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修羅場・胸糞・人生シリーズ

明日なき妊娠

作者: 家紋 武範

「シュウちゃん。わたし出来ちゃった」

「は……?」


「あ、か、ちゃん!」


大声で言われなくても分かっている。

そしてだいたいあの時だと分かる悲しさ。

大学のサークルで知り合った後輩の美鈴と気が合ってずっと同棲。


まぁ、ケンカもしたけど毎日楽しく暮らしてた。

オレは就職二年目。美鈴も就職が決まって卒業目前という時の出来事。


「はぁ……」

「なによ。嬉しくないの?」


「違うよ」


オレは立ち上がって、美鈴のソファの横に腰を落とす。

彼女は少し浮いたようになってその反動で、オレに肩を寄せた。


「美鈴のご両親に挨拶に行くのが怖い」

「ありゃ~。事前に言っとくけど、家のお父さん怖いよ~」


「おい、やめろ」


そう言いながら美鈴の唇をふさぐ。そしてそのまま彼女に倒れ込んだ。


将来は美鈴と結婚しようと思っていた。それが早まっただけ。

オレには美鈴しか考えられない。

こんなに合うヤツ他にはいないよな。


「妊娠してんだろ。ノーヘルワンチャン有りッスか?」

「マジキモい。こいつ」


そう笑う美鈴を抱く。幸せだ。

絵に書いたような幸せ。

結婚式は挙げてやれるような資金はまだないけど、生活はなんとかなりそうだ。



次の日、昼の休憩時間に実家に連絡。

電話をとったのは母だった。


「おかーさん、あの、あの~」

「何よ秀司。めずらしいわねぇ。どうしたの?」


「あの、お父さんにも言っててほしいんだけど」

「何よ。なに?」


「結婚したい人ができた」

「わーお。なに? できちゃった?」


「……うん」

「ブッ。あんたなんてことしてくれんのよ~。先方の親御さんになんて言えばいいのか」


「なんて言えばいい?」

「馬鹿ね。まずは娘さんをくださいって言って、相手様が和やかな雰囲気になったら、実は云々って言えば?」


「おお~。参考になった。お母さんありがと~。愛してる~」

「バーカ。お父さんにも言っとく」


「よろしく~」


実家の方は良好。

あとは美鈴の実家か。これが苦しい。

誰か代わりにやってくれないかなぁ。


部屋に帰ると、美鈴が笑顔でお出迎え。


「よぉー。シュウちゃん」

「オッス。ただいま」


「おかえり。ねね、ウチに連絡しといたよ」

「マジっすか」


「週末連れて来いってさ」

「マジっすか……」


「大丈夫。感触は悪くなかったよ」

「マジっすか! よぉ~し」


「んふふ」


夕食を食べてソファの上に二人並んでまったり。

俺の手は美鈴の腹を触っている。


「美鈴」

「なに?」


「指環いる」

「いいよ。でもバッグはいる」


そう言って出してきたのはブランドのカタログ。

25万円也。


「高」

「指環より安いでしょう。実用的だし」


「まーな」


そんなことを楽し気に言う美鈴の肩に手を伸ばして自分に密着させる。

なんて可愛らしい。

美鈴とその子。いつまでも愛したい。そう思った。



そして週末。

オレはガチガチになりながらスーツ姿。小脇に菓子折り。


「はい、練習」

「あの! お義父さん。娘さんをください!」


横の美鈴は口に手を当てて笑う。


「超下手クソ。笑える」

「バカ。笑うな。必死なんだぞ〜。こっちは」


美鈴に連れられて彼女の実家へ。

彼女の家は、オレの実家から二つ離れた県だった。

結構遠い。同棲しているアパートはその中間地点だから、どちらにも行きやすくはあるが。


天気もとてもいい。今日はいい日になりそうだ。

彼女の実家へ到着……。

足が震える。


「ただいま〜」


という彼女の声で頭の中が真っ白になってしまった。

二つのスリッパの音が聞こえる。

オレの顔はどんなんだったろう。


「やぁいらっしゃい」


美鈴の父親の声。普通に出迎えてくれているのに、オレは玄関先で早速土下座をしてしまった。


「お、おい。キミ」

「あ、あの! 美鈴さんとお付き合いさせていただいております、横山秀司といいます。本日はお義父さんにお願いがあって参りました。あの。あの。あの。美鈴さんをボクに下さい! よろしくお願いします! きっときっと幸せにしますから!」


