セージ・クスノキ年齢不詳
セリ嬢と出会ったのは、彼女が十歳の時だ。
貴族である顧客の一人から、知り合いが薬草に詳しい人物を探していると打診があって販路が広げられると飛びついた。
どんな商品でも扱うが、特にうちは、その手の知識とコネクションに自信がある。
医者相手の商売は、どうも足元を見られて安く買い取られがちだ。
栽培農家にも、もう少し利の良い相手先を増やしてやれればと思っている。
相手が貴族なら、こちらのやり方次第で、今まで以上の利益を上げる事ができるだろう。
しかし、息巻いて行ってみれば、小さな子供が母親と化粧品作りをすると言う。
おままごとに付き合わされるのか?
不満ではあったが、彼女の弾けんばかりの笑顔と挨拶に、つい了承してしまっていた。
だが、彼女は、ただの子供ではなかった。
既にヘチマから水を取り、それに香りや効能のある薬草を入れて、ある程度の成果をあげられる代物を作り上げていた。
ディオン家のメイド達が率先して試しているらしいが、彼女達の肌は、その辺のお貴族様よりもずっと綺麗だった。
「手に入れていただきたいのは、ハトムギとユキノシタ。他にもあるんです。うちで育てるのには、分量に限りがあって」
十歳の子供が、自分で薬草を育てた?
にわかに信じがたい事だが、庭に作られた薬草畑を見せられたら納得するしかない。
最初は、猫の額ほどだったらしいが、今では、庭の三分の一を占めている。
多種多様な薬草は、管理も難しいだろう。
それも種目別でキチンと分けて管理されていて舌を巻くばかりだ。
俺は、本気を出すことにした。
セリ嬢の要望にいち早く応え、自らも商品開発に携わっていく。
こんな楽しい仕事が今まであっただろうか?
しかも、相手は、お貴族様だ。
高飛車に出る者ばかりしか見てこなかった俺にとって、新鮮で衝撃的出来事だった。
あれから、丸一年。
出来上がった商品の出来栄えは、最高のものだった。
そして、特筆すべき点は、実は、安価に作れると言う事だ。
セリ嬢は、言う。
「まずは、貴族に売って稼げるだけ稼ぎましょう。それを資本に、一般に販売する時は、入れ物を簡易にして、なるべく安く売りましょう」
いや、十一歳の子供が考えることか?
しかも、自身も貴族だぞ?
驚きに目を見張る俺に、セリ嬢は、畳み掛けるように次の策を話す。
彼女の将来的な展望は、この化粧品の製造を平民の女性達に任せると言うものだった。
出来るだけ孤児院出身者や娼館に売られそうになっている娘を選ぶ。
生きていける糧を与えてやれば、きっと彼女達は、自由になれると力説するセリ嬢の目には、並々ならない情熱が見えた。
俺は、あまりにも可笑しくなって、大声で笑った。
こんなに笑うのは、久しぶりだ。
子供の頃、貧しさゆえに、親が妹を売ってしまった。
セリ嬢に似た、地味な子だった。
あの子にも、セリ嬢のような才覚があれば、人生は変わっていただろうか?
俺の心にずっと引っかかっていた無念の思いが、今もキリキリと俺の胸を締め付ける。
もしかしたら、この事業が上手くいけば、同じ境遇の娘達を助けてやれるかもしれない。
俺は、益々セリ嬢の心意気に惚れ込んでいった。