと同じように、駄目な事をしたら叱り、出来たら褒めてやった。
子犬のように戯れてくる後輩達に囲まれ、今では、纏め役のような事もやっている。
先日、親方から、このまま指導員として残るようにと言われた。
王家としても、見張るべき相手が、政府の関係機関に在籍する方が管理しやすいのだろう。
俺は、大人の事情も知った上で、ここに残ることにした。
勿論、日々の暮らしは楽ではない。
給金も雀の涙で、宿泊施設は、家畜小屋を改造したものだ。
しかし、宮殿の中にいた時より、息がしやすい。
それに、
「コランバイン(オダマキ)先輩!出来ました!」
小さな弟子が、今日も満面の笑みで走ってくる。
「見せてみろ。エノコロ!雑過ぎる。もう一回やり直せ」
組紐の結び方すら上手く出来ない最年少エノコロは、十歳になったばかりだ。
本当は、孤児院から抜け出してきては、ここに紛れ込んで技を盗んでいる。
誰も何も言わないのは、果敢に働こうとする少年の熱意に心動かされるからだ。
自分が十歳の時、何をしていたか思い出すと、恥ずかしさで身が縮む。
最近思う。
俺が、王にならなくて良かった。
傲慢で、横柄で、人を見下すことしかできなかった俺が国の舵取りをすれば、エノコロのような子供を置き去りにしていただろう。
「コランバイン先輩!あの、コレを見て下さい!」
差し出してきたのは、木彫りのブローチ。
荒削りだが、愛らしい花が彫られている。
「おぉ、なかなかヤルじゃないか」
髪をグシャグシャに撫でてやると、擽ったいのか、クスクスと笑った。
「ねーちゃんの就職祝いなんす!」
孤児院から、噂の『女神の花園』へ入社を決めた少女がいるらしい。
血の繋がらない姉弟だが、エノコロにとっては、自慢の姉だ。
美しく、頭が良く、優しいと評判だったが、とうとう王都の少女達憧れの職場を手に入れたのか。
その設立者が、自分が結局一度も見ることが叶わなかったセリ・ディオン公爵令嬢だと知った時の驚きは、言葉に表せない。
「俺、ねーちゃんに負けないように、頑張ります!」
「なら、さっさと組紐を結び直せ!」
コツンと頭を叩いて、ポンと背中を押す。
「へい!」
エノコロは、走り出すと作業台に戻った。
「バタバタ走るな!危ないだろ!」
怒鳴る俺に親方が、
「昔のお前より、百倍マシだぞ」
と突っ込んだが、無視をする。
何せ、俺は、我儘で傲慢が売りだった元王太子だ。
面の皮の厚さだけは、誰にも負けない。