前世セリ、23歳。
クローバーが身受けされた歳と同じ歳になった私は、相も変わらず女将さんの元で雑用係兼皆の体調管理をしていた。
相も変わらず、皆の健康管理と食事作りに精を出す毎日。
ただ、仲良くなった商人さん達が旅立つ時に、自家製の胃腸薬や熱ざましを贈ったことで、私には別の意味での客が付くようになった。
その中でも、特に大物が久し振りに店を訪れた。
「セリ!久しぶりだなぁ!」
白髪混じりの恰幅が良い彼の名は、セージ・クスノキ。
東の国から来た商人で、この国に来た時は、必ず私の元を寄ってくださる。
初めてお会いしたのは、彼が店で腹痛を起こした時だった。
長旅で疲れていたセージさんは、胃痙攣を起こしていて、私は、乾燥させたカヤツリグサを煎じ、梅酢を合わせて彼に飲ませた。
それが彼の体に合ったのか、楽になったお礼として、金貨一枚を置いていったのには驚いた。
「土産だ!」
大量の荷物の中身は、食べ物と古着。
ここ最近、世界情勢も不安定になりがちで、この店の売り上げも落ち始めている。
彼が余り物だと言って持ってくる物は、上等な肉の干物や保存のきく瓶詰め、女の子が喜ぶお古のドレス。
今、誰もが欲しがる商品が、余るなんてあるはずがない。
ただ、彼は、貧しかった頃妹が口減らしで売られた事から、私達を哀れに思ってくれているようだ。
商売相手に無理矢理連れて来られただけで、女の子達にも、指一本触れていない。
「いつも、すみません」
「なーに、お前さんから仕入れる薬草の対価だと思ってくれ」
私がセージさんに渡す薬草は、お医者様が出す薬程の効き目はない。
しかし、物資不足の現在、高値でもいいから欲しいと言う人がいるらしい。
「気にするな、セリ。ギブアンドテイクだ。俺は、コレを、高貴なお貴族様に売って儲かってんだから」
「どれも、雑草なのに」
「ハハハハ、それ、秘密な!おっと、忘れるところだった。コレ、やる!」
セージさんが懐から出してきたのは、東の国に伝わる『ツボ』という治療法に関する本。
「知り合いにもらったんだけどな、こ難しくて。お前の方が、役に立てるだろ?」
セージさんは、豪快に笑って颯爽と店を去っていった。
本を開くと、丁寧に翻訳までしてくれている。
『こ難しい』なんて、よく言うものだ。
彼が、何国語も操る事は、皆知っている。
「さっきの人、セリ姐さんのいい人?」
店の子達が、興味深げに聞いてきた。
人の色恋は、彼女達にとっては、娯楽の一つなのだろう。
「違うわ。あの方は・・・神様が私達に遣わしてくれた天使様よ」
ウィンクをしてはぐらかすと、
「わ〜、それ絶対嘘だ〜」
と声を上げて笑った。
そして、直ぐにセージさんの事は興味が失せたらしく、ワイワイとドレスを物色し始める。
この子達にとって、お洒落は、唯一の楽しみ。
貴女には、アレが似合う、コレが似合うと、互いに衣装を体に当て合う。
こんな風に、ほんの少しでも、この辛い生活を忘れられる時間が出来たのも、全てセージさんのお陰だ。
皆は笑うけど、やっぱり彼は、私達の天使だと思った。