act6 彼女の気持ち
彼女はただ黙っている。
「さ、降りよっ。」
彼女はゆっくりとこちらを見た。
「あのね恵次、電車は乗り越してもまた戻ればいいけどね」
「人生は前にしか進めないんだよ。」
「あなたと私は交差点を間違えたのかもしれない。」
「うぅん、これで良かったのかも…」
「そう、もう違う道を歩いてるの」
「だから恵次も前に進んで、」
「もっと前に…」
「そして神様がそこにいたら」
「また、あなたとの道が交わるかもしれない」
「そしたらその時はよろしくね。」
彼女はだんだんかすれた声になって終わった。
バスを待っている間、彼女の横顔ばかり見ていた。
「顔に何か付いてる?」
「いいや」
「さっきからずっと見てばかりじゃない」
彼女が怪訝そうな顔をした。
「名残惜しいからね」
「男のくせに未練がましいぞ」
「あぁ判ってる」
「理未子はどんどんきれいになるなぁってずっと思ってた」
「えー、今頃気づいたの?」
「いや実は別れた夜には後悔してた」
「私は恵次より悲しかったと思うよ」
「えっ?」
「あのときもあなたははっきりしないから、そして今も…」
― 管理棟前 ―
乗務員のアナウンスが流れた。
「じゃ降りるね」
「あぁ」
「またね」
バスを降りて手を振る理未子の姿を目で追いかけて、
彼女の姿が見えなくなってふと我に返った。
(あのときも?)
(はっきりしない?)
(そして今も…?)
「あっ!」
僕はその時になってようやく気づいた。
さっき、
あの時が、神様がセッティングしてくれた彼女との交差点だったと・・・
既にバスは終点へと向かっていた。
家についてすぐに電話をしてみたが、
彼女はまだ帰っていない。
後悔しながら受話器を置いた。
二度目の失敗だった。
彼女はそれから一時間、
降りたバス停にいたことを僕は知らなかった。