ルドベキア15歳
「いらっしゃいませ、ルドベキア様」
ディオン家に迎えにいくと、柔らかなモスグリーンのワンピースに身を包んだセリ嬢が、僕を迎えてくれた。
「今日は、本当に楽しみです!」
言葉通り、セリ嬢は、弾むような足取りで僕の元まで歩いてきた。
絶世の美女じゃない。
特徴的な所など、一つもない。
でも、僕にとっては、セリ・ディオンと言う女の子は、とても素敵に見える。
「そのワンピース、とても似合っている」
「お母様が、選んでくれたんです」
クルリと回ると、スカートがフワリと膨らんだ。
そして、ウキウキと浮き立つ気持ちそのままの笑顔が、僕を見上げてくる。
皆、彼女がとても見つけにくいと言うけど、その感覚は、僕には、よく分からない。
こんなに愛情たっぷりの視線を向けられたら、目を背けることなんて出来ないじゃないか。
「ルドベキア様、今日は、どこに行くのですか?」
「やっと正式な婚約が成立したから、そのお祝いを買う予定だよ」
ポッと頬を染め、セリ嬢が下を向いてしまった。
震える肩が、まるで小動物のようだ。
あまりにも可愛いが過ぎる。
抱きしめても良いだろうか
?
「ルドベキア様」
僕の名を鋭さを持った強い声で呼ぶ人がいる。
あぁ、この数年でこの厳しさを含む声は、聞き覚えた。
「なんですか、メイドのクローバーさん」
彼女は、セリ嬢の血縁者でもないのに、常に僕を監視するような視線を向けてくる。
ディオン家では、極力良い子を演じてきたつもりだけど、クローバーの目は、誤魔化せないらしい。
「まだ、セリお嬢様は、十歳ですので、節度を持ったお付き合いをよろしくお願い致します」
慇懃に頭を下げるけど、決して敬っている感じがしない。
それって、逆に凄くないだろうか?
「分かっています。僕も、まだ十五歳ですからセリ嬢を養えるようになるまでは『節度を持ったお付き合い』を守るつもりでいますから」
卒業まで、あと三年。
物凄く長く感じる。
メイドとの不毛な攻防をしていると、更に厄介なのが出てきた。
「おぉ!ルドベキア!この前貸してもらった『骸骨騎士漫遊記』の新作は、今まで以上に面白かった!」
両手を大袈裟に広げ、僕を抱きしめようと突進してくる。
腰が引ける僕の前にセリ嬢が立ちはだかり、ケイトウの腰に抱きついた。
「ケイトウお兄様!抱きつく相手を間違ってますわよ!」
可愛い妹の先制攻撃に、ケイトウの顔は、デレデレだ。
「ごめんよセリ!あぁ、なんてうちの妹は、可愛いんだ!」
セリ嬢を抱き上げて、頬を擦り合わせるケイトウ。
セリ嬢は、少し遠い目をして我慢している。
ごめんね、セリ嬢。
守ってくれて、ありがとう。
その後、僕達は、護衛を付けて貰い街に買い物に出た。
まだ子供だから、大したものは贈れないけど、婚約の証にプレゼントを選ぶ。
「これ、どうだろう?」
手頃な装飾店で見つけたのは、クリスタルガラスで作られたペンダント。
ハート型にカットされていて、キラキラと輝く。
他人に左右されず、何物にも染まらないセリ嬢らしくて良いと思った。
しかし、彼女は、隣に並んでいた濃い紫の涙型ペンダントを指さした。
「できたら、こちらが良いです」
「どうして?」
「だって、ルドベキア様の瞳の色だから」
あぁ、どうして彼女は、こんなにも僕を喜ばせる天才なのだろう。
『髑髏』と渾名を付けられたのは、痩せていたからだけではない。
僕の濃い紫色の瞳は、不気味で気味が悪いと言われていた。
しかも、この国には珍しい黒に近い髪の色。
日に当たれば焦げ茶色だと分かるけど、日陰に入れば漆黒に見える。
だから、あまり自分の瞳の色も髪の色も好きじゃなかった。
もちろん、自分の色を彼女に纏って欲しいとは思ったけど、贈るのは躊躇してしまう。
それなのに、彼女は自ら手に取り、胸元に当てた。
「似合いますか?」
「あぁ、凄く似合う」
セリ嬢が自分のものだと一目で分かる目印のようで、凄く心が浮きたった。
「是非、これにしよう」
「はい」
「それと、一つお願いがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「セリ……と呼んでも良いだろうか?」
当然の申し出にセリ嬢が固まる。
早まったか?
しかし、次の瞬間パッと破顔して、
「もちろんです!では、私は、ルー様とお呼びしますね!」
と微笑んだ。
いや、そこは、様抜きだろうと思ったけど、あまりの勢いに頷いてしまった。