act5 距離感
そんな形で僕らはつき合い始めた。
毎日が楽しかった。
顔を見ない日がないくらい、毎日のように逢った。
幸せな日々はそう長く続くはずのないことは誰もが判っていたが、
僕は気づかなかった。
神様は僕らに、 いや僕に悪戯を仕掛けてきた。
同じクラスの続多喜子の存在だ。
彼女は入学して以来、学校ではマドンナ的な存在で、
明らかに僕の手の届かない存在だった。
まさか、二年で彼女が僕と同じ理数系クラスになるとは夢にも思わなかった。
当然、学年に一クラスしかない理数系は女子の数も少ない。
争奪戦になるかと思いきや、
クラスには既に彼女のいる奴か、さえないオタクの集まりだった。
ある日の席替えでそれは起きた。
はじめて、僕の後ろに多喜子が来たのだ。
当然のごとく彼女との距離は縮まった。
「続、それ何のレコード聞いてるの?」
多喜子がいつも友達と貸し借りしていたレコードが気になっていた。
「ん?これ?」
ニコニコしながら、大きな袋に入ったバンドのジャケットを見せてくれた。
「財津さんがすっごく良いから聴いてみる?」
そう言って、袋ごと差し出した。
「いいの?」思わぬ展開にびっくりした。
「みんなに聴いてもらいたいから貸してあげる」
そう言って僕にその大きな袋を手渡した。
その日から、数十枚もある“Tulip”のレコードを借りた。
なるべく返す日を遅らせて、その貸し借りを楽しんだ。
こんな些細なことから多喜子との完全な繋がりが出来ていった。
この時すでに、僕の中で何かが狂いはじめていた。
毎日の会話で、彼女に彼氏がいることは分かっていたし、
僕にもいることは知っていただろう。
しかし授業中は小さな手紙のやりとりをしたり、
TVの他愛もない話をしたり、暇さえあればお喋りをしていた。
時間が経つにつれ、
彼女が僕に惹かれていると感じるのに、そう時間はかからなかった。
そんな折り、バレー部の部員が喫煙で停学になった。
同時にバレー部も一ヶ月の停部に…
僕は意外にも落ち込むこともなく、滝井との二人の時間をイメージしていた。
それを前後して滝井は突然部活を辞めた。
理由は、面白くなく疲れたてバイトもしたいらしい。
僕は逢う時間が減るので反対したのだが、
お金も欲しいし時間は合わせると言われ、半ば強引に決められてしまった。
暇な僕とバイトに忙しい彼女が以前のように毎日逢っていられるわけもなく、
逢えない時間を埋めるため交換日記を始めたが、すれ違いは否めなかった。
毎朝、お互いに書いた一枚のルーズリーフを交換するので毎日でも書けたのだが、
日に日にその回数は少なくなっていった。
初めての夏休み、
さすがに部活三昧のはずもなく暇な日が続いた。
滝井に逢いたい気持ちはあったが、こちらから連絡する事もぜず部屋にこもっていた。
― ジリリリーン ―
電話のベルがけたたましく鳴った。
うたた寝していた僕の頭の中に突き刺さる音だ。
受話器を取ると、
聞こえてきたのは滝井の声だった。
「もしもし、あたし。」
「恵司なにしてたの?」
「今日、バイト無いから暇なの」
「ウチに来ない?」いつもと変わらない声だ。
滝井の家では部屋を持っていたのでウチへ来ることはほとんどなかった。
「今日ウチ誰もいないから来て良いよ」
「ホントー? うん。じゃぁ今から行くね」
電話の向こうで、声のトーンが上がるのがよく分った。
自宅は商店街を挟んですぐのところにあるので、
ものの5分と掛からない。
(急いで片づけしないと…)
慌てて、動いたがなかなか旨くはいかなかった。
兄と共同で使っている部屋は男臭く、散らかっている。
焦っても時間がない…
半ばあきらめかけた時、
― ピンポーーン ―
玄関のベルが鳴った。
彼女が来た。
水色のTシャツにジーンズ、ショートの髪は後ろに束ねて、
ちょっと太めの筆のように可愛くまとまっていた。
袖から見える黄色の折り返しがまた似合っていた。