act7 二人の気持ち
夏の暑さが日増しに強くなる中、梨華と二人、神保町にいた。
とにかく本が好きな彼女は、
一度でいいから本屋街に行ってみたいけど
一人ではなかなか行けない。
と少し大袈裟な事を言っていた。
そこで彼女の母親からは信頼されている(らしい)
この僕に白羽の矢が立ったわけで、
滅入るほどの大役だった。
数時間、お互い好きな本を物色してお昼ごはんを食べた。
彼女の父は土建屋の社長で、
娘の門限は5時と厳しいが母親はかなり理解のある人のようだ。
それでも、一度面通しで家に連れて行かれることになった。
(結婚の申し込み気分だよ)
彼女の父親が現場で働く晴れの日に、それは決行された。
夕方、1600まだ日は高い時。
案内されるまま事務所に隣接する自宅に忍び込むかの如く裏口の玄関へ通された。
ごく普通の玄関に少しほっとした。
刀や甲冑があったらどうしようかと思っていたくらい緊張していた。
彼女の二階の部屋は簡素で広く、
隅の方にちょこんと勉強机が置いてあるだけだった。
部屋の真ん中に小さなちゃぶ台が置かれ、
お菓子と冷たいジュースが用意されて、
しばらく二人で話していると母親が上がってきた。
二人の間にちょこんと座り話に混ざってきた。
(まるで面接だよ)
はじめはかなり緊張したが、
至極、気さくな人で彼女とよりも母親と長い時間喋ってしまった。
これが良かったのかすっかり気に入られたようで、
明後日の神保町行きを任されたのだ。
夜7時をまわった頃、
夕飯の誘いがあったが
父親の帰りが気になり断ってしまった。
ここで帰宅してきたら本当に面接になるとこだ。
数件の大きな本屋と小さな古本屋を見て廻った後、
未だ日が高かったので、
「どっか寄ってく?」そう僕が切りだすと、
彼女は満面の笑みで
「植物園行きたい!」と言った。
さすが、真面目な彼女だ
「植物園って、小石川植物園?」
「そう!一回行ってみたかったの」
「ダメ?」
彼女の口癖だ
「ダメってことはないけど…」
正直気が進まない
「じゃぁ決まり!いこっ」
半ば強引に連れて行かれた植物園だったが、
思いの外楽しかった。
それは彼女と一緒だったからなのかはわからない
移動の度に自宅へ電話を入れる彼女を見ていると、箱入りの度合いが伺える。
植物園での時間、兄妹のような距離感に戸惑ってしまったが、
彼女は廊下でのいつもの感じと変わらない。
(梨華はどんなつもりなんだろう)
僕はそんなことを考えていた。
笑ったりふくれたり
時折見せる様々な表情の彼女に、
いつしか惹かれていた事に
この時の僕はまだ気づいていなかった。
帰りの電車を待つホームで
また自宅に連絡を入れる彼女の顔が青ざめていた。
「お母さん?お父さん帰ってきた?」
植物園をゆっくり周りすぎたせいか、既に門限の五時をまわっていた。
「中米さん一緒でしょ?ちょっと替わって」
電話口から母親の声が漏れて聞こえた。
(やっべーな)
「中米君に替わって欲しいって」
そう言って公衆電話の受話器を渡された。
「はぃ、中米です。遅くなってすみません」
「こちらこそご迷惑かけて、疲れたでしょ、気をつけて帰ってきて下さい」
叱られると思っていたのに労われた?
どうなっているんだ?
そうか、もしかしたら
本当に僕と居るのかを確認してるのか…?
確かに彼女は頼りなく見えるが、
芯はしっかりしていて、何より真っ直ぐだ。
こんな彼女でも疑われたりするのは、
親の取り越し苦労なのだろう。
よっぽど僕の方が疑わしい。
無事彼女をバス停まで送り届け、
途中、理未子の部屋の電気が点いているのを確認しながら
僕は一人歩いて家へ向かった。