ルドベキア、12歳。
クラスメートが、先日貸した『髑髏騎士漫遊記』を返してくれた。
「ルドベキア!今回も、めちゃくちゃ面白かったよ!」
大声を上げながらバシバシ肩を叩くのは、やめて欲しい。
耳も痛いし、肩も痛い。
力加減を知らない人間は、暴力的なことが多い気がする。
悪い奴じゃないのは分かってるけど、もう少し、やられる側の気持ちを推し量れると良いのに。
最近、僕の周りは、いつもこんな感じだ。
始まりは、セリ嬢が、兄のケイトウに『髑髏騎士漫遊記』を見せてしまったことだった。
すると、それまで頑なに僕に気を許さなかったケイトウが、満面の笑みで作品を誉めちぎった。
バシバシ僕の背中を叩いて、
「最高!天才!出版するなら力を貸す!」
と大騒ぎしたまでは、100歩譲って許そう。
背中、無茶苦茶痛かったけど。
けど、ケイトウは、その話をあちこちで広めてしまった。
そして、気づけば僕は、貸本屋のようになっていた。
弟の為に書いた本は、かなりの冊数になっていた。
だけど、どれも一点もの。
汚したり、破られたりするのは、嫌だ。
そんな僕の気持ちを察したのか、セリ嬢は、ケイトウを使って貸出ルールを浸透させた。
貸出期間は、三日。
破損させた者は、二度と貸さない。
内容を他の人に話した人も、二度と貸さない。
料金は、無料。
ただし、著者にとって有益な情報がある時は、必ず知らせる。
最後の一文のおかげで、僕は、旅行記や歴史の本等を貸してもらうことが出来て、思わぬ収穫を得た。
セリ嬢曰く、物語に現実味が加わり益々面白くなったらしい。
嬉しいけど、こんなやり方を考え出すセリ嬢の方が、凄いと思う。
まだ、7歳なのに、ずっとずっと僕より大人だ。
「そうだ、ルドベキア、今度俺の親父が訓練を付けてくれるんだ。一緒にやらないか?」
誘ってくれたのは、騎士団長の息子、ソレドール。
前から気さくな奴で、皆が遠巻きにしていた時も、時々声をかけてくれた数少ない同級生だ。
本人は、小柄なのを気にしていて、僕を見上げながら羨ましそうな視線を向けてくる。
「実は、皆が、僕にリスとか子猫とか渾名を付けるのが凄く嫌なんだ」
そう打ち明けてくれた時、あからさまに侮蔑する『髑髏』よりもタチが悪い渾名も存在するんだなと思い知らされた。
そんなソレドールからの誘いは、正直嬉しい。
団長自らの指導なんて、絶対他では受けられない。
「良いのか?」
「何言ってんだよ!友達だろ」
その言葉と笑顔は、ずっと斜めから世界を見てきた僕の心に真っ直ぐ突き刺さった。
「あ、ありがとう」
母上の言う通りだ。
セリ嬢は、僕に何か、魔法を掛けたんだ。
素直に礼を言えて、心がスッと軽くなる。
視線をソレドールに向ければ、彼方も、かなり驚いていた。
誘ったくせに、そんなにビックリしないでくれよ。
「「は、は、はははははははは」」
俺達は、同時に笑った。
何がおかしいのか良く分からないけど、何故か止まらず、最後には、ヒーヒー涙を流して肩を叩き合った。
なんだ、嬉しくなると、つい叩いてしまうんだ。
そんな事を、僕は、十二歳になって、初めて知った。