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セリ17歳〜心の見張り番〜


まさか、娼館の女将さんが自ら来てくれるだなんて!


私は、驚きで飛び跳ねそうだった。


今の私があるのは、彼女のお陰。


一冊の薬草の本が、運命に抗う武器を与えてくれたのだ。


上顧客用に、この町一番のパティスリーでケーキを買っておいて良かった。


飲み物は、私がブレンドしたカモミールのハーブティー。


女将さんは、イライラしがちだから、ちょうど良かったわ。



「閉じ込めておいて、警邏にでも突き出す気かい?」


「まさか!お客様に、そんな事いたしませんわ」


「はっ!よく言うよ。あたしが、こんな高そうな店の品物買える身分じゃ無いことくらい見りゃわかるだろ!」



ドンと机を叩いたって怖くありませんわ。


そんなの、前世で見慣れてますもの。


それに、女将さんが本気で怒った時は、顔の表情が完全になくなって無表情になるわ。


今はまだ、こちらの出方を見定めているようね。



「アンタのせいで、うちに入る予定だった子達が、皆、職業訓練所へいっちまったんだよ!」


「訓練所?」


「親の方も、売るより働かせて金を持って帰らせる方が得だって言い出すし、商売あがったりだよ!」



女将さんの話をまとめると、私の事業で孤児院の子達が実績をあげた事で、テールの政府が動いたらしい。


国立の職業訓練所を立ち上げ、無料で技術指導をする。


学校に通えない貧しい家の子達が、少しでも賃金の高い仕事に就けるようにする為だそうだ。


中には、うちへの就職を見越して、薬草学を学ぶ学科まであるらしい。


テール政府、なかなかやり手ね。


こうなると、子供を娼館に売り払わなくても、生活が成り立つようになる。


訓練所は、父親も母親も、自分達も習わせてくれと願い出ているほど盛況らしい。



「それを、何故私に?」



私が政府に働きかけたわけじゃない。


それに、私が、ここへの出店をやめたからと言って、職業訓練所がなくなるわけでも無い。



「はぁ?何故って…ムカついたんだよ!」



感情的な女将さんらしい一言に、私は、吹き出してしまった。



「プッ…ふふふふふふふふ」



「何、笑ってんだい!」



「いえ…ムカついていらっしゃる割に、表情がとても優しげなので」



カーッと顔を赤くして、女将さんは、目を見開いた。


前世では、収入がなくなろうが、食料がなくなろうが、娼婦を誰一人追い出しはしなかった人。


最下層まで落ちてしまった女達を、ギリギリの所で守り続けたこの人は、きっと、娼館なんて無ければ無くて良いと思っている。


だから、見定めに来たんだ。


我が『女神の花園』が、これからも営業を存続できるくらい、ちゃんとした店なのか。



「はーーっ、嫌になるね!こんなに図太い奴が店主なら、この店も潰れることはなさそうだね」



折角就職出来ても、貴族の道楽ならば、店が続かなくて、また、失業する。


そうなれば、再び娼館の扉を叩く子も出てくるだろう。



「ご安心ください。泥水を啜ってでも、この店は、潰しませんから」



女将さんの目を見て宣言すると、



「お前さん、本当にお貴族さまかい?一回地獄を見た人間みたいな目をしてるね」



と呟いた。


貴族から娼婦になり、戦争に巻き込まれ、流行病で死んだ過去を地獄と評するのは簡単かもしれない。


しかし、それだけじゃなかった。



「地獄も悪いことばかりじゃない…のかもしれません」



「ふん、小娘が知ったような口を…」



それ以降、女将さんは、何も言わなかった。


ただ、目の前に置かれたケーキを完食し、冷めかけたハーブティーを一気飲みすると店を出て行った。


その後、彼女がどうしているのかは知らない。


ただ、これからも、彼女はずっと私の心の中に生き続けるだろうし、信念を曲げないか見張り続けるだろう。

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