第1章 act1 天使って?
act1 天使光臨
僕はその時まだ気づいていなかった。
彼女が“それ”であったことに
その日はいつものように雨が降っていた。
今日も変わり映えのしない日のはずだった。
だんだんと雨音が激しくなっていた。
発車間際のバスにバタバタと駆け込んできたのは、
中学時代の同級生の滝井だ。
身長が170cm近く、男勝りでスポーツ万能、
どちらかと言えば女の子に人気のある奴だ。
僕の顔を見るなり、
バスの前側の入り口から大きなアクションで手を振っている。
一方の僕は、さえない内気な性格で女の子のみたいな顔立ち、
ジャニーズ顔といわれるような感じではあるが、
男性としてはどうだろう。
「アイツ、そんなデカい声でやめてくれよ」
僕は視線をそらす。
「ふっう やったー、間にあったー」
彼女の後ろでドアの閉まる油圧の音が
バスの発車を告げていた。
「ホームで声かけたのに無視するんだもーん」
「ぬれちゃったよー」
「あれ?米君ぬれてないじゃん。ずるーい」
そう言いながら濡れた肩を僕の方へ擦りつけてきた。
「ちょ、ちょっと濡れるだろ」
滝井は一方的に話していたが、
僕も彼女に気をつかって切りだした。
「いつもこの時間なの?」(ぶっきらぼうかなぁ)
「大体ね」
「米君もこの時間?」
「部活が普通に終わればね」
僕の終始素っ気ない態度も気に留めず、彼女は続けた
「中学の時のバレー部続けてるんだ。すごいねー」
「あたしなんてソフトボールにしちゃった」
「あれ?バドミントン辞めたの」
「高校にはなかったからね」
「でも、同じのやってもつまらないし」
「あたし、米君のバレー見に行こっかなぁ」
「いいよ、恥ずかしいし大したこと無いから」
「いく、いく」
実は滝井の高校と僕の高校は同じ敷地内にある、
いわば双子の学校で単位制のモデル校で、
グラウンドを横切って体育館の裏口から入ればいつでも行ける距離なのだ。
「でも終わる時間が同じじゃ見れないじゃん」冷静に僕が答える
「それもそうだね」彼女がちょっとがっかりした様子だったので
気をつかった僕は、
「いつも同じ時間なら一緒に帰ろうか?」
ノリでついでた言葉だった。
「うん」
彼女が小さな声で頷いた。
(あれ?マズい事言ったかなぁ)
滝井の反応が今一だったので、僕はバス停に着くまで気の利いた言葉がでなかった。
―次は管理棟前 お降りの方はブザーでお知らせ下さい―
車内のアナウンスが流れて少しホッとした
滝井が降車ブザーをゆっくりと押すと、
紫色の"とまります"の文字が点灯した。
「じゃ、降りるね」
「うん、またね」
僕は内心ホッとしていた。
見ると、滝井の手のひらが胸元近くで小さく揺れていた。
バスに乗ってきた時とは打って変わった彼女の小さな"バイバイ"に
僕はさっきの言葉を思い出した。
(いっけない!ホントに一緒に帰るなら待ち合わせ決めなきゃ!)
そう思ったのは、降車口はすでに閉じた後だった。