10神室くんと告白2(現在)
いつかこういう日が来ることはわかっていた。むしろそうなることが自然だった。彼女はいつまでも僕に構っていていいような人ではなかったし、もっとお似合いの相応しいやつがいるとそう思っていた。
「俺、本気で君が好きなんだ。頼む、俺と付き合ってくれ」
「……ごめんなさい。何度言われても答えは同じだから」
馬鹿な人だ。あなたに告白しているやつがどういうやつかわかってるのか。眉目秀麗で学年どころか校内で一番のイケメンだと持て囃されている生徒会長さまだぞ。さっさとYESの返事をしろよ。
そこまで考えて僕は自分がいつになくイラついていることに気がついた。なんだって、こんなの、僕らしくない。
僕は二人を見届けることなく足早に立ち去った。彼女の決断がどうなろうと僕には関係ないことだと思おうとした。
翌朝、妙な静かさに違和感を覚えたものの僕はいつも通りイヤフォンを耳に突っ込んでひとりきりの世界に閉じこもった。
耳から流れる軽快な音楽と、可愛らしい声はどこか頭の裏側をすり抜けていくようでなんだか虚しくなった。おかしい。今までこんなことなかったのに。
昼休みも、放課後もどことなく静かなまま終え、僕はいつも通り帰宅すると自室に入り込んで脱力した。着替える余裕もなくベッドの足元に座り込む。
ああ、そうだ。彼女がいないんだ。
ぼんやりとした脳内に自分の声が響いた。実際声に出てたかはわからないが、僕はようやくその事実を理解した。
散々ないがしろに扱ってきて事実、ずっとうっとおしいとすら思っていた。いなくなって清々した……、清々するはずだった。望んでいなかった彼女が僕の生活に入り込んでくることを。ずっとやめてほしいと思っていた。願っていたことが叶ったというのに僕はひどい空虚感に苛まれていた。
……だから、嫌だったんだ。
それでも日は沈み、夜は明ける。朝になれば学生身分は学校に行かなければならない。行かなくても死にやしないけど、行かないわけにもいかない。
学校はただ退屈でつまらない場所だと思っていたけれど、こんなに憂鬱な気持ちで行くのは初めてのことだった。
結局いつもと変わらぬ時間に教室に着くともう既に彼女がいた。他に生徒はいない。なんだってこんな時に二人きりなんだ。思わず舌打ちをしたくなった。
「……おはよう」
おずおずといった様子で彼女が挨拶をしてくる。
「おはようございます」
なんでもないように返事をした。僕は、何とも思っていないと伝えるように。
「あのね……少し話があって」
珍しく彼女の歯切れが悪かった。よっぽど言いにくいことでも言うのだろう。口の中が砂を噛むようにジャリついて気持ち悪い。
「神室くん、今までごめんなさい。私、ずっと迷惑かけてたの気づいてなくて……神室くん優しいからつい甘えちゃってた。私なんかに毎日絡まれて嫌だったよね。本当にごめんなさい。私もう付き纏ったりしないから……許してくれなくていいから。ごめんなさい…………、……」
――好きになって。
「は……、ははは、そんなこと」
息が漏れたような笑いが転げ落ちる。なんてお笑い種だ。
「だから嫌だったんだよ、あんたを好きになるなんて」
「……え?」
「僕が本気になったら、あんたは絶対離れていくってわかってたのに! 勝手に近づいて、勝手に人の心に入り込んでかき回して、勝手にいなくなる……! ひどい女だよ、あんたは」
「神、室くん……?」
「大方あの男と付き合うんで僕のことが邪魔になったんだろう? 僕みたいな男であんたが満足できるわけないってあんた以外は初めから気づいてたんだから。あんたに牽制した女たちっていうのもあんたへの親切だったんじゃないか? 早く目を覚ませよっていうさ」
息が切れて視界が惨めにブレる。みっともなく泣いているのだと眼鏡にはまったガラス板が教えてくれた。こんなの、知りたくなかったよ。たったの一度だって。
彼女は青褪めた顔で僕を見ている。こんな惨めな僕を見ないでくれ。いっそザマアミロと罵倒してくれ。好きになってごめんなさい? それは僕の台詞だよ。思い上がった馬鹿な男にとどめの一撃を食らわしてくれ。
すると突然ドン、と体に重みが走って僕は目を白黒させた。下を見ると彼女が抱きつくように僕の腰あたりに手を回している。
「……何、してるんですか」
精一杯の敬語を使うと彼女の腕にピクリと力がこもる。
「私、神室くんが好き」
「……は?」
「神室くんが好きなの」
「……はあ」
「神室くんは、……私のこと好き?」
「…………」
長い沈黙が静かな教室に落ちる。外は俄かにざわつき始めじきこの教室にも人が増えるのだろう。ばたばたという音や、ガヤガヤした人の声がすぐ側までやってきている。
僕は彼女の腕をゆっくり外しながら、瞳を絶望に染めている早とちりな彼女の耳元に声を降らせた。
「…………好き、ですよ」