前世セリ、18歳。
「コレをやる」
女将さんが投げてよこしたのは、随分と分厚い本だった。
表紙に、『薬草大百科』と書かれている。
最近思う。
女将さんは、私を、何にしたいんだろう?
与えられる書物は、どんどん厚みを増している。
そのお陰か、私の浅い知識も、眉唾の民間療法からは卒業して、まぁまぁの効果は得られるようになってきた。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、女将さんは、物言いたげな視線を私に向けた。
「なんですか?」
「お前さん、アタシの事を恨んでないのかい?」
「恨む?」
最初、何を言われているのか分からなかった。
しかし、よく考えて首を横に振る。
「競落としてくれて、ありがとうございました。他の店なら、とっくの昔に死んでいたかもしれません」
ここにきて二年。
他の店から移って来た子も何人かいる。
その子達の話だと、前は家畜以下の生活だったと言っていた。
それに比べて、この娼館では、きちんと三食食べさせてもらえるし、中には、ちゃんと年季が明けて巣立っていった人もいる。
闇雲に働かされて、ボロ雑巾のように捨てられるのが常の世界には、とても珍しい場所だ。
でも、女将さんは、納得いかないみたいで、
「はっ!お貴族様の頭のネジは、緩んでんのかね?こんな底辺に落とした相手に、礼を言うなんて」
と吐き捨てるように言った。
「元・貴族ですけどねー」
軽く返す私に、彼女の眉間の皺は、益々深くなる。
もぉ、そんなに睨まないでくださいって。
たった二年なのに、公爵令嬢だった頃の記憶は、どんどん薄れていく。
両親と兄の死に目に会えなかったのは辛かったけど、直接処刑を見させられなかったからか、まだ生きていてくれるような気がしていた。
それに、わたしには、復讐を企むほどの力もない。
「人間、諦めも肝心なんです」
呟いた私を、女将さんは、泣きそうな顔で見ていた。
百面相しないで下さいよ。
こっちまで泣けてきちゃう。
「もし、いつか、ここを出られたら、何処に行きたい?」
「変な事を聞かないでください。稼ぎのない私の年季が明ける日なんてないです」
「だから、もしって言ってんだろ」
イラッとしたのか、ドンと机を叩いて女将さんが怒鳴った。
いつもの事だから、気にもしないけど。
「そうですね…もしもの話なら…故郷に帰って家族のお墓参りがしたいです」
きっと、誰からも花を手向けられることも無いだろうから。
「場所は、分かってるのかい?」
「いいえ。処刑されているんで、もしかしたら、お墓自体ないかも知れませんね」
今まで深く考えないようにしたけど、あり得る話。
だって、私を無実の罪で追いやるような人達だもの。
湿っぽい話は、そこで終わった。
しかし、数日後、女将さんが小さな紙袋をくれた。
その中には、石で作られた手のひらサイズの女神像が入っていた。
「墓の代わりだよ」
それだけ言うと、プイッと顔を背けて出て行った。
その日から、毎晩家族の冥福を、その女神像に祈るのか日課になった。