前世セリ、36歳。
「何だい、この大きな箱は?」
突然届いた大きな木箱に、女将さんも店の子達も、遠巻きに私を見ている。
朝起きたら、裏の勝手口の前に置かれていたのだ。
引きずって部屋の中に入れたのはいいけど、皆、怖がって開けようとしない。
仕方ないので、私が代表で開けることになった。
差出人も、ここの住所すら書かれて無いという事は、運送業者が運んだわけじゃなさそう。
戦争が本格的に始まって、物資は、全て其方に回されるようになっていた。
一般市民に、しかも、娼館に寄付をしてくれるような人間などいないはず。
何か、恐ろしいものが入っていたらどうしよう。
私は、震える手で箱に触れた。
フタ部分には、太い釘が打ち付けられていて、簡単には、開きそうにない。
釘抜きを手に、私は、孤軍奮闘していると怖さも薄らいできた。
三十分掛けて、汗びしょになったころ、やっとフタが開いた。
中には、非常食がビッチリ詰められている。
驚く私の前でヒラリと落ちたメモには、
『セリへ
逃がしてやる。この箱に入って待て。
セージ・クスノキ』
と書かれていた。
確かに、この娼館で彼と一番接してきたのは、私だ。
しかし、ここまでしてくれる理由が分からない。
この地に、他国の人間が入り込むだけでも大変な時期だ。
たった一人の娼婦を救うために、どれだけの危険を冒さなければいけないか。
想像するだけでも、震えが止まらない。
「わーー、食べ物だーーー!」
まだ、十歳と八歳の姉妹が、非常食に気付いて走り寄って来た。
この子達は、戦争孤児で、ここで保護されている。
最近、満足に食事も出来ていない少女達の手足は、棒切れのように細い。
日に日に情勢は、悪化していた。
流行り病に倒れる人も出て来ている。
ここから逃げられる?
でも、私だけ?
非常食を全て取り出しても、大人の女なら一人が限界だ。
私は、自分のシワシワの手を見た。
生き残るのなら、少しでも長生きしてくれる子供がいい。
しかも、二人も流せるなんて、なんてラッキーなことだろう。
そして、心を決める。
セージさんからのメモを、他の娼婦達に回す。
皆驚いた表情で、私を見た。
私は、首をゆっくり左右に振ると、姉妹の頭を撫でてやる。
ハッと気づいた皆が、グッと手を固く握って頷いた。
「皆、中身を全部外に出して!」
私の号令に、皆、必死に非常食を箱から出した。
空っぽになった箱の中に、私は、怯えている姉妹を入れる。
「頭を下げて。喋っちゃダメ!良いわね?」
非常食を四つ持たせ、私は、木箱の蓋を閉めた。
「やだ、セリ姐さん、出して!」
「貴女達は、ここを出て、生きるの!絶対喋っちゃダメ!泣いてもダメ!良いわね!」
釘を打ち付け、皆で箱を裏口に押し出した。
バタン
扉を閉めると、どこからか馬の嗎が聞こえた。
嵐のような出来事に、誰も言葉を発しない。
ただ、皆が目配せをして、微笑んだ。
私達は、あの姉妹を救った。
その事実が、娼婦である私達の心に誇りを抱かせた。