長い長いセリフ。

もう出せるものを全部出し切った感じ。

土下座をしながら思った。膝に違和感がある。

そう。オレはお義父さんのものと思われる革靴を膝で押しつぶしていた。


ガチガチの緊張。ガタガタと全身が震えている。

とても長い時間が感じられた。だが頭の上からの笑い声で現実に引き戻された。


「はっはっはっは。なかなかいい青年じゃないか。美鈴」

「もう。シュウちゃんたら」


それでも頭の中はパニックだ。

オレは小脇に抱えていた菓子折りを、お義父さんに突き出した。


「あ、あの! これつまらないものですが、娘さんの代わりに──」


……何いってんだ。オレ。

なんか言っちゃいけないこと言った気がする。


「プ──!」


オレ以外の全員が大爆笑。

このご家族の位置まで全然行ききれていないオレは、引きつった笑いを浮かべていたが、美鈴に促されてようやく立ち上がり、お茶の間へ。そこは九畳ほどの和室。

座卓の前に全員で座る。

オレは全身汗がダラダラ。どうしていいか分からない。それに、最初に全部言ってしまったが、先方からなんの回答も得ていない。

だからといってもう一度娘さんを下さいと言うのも変だろうなぁと思っていた時だった。


「鈴音。酒を持ってこい」

「あ。はーい」


名前を呼ばれた美鈴の母親は立ち上がり、キッチンへと向かって行った。

すぐに目の前に日本酒の一升瓶が置かれる。


「あ、あの……」

「分かった。シュウくん。美鈴だな。幸せにするという言葉、たしかに聞いたぞ。さぁ今日は親子として飲もうじゃないか」


「あ、は、はい!」

「ちょっと! お父さん!」


美鈴の止める声。そりゃそうだ。

オレはそんなに酒が強くない。ましてや日本酒。

これは匂いを嗅いだだけで酔ってしまう代物。

しかし、注がれたのなら飲まなくては。

そんな勢いで喉に流し込んで行った。



美鈴の父親と、しばらく飲んで気持ちが大きくなったのか、オレはとうとう言った。


「実は、美鈴さんのお腹には私の子供が既に宿っておりまして」

「はぁ?」


美鈴の父親は眉をひそめる。だがすぐに先ほどと同じ柔和な顔つきに戻った。


「はっはっは。そーかそーか。そりゃ緊張しただろう。父親にぶち殺されるんじゃないかってな。大丈夫だ。そのくらい男ならどうってことない」

「そ、そうすかねぇ」


「オレなんてなぁ」


美鈴の父親は、オレの方に顔を近づけてニヤリと笑った。


「人妻を寝取って、駆け落ちした」

「は、はぁ?」


「はっはっは。そんなオレに比べりゃ、シュウくんなんておままごとみたいなもんだよ」


そりゃマジですげぇ。

つか怖ぇ。てことはこの奥さん。鈴音さんは最初はどこかの奥さんだったってことか。


酒で降りてくるまぶたを必死で持ち上げながら、頭をフラつかせて話を聞いていた。

美鈴の母親の鈴音さんは終始にこやかだった。

こんな人達と家族になれるのは楽しいだろうなぁと思いながら暇乞いをし、美鈴に支えられながら自分たちの部屋に帰って行った。

あ、途中の駅で一回吐いちゃった。




それから、数週間が過ぎた。

結婚式は小さくてもいい。だが一度、両家の顔合わせをしようということでオレと美鈴で用意したチャイナレストランで会食することになった。

最初に美鈴のご両親と弟さん。美鈴のお父さんの話で終始和やかだった。


そのうちに、ウチの両親が現れた。

背広の父親と、和服の母。母は華道の先生をやっているので和服姿は珍しいことではない。

そんな母の元に婿として入った父だが、ちゃんと威厳のあるよい父だ。


店員に案内され、母親はすぐさまその場で頭を下げた。


「本日はお日柄も宜しくて、こちらのほうがお嬢さんを頂戴する立場でありながら遅刻して大変申し訳ございません」


とわびをいれる。その横で父はただ突っ立っていた。


立っていた──。


不思議な空気。母の挨拶に頭を下げ、その顔を上げた美鈴の母親、鈴音さんと目が合う父。


「鈴音──」

「秀一……」


蒼白な美鈴の母親。しばらく時間が止まっていた。

あの豪放磊落な美鈴の父親すら、口を半分あけて固まったままだった。


「出よう。帰るんだ」


父は、母の肘を掴んで、入り口に向かって行ってしまった。

オレは訳が分からない。

とりあえず、美鈴の家族に頭を下げて、父を追いかけた。


「おいおい。お父さん。どうしたってんだよぉ」

「秀司」


「うん」

「あの子のことはあきらめなさい」


「え? な、何いってんだよ」

「お前がもう少し大人になってから