act9 雨の雫
夏休みが明け、事件は起きた。
少年マンデーに写真コンテストを見つけた。
まだ期限までは2ヶ月くらいある。
そう思って行動にでた。
『たのみがある』
と一言だけ書いたメモを丸め後ろの席へ投げた。
「なに?」多喜子がメモを開いた。
「放課後話すよ」
「じらさないでよ」
「わかった、今書く」
『今度、写真のモデルになってほしい』メモを渡した。
『なんの?』大きな紙が丁寧に折られている。
『雑誌の…』
『浜で撮るだけだから大丈夫』
『いやよ、恥ずかしいもん』
『ただ座ってるだけでいいの』
『あとは勝手に撮るから』
『ホント?』まんざらじゃなさそうだ。
『そう。』
『じゃぁ決まりだね』
『土曜の帰りはあいてる?』
『うん。大丈夫。』
『何着ていけばいいの?』(のってきたぞ…)
『制服のままでいいんだよ』
『わかった。でも恥ずかしいなぁ』
『大丈夫!可愛く撮ってやるから』
バレー部と写真部の二股を掛けている僕には、
願ってもないチャンスだ!
ミス西高を落としたぞ。
帰るとすぐに撮影機材の準備にかかった
忘れ物はないか、構図の確認、フィルム、電池のチェック
緊張してきた。とても手の届かないと思っていた多喜子と二人きりでの撮影。
写真家としての戦闘モードにはいった
興奮して寝付けない…時計を見るともう2時をまわっていた。
ひつじを数えることも思いつかず、
翌日の事をあれこれイメージしていたらいつの間にか眠ってしまったようだ。
目覚ましの音がいつもより大きく聞こえ飛び起きてしまった。
食事もそこそこに急いでバスに飛び乗った。
ここ数日、理未子の姿がバス停にない。
連絡を取ろうにもなかなか自分からは電話が出来ないでいた。
以前、理未子の言っていた神様にゆだねる手法をいつの間にか言い訳にしている自分に気づいていたのかもしれない。
学校に着くと多喜子はすでに登校していた。
「やぁ、おはよー」
彼女の前の席に座った。
「おはよう」
今一つ元気がない。
「どうした?具合でも悪い?」
「今日ヤメても良いよ」
「…うぅん、やめない」
強い口調だった。
(どうしたんだろう)
彼女の様子が明らかに変に感じられた。
授業が終わり人目を盗んで自転車置き場へ向かった。
孝がいる。
「よう!今日のこと頼んだよ!」
そう僕が言い放つと孝は呆れ顔で右手を少し挙げた。
大事な生徒会の会議を孝に任せてのさぼりだった。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。孝は頼りになるからきっとうまくやってくれるよ」
「そうじゃなくて、後ろ、私重くない?」
「何言ってるの?乗ってるかもわからないよ」
正直、彼女は小さく軽い、滝井とは正反対の女の子だ。
学校から浜までは約1kmくらいあるが、
後ろに彼女を乗せて走っているせいかあっというまに着いた気がした。
浜では夏の終わりにしては冷たい風が吹いていた。
小雨も降り出した。
「さむい…」小さな声だがはっきりと聞こえた。
「大丈夫?」
「あっ、聞こえちゃった?」
「うん。」
バックの中からチームのジャケットを取り出し、
彼女の後ろから背中にのせた。
大きめのジャケットがすっぽりと彼女を包む。
「あったかーい」
笑顔が戻った。
ファインダーを覗き何枚も何枚も夢中でシャッターを押した。
時折、彼女の表情曇る。
「つまんないでしょ」
「寒いから早く終わろうね」
「いいよ」
「まだ、大丈夫。」
突然彼女が言った。
「撮るのやめてこっちに来て。」
「なになに?」
「もうちょっと、待って!」
「はやくー、来て」
彼女が余りに急かすので、
シャッターを押す手をとめて彼女の隣へ座った。
彼女の指した先には二匹の手を繋いだカニが歩いていた。
「なーんだ、カニかー」
彼女がふくれた。
「なんだでゴメンね〜」
「だって米君、さっきから撮ってばっかりなんだもん」
「え、だって撮影に…」そおう思っていた
「意外と無神経なんだね米君って…」
「女の子がモデルになるってついてきたんだよ」
それは感謝していた
「うん。オレは夢かと思ったよ」
「いや、今でも夢だと思ってる」
「だって"たぁこ"と二人でいるのだって信じられないんだから」
初めて彼女の愛称で呼んでしまった…
「なんで?米君モテるのに…私なんか…」
(彼女は自分の美しさに気づいていないのか?)
「なぁ、たぁこは彼氏いるんでしょ?」
(ついに聞いてしまった)
「うん。一応ね」
(ストレートパンチだ)
「うちの高校?」
「違うよ、都内の高校」
「あんまり逢えないから、いつも急いで帰るの」
「じゃぁ、今日ももしかして…ゴメン。」
「いいの。今日はすっぽかし…」
雨が小降りになったので駅へ戻ることにした。
自転車に跨るとたぁこがちょこんと荷台に座った。
ホントに乗ったか分からないくらい軽い。
寒かったのか、
彼女は僕の腰に両腕を巻き付けしがみついてきた。
雨が強くなって傘をすりぬけた雫が彼女のスカートに強く当たった。
背中に彼女の頬が触れて暖かく感じる。
「だいしょーぶ!?」
走りながら聞いた。
「…」
アワビ商店を通り越した最後の国道の信号が赤になった。
自転車を停めて後ろを覗き込むと、
彼女の顔に雨の雫がたくさんついていた。
駅について自転車を降りると
二人とも制服がびしょびしょだった。
「今日はありがとう」
タオルで雫を拭いながら彼女に言った。
「楽しかった。」
「でも、やっぱりダメ…」彼女が言った
「なにが?」
「うぅん。何でもない。」
彼女がうつむいた。
「写真、楽しみにしてるね」
「うん。じゃぁ、また来週」
「うん。バイバイ」
階段をゆっくりと昇って行く後ろ姿を見送ったが、
彼女は一度も振り返らなかった。
あとで思った事だが、
あの時のあの雨の雫は彼女の涙だったのかもしれないと。
♪
君と眺めたあの浜辺
雨の雫が静かに呟く
君の瞳が潤んで見えても
僕は素知らぬふりをした
※あぁ、振り向いて振り向いて
僕の気持ちを分かって欲しい
たから、ほんとは切ないのさ
一つの傘が二人をつつむ
君の肩が震えていたよ
頬をつたわる涙の行くへ
きっとあいつのところだろう
※