0閑話
ささやかな恋だった。胸の中でひっそりと咲いて、実を結ばずに散ってしまうこともあるいは良しとしていたような、そんなどこにでもある恋だった。
彼、神室迅くんと出会ったのは高校二年の春だった。クラス替えのあったその年、私は初めて見た彼のことがどうにも気になって仕方なかった。
それは、もともと校則のゆるい学校ではあったけど、それでも一際目立つ銀糸の髪に琥珀の目を彼がしていたからだ。
友達によると色素異常の病気らしく学校も認可しているそうで、私はなるほどと納得した。いかにも真面目そうな彼が脱色してカラーコンタクトを入れているキャラにはどうしても思えなかったから。
……なんていうのは建前でしかなくて。その指通りの良さそうなサラサラの髪と、眼鏡越しにどこか遠くを見ている瞳に、心を奪われしてまったからに他ならない。
あの迂遠な瞳に映りたい、彼の髪を撫でる権利がほしい。そして、その手で私を抱きしめてほしい。
私はどうしても彼のことが知りたくなった。
今まで恋なんてしたことがなかった。周りの女の子たちが楽しそにキラキラと話しているのを羨ましく聞いていただけだった私に降り注いだ初めての恋。
報われなくてもいいと思っていた。初恋は実らないってみんなが言うから。でも大事にはしたかった。やり方も方法もわからないけど、何もしないまま枯らしてしまうことはしたくなかった。
だから私は、彼に言うのだ。
「おはよう」と。
初めて挨拶した時は怪訝な顔でこくりと会釈が返された。それだけでも嬉しかったけど、次の日、再びおはようと話しかけると普段は付けられままのワイヤレスイヤフォンをわざわざ外して、「……おはよう、
ございます」と返してくれたのだ。
なんだか偉大な一歩を踏んだ気がして私は単純にもその日一日、ニコニコの笑顔で過ごすこととなった。恋ってすごい。
それからは、懐かない気難しい野良猫と接しているような、そんな感じだった。
とにかく彼は孤独というか孤高というか、一人でいることを好んでいるようで自分から誰かの元へ赴いたりすことはなかった。
でもいつもひとりきりかと聞かれればそうでもなくて。話しかけられれば誰とでも同じように話している。時々仲のいい相手と笑顔で話しているのを見るとどうしようもなく羨ましくなってしまう。
ならば、と思うのは私が彼に恋しているからだろうか。
「おはよう、神室くん! 今日はどんな音楽聴いてたの?」
「え、……おはよう。今日はアニソンだよ。今見てるやつの主題歌……ってわかる?」
「アニソンくらい私にもわかるよ。詳しくはないけど」
「……だよね」
いきなり話しかけたから彼は驚いた顔をしていたけど、普通に聞いたことに答えてくれた。やっぱり優しいな。
続けて質問したかったけど今にも手に持った片方のイヤフォンを戻したそうな彼に、私は躊躇してしまって会話はそれきりだった。あーあ、難しい。
心臓が耳にあるみたいにばくばくと大きな音を立てている。たった二、三言会話しただけなのにびっくりするくらい胸がドキドキした。神室くんにバレてないかな。私、変じゃなかったな。
今更制服の乱れや髪型の善し悪しが気になってしまう。気にしたところでもう手遅れだと言うのに。
――こうして私の思いは日々募っていく。