セリ18歳〜卒業式の朝〜
ゴォーン、ゴォーン
王都にある大聖堂の鐘の音が、街中に響き渡る。
空を見上げれば、晴天。
私は、とうとう卒業式の日を迎えた。
エスコートしてくださるのは、勿論、婚約者であるルー様!
今日は、あくまでも付き添い人だから、シックなスーツを選んだみたい。
騎士団の正装だと、目立ち過ぎちゃうものね。
そして、私が着るのは、ルー様が送ってくださったドレス。
貝殻虫で染め上げたスカーレットの生地に、絹糸で刺繍が入れられている。
少し大人っぽさの漂う装いに、ピンと背筋が伸びた。
卒業式の一ヶ月後、私は、セリ・ディオンからセリ・エーデルワイスになる。
この一年、結婚の準備と卒論の執筆に追われた。
だけど、その苦労もルー様の笑顔ひとつで報われる。
「セリ、とても似合っているよ」
ルー様が、私の手を取り、指先に唇を落とす。
二十三歳になった彼は、見た目も中身も大人の男性。
あ、カッコ良過ぎて、目眩がしそう。
「あ、ありがとうございます」
「あぁ、どうしよう。このまま何処かに隠してしまいたいくらい可愛いよ」
「もぉ、また、揶揄って」
近頃のルー様は、人目を憚らず私を褒める。
きっと、人一倍影の薄い私が卑屈にならないように気にかけてくれているのね。
そんなこと、私、全然気にしていないのに。
「ルドベキア様、お戯れは、そのあたりでおやめ下さい」
背後に控えていたクローバーが、少し怒った様子で声を掛けてきた。
「やぁ、おはよう、メイドのクローバーさん。あと一ヶ月もすれば、セリは僕の妻だ。これくらい、慣れてもらわないと」
「まだ、ディオン家のお嬢様です。嫁がれても、私もお供いたしますので!」
バチバチバチ
この二人、日に日に険悪になっている気がする。
「クローバー、失礼よ。貴方には、これからも私の側にいてもらわなきゃいけないんだもの。仲良くしてね」
「そうだよ、メイドのクローバーさん。君は、乳母第一候補なんだから」
ルー様の言葉に、クローバーの目が急に輝いた。
私は、その意味する所に気づき、顔が真っ赤になる。
「ル、ル、ルー様、気が早過ぎますわ」
「いいえ!セリ様には、是非、玉のように愛らしい赤ちゃんを産んでいただき、私を乳母にしていただかなければ!」
急に、クローバーが、ルー様側に立った。
ちょっと待って!
貴女、私の侍女よね?
爛々と目を輝かせる姿が、怖いんだけど。
「さぁ、セリ、卒業式なんてサッサと終わらそう。結婚式も、直ぐそこだよ」
ニヤッて笑うルー様が、ワイルドな男臭さを撒き散らしている。
騎士団の中で、右に出る者がいないと言われる剣の使い手に、私は、コクコクと頭を上下に振って頷くしかなかった。
生まれ変わって十八年。
これからの人生の方が、ずっと、ずっと長い。
だけど、今日は、節目の時。
大人の仲間入りをする私は、胸をときめかせながら馬車に乗り込んだ。
車窓から外を覗けば、活気ある街並みが見える。
前世の事が、夢だったような気すらする。
でも、忘れちゃいけない。
一歩間違えれば、同じ過ちを繰り返していたかもしれないと言う事を。
だから、私は、今日も、地味に真面目にコツコツと生きていく。
だって、私は、セリ・ディオン。
空気と渾名された女ですもの。