前世セリ、15歳。
「ふぅ・・・」
やりたくもない王太子妃教育。
オダマキ殿下に無視され続けて十年が経ち、私は、その意義を見出せなくなっていた。
学園内でも、オダマキ殿下に皆が倣い、誰も私に声をかけて来ない。
幽霊の様な扱いに、既に私の心は折れていた。
ジンワリと涙が出てくる。
それを見られない様に、私は、図書館の一番奥、貸し出し禁止の古書コーナーへと逃げ込んだ。
古い本の匂いに包まれると、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。
でも、こんな生活、いつまで続ければ良いんだろう。
本を物色するふりをして、本棚の間をゆっくりと歩く。
ふと、目に止まった題名が、『我が人生に悔いなし』。
ある武将の自叙伝だけれども、女の私が手に取ることは、今までなかった。
ただ、それがどんな心持ちなのか知りたくて、そっと手を伸ばした。
分厚い本を引き抜くと、ポッカリと空いた隙間から向こう側が見える。
背中合わせに置かれた本棚で、たまたま向こう側の本も引き抜かれた後の様だった。
覗き穴からコッソリと部屋の中を窺う様な背徳感に、胸がドキドキした。
自分とは関係のない世界の住人達は、私が姿を見せている時とは違う表情豊かな姿を見せている。
それは、まるで演劇の世界の様で、ずっと眺めていても退屈しなかった。
しかし、それも、終演を迎える。
向こう側に、人影が立った。
視界が奪われ、再び暗い世界へと舞い戻る。
絶望に襲われそうになった時、向こう側からこちらに向かって本とは違う何かが差し出された。
驚く私を尻目に人影は去っていき、再び世界が明るくなる。
私は、恐る恐る向こう側からやってきた何かを手に取ってみた。
それは、表紙に何も書かれていない真っ白な封筒。
中を開けると、手紙と飴が一つ入っていた。
『疲れた時は、甘い物が良いと言います』
止まった涙が、再び溢れ出た。
家族以外に、私を気遣ってくださる方がいる。
その方の名は、ルドベキア・エーデルワイス様だった。
学園内では、『髑髏』と渾名され、皆から嫌がらせを受けてらっしゃるのを何度も見た。
一度だけ、たまらず助けに入った事がある。
逆に、上級者に突き飛ばされて、何の役にも立たなかったけど、その時に、少しだけお話をしたことがあった。
本当に、一言、二言だけ。
それ以来、視線すら交わした事がなかったのに。
図書館での出来事は、青天の霹靂。
ただ、それ以降も続き、時々彼は、私にお菓子を贈ってくれた。
短文で、励ましの言葉も添えて。
場所は、勿論、いつもの図書館。
誰に知られることもなく、私達の秘密の関係は続いた。
ある日、私は、勇気を出してルドベキア様にお手紙を渡した。
感謝の気持ちを綴り、丹精込めた刺繍で彼の家紋をハンカチに施して同封した。
本棚越しに、彼の驚いた表情と嬉しそうに目が細められたのを見た。
私は、胸に湧き起こる温かな気持ちに、思わず胸元に手を当ててゆっくりと息を吐いた。
私の指先には、恥ずかしながら、刺し傷が沢山残っている。
その痛みすら、嬉しい。
私は、初めて自分の意思で何かを成し遂げられた気がした。
今後、王妃となっても、状況は今と変わらないかもしれない。
それでも、この思い出が胸にあれば、きっと耐えられると思った。