恥知らず
昔々の、記憶があった。
ずいぶん昔の、恥ずかしい記憶。
その記憶は、断崖絶壁に立っていた。
誇らしい記憶が、堂々としている中。
…孤独に。
断崖絶壁に、立っていた。
記憶を振り返るときがきた。
本人が、たくさんの記憶を、抱きしめていった。
…大切な、大切な、記憶たち。
本人は、恥ずかしい記憶の前に、やってきた。
恥ずかしい記憶は、断崖絶壁で、ただ、本人を見つめていた。
他の記憶と同じように、抱きしめてもらえると信じていた。
「おまえなど!!」
本人は、断崖絶壁に立つ、恥ずかしい記憶の背中を。
勢いよく、押したが、…押せなかった。
記憶は、体を、持たない。
本人は、恥ずかしい記憶をすり抜けて、断崖絶壁から新しい人生へと旅立っていった。
恥ずかしい記憶は。
お前は恥だと指摘するものがいなくなったがけの上で。
私は恥なのでしょうかと、自問しながら。
誇らしい記憶も、本人すらも、いなくなった崖の上で。
たった一人で、断崖絶壁に、立っていた。
本人は、恥を抱きしめなければならなかった。
けれど、恥を、排除しようとしてしまった。
恥を置いてきてしまった本人は、恥知らずに、なってしまった。
ずいぶん、恥を、かいているようだ。
しかし、それが恥だとは、微塵も気が付いていないようだ。
…あんなに、嫌悪した、恥だというのに。
崖の、上に、恥が、どんどん集まってきている。
崖の、上が、恥だらけになっている。
恥は、皆、自分を恥だと思っていない。
恥は、恥じることなく、崖の上にどんどん集まっていく。
いよいよ、崖の上に、恥がのりきらなくなった時。
他の、記憶が、崖の上に乗ることができなくなってしまった。
やることなすこと、すべてが、記憶に残らなくなってしまって。
頭の、中は、恥ずかしい記憶で、いっぱい。
恥とすべきことがいっぱいだというのに、恥と思っていない。
恥ずかしげもなく、恥を語る。
恥ずかしげもなく、恥を振りかざす。
自分の恥を抱きしめることもせず、なかったことにしようとした人間のなれの果て。
今日も恥知らずは、自分の恥を周りに振り撒き続ける。
恥知らずは、他人の言葉を受け入れない。
受け入れても、記憶に残らない。
崖の上は、恥でいっぱいで、ほかの記憶が入り込む隙間がない。
そろそろ恥知らずが記憶を振り返る時がやってくる。
恥しか残っていない記憶を見て、恥知らず本人は何を思うのか。
恥を恥じてただ一人崖から旅立つのか。
すべての恥を抱きしめて崖から旅立つのか。
断崖絶壁に立つ、恥ずかしい記憶が、この崖の中では一番素晴らしい記憶になっている。
断崖絶壁に立つ、恥ずかしい記憶を、誇らなければならないくらいひどい記憶があふれている。
断崖絶壁に立つ、恥ずかしい記憶は、今度こそ抱きしめてもらいたいと願っている。
誰も知らない、恥知らずの物語。
誰も知りたくない、恥知らずの物語。
早く崖に戻ったらどうなんだい。
早く恥を抱きしめてきたらどうなんだい。
恥が、お前を待ってるよ?
恥が、お前を、待ってるよ?