前世セリ、32歳。
戦争のきな臭い匂いが、娼館にも漂い始めた。
最近では、商人達も、この国に来る事すら嫌がり、街を歩く人間も疎らになっている。
だからなのか、本来は住民を守るはずの憲兵が、武力を盾に我が物顔で街を蹂躙するようになっていた。
ガタガタガタガタ
老朽化の進む建物が揺れる程大きな足音を立てて、何人もの憲兵がうちの店に乱入して来る。
食料や金目の物を奪いに来たんだろう。
「セリ姐さん」
騒がしい店の中で、不安げな表情の少女達が私を見上げる。
「大丈夫。私に、任せて」
私は、一つの部屋に女の子達を集めると、中から鍵をかけさせた。
女だけの娼館には、いざと言う時逃げ込める部屋がある。
窓がなく、扉も分厚いから侵入もできないけど、光も入らない。
彼女達の不安を少しでも減らすために、手早く話をつけなければ。
女将さんは、腕組みをして、男達を睨みつけている。
そろそろ八十が近いのに、いつまで経っても気の強い人だ。
「なんだ、この草は!食べ物は、ないのか!」
ギョロギョロと大きな目を左右に動かして、リーダー格らしい男が戸棚を一人残らず開けては、ひっくり返して行く。
「人にやるもんがあるくらいなら、自分達で食べてるよ!こちとら、三日飲まず食わずなんだ。もう、毟り取るもんなんてないよ!」
女将さんの怒鳴り声に、男達も殺気立つ。
影の薄い私は、睨み合う人達に気づかれる事なく、そーっと壁際へと動くと、床に転がる草に火をつけた。
一気に広がる煙。
「火事だ!」
私が叫ぶと、驚いた男達が、我先に逃げようとした。
煙は、目や鼻に入り、痛みと咳を引き起こす。
ハンカチで口を押さえ、目を細める私と女将さん以外は、細い廊下に殺到した。
憲兵達は、ギュウギュウギュウギュウ押し合い圧し合い。
暫くすると、
ドタドタドタドタドタドタ
階段の上から落ちる音が聞こえた。
私と女将さんは、頷き合うと、窓を開けた。
充満していた煙は、呆気なく外へと出て行った。
床に落ちていたのは、よもぎ。
昔、東の国の商人、セージ・クスノキに教えてもらった、お灸という代物だ。
丸めたものを体の上で燃やすと、血行が良くなるらしい。
懐かしい人を思い出しながら、私は、床の燃えカスを掃き集めた。
「憲兵があれじゃ、世も末だよ」
女将さんが吐き捨てるように言いながら、避難部屋のドアを
コン、ココン、コン、ココン、
とリズムよく叩いた。
安全を知らす合図だ。
少女達は、鍵を開けると恐る恐る出てきた。
震える体を互いに抱きしめ合い、泣いてしまいそうになるのをがまんしているんだろう。
あの部屋の中には、今、この娼館に残る全ての食べ物を貯蔵している。
籠城しても、数日は生き延びられるだろう。
「セリ姐さん!」
皆が、私の周りに集まりしがみついてきた。
「怖かったね。もう、大丈夫だよ」
こんな状況で、大丈夫な事なんて何一つない。
だけど、私は、生き延びる。
この子達を守り、いつか故郷に帰してやる為にも。