前世セリ、16歳。
国外追放の日、私は、クローバーを伴い、城壁の大門に向かって歩いていた。
まだ、日は、完全には昇ってはいない。
薄暗い中、どんどんと歩く見届け人の背中が小さくなっていく。
引き離される私達に、気付いていないのだろうか?
このまま、逃げられないだろうか?
叶わぬ思いに、更に歩幅は小さくなる。
そして、私は、とうとう立ち止まってしまった。
溢れる涙で、視界が霞んだ。
そんな私に、誰かが、声をかけてきた。
「セリ嬢」
「あ!ルドベキア様!いけません、隠れて!」
それは、平民の衣装を見に纏ったルドベキア様。
いけない。
顔を少しでも見られれば、誰でも彼だと分かってしまう。
咄嗟に、物陰にルドベキア様だけ潜ませ、クローバーと私が、その前に立ちはだかる形でお話を聞くことにした。
「これを、貴女に」
差し出して下さったのは、膨らんだ布の袋。
きっと食べ物が入っているんだろう。
リンゴらしき丸い形が布越しにも分かった。
「頂けません。バレたら、貴方の首が飛びます」
「いや、こんなことしか出来なくて申し訳ない。慌てて用意したから、これだけしか手に入らなかった。どうか、無事に国を出てくれ」
私の足元に袋を置くと、彼は、朝焼けの街に消えた。
これが永遠の別れなのに、思ったことの十分の一も話せなかった。
もっと違う出会い方をしていれば、私達の未来は、変わったのだろうか?
悔しさと、切なさで、更に涙がこぼれ落ちる。
しかし、感傷に浸る時間は、私には与えららない。
「何をしている!」
先を歩いていた見届け人が、荒々しく私達を呼んだ。
クローバーがルドベキア様が置いてくださった袋を手早く鞄に入れる。
「申し訳ありません。すぐに参ります」
上擦った声で応えて、私とクローバーは、震えながら門へと向かう。
ここを出れば、街道。
国境付近までは、ボロボロの馬車が送ってくれる。
見張り役の男が御者も兼ねており、馬車が動き出すと私達は二人きりになった。
クローバーが、ルドベキア様が下さった袋を開けて中を確認すると、リンゴの他にパンとチーズ、そして、少なくないお金が入っていた。
添えられた手紙には、必ず生きる様にと書かれていて、最後まで私に優しくしてくださった彼への想いに、涙が止められなかった。
私は、涙を流し続けながらも、手紙を細かく千切って外に捨てる。
もし、これを見られたら、ルドベキア様にもあらぬ疑いがかけられるから。
その様子を見ていたクローバーが、
「セリお嬢様、先程の方は…」
と聞いてきた。
「名前は、言えないわ。ただ、学園で唯一私を気遣ってくださった方よ」
彼に迷惑をかけたくなくて、クローバーにさえ内緒にしていた。
辛かった学生生活の中で、たった一つ私に許された宝物のような思い出。
「良かった」
クローバーの呟きに、私は、俯いていた顔を上げた。
「何故?」
「だって、お嬢様が恋を知る事が出来たから」
私は、胸元を右手で握りしめた。
初めて血が通ったかのように、ドキドキと鼓動が波打つ。
あぁ、あれが、恋だったのね。
初めて知った自分の思いに、私は、声を殺して泣いた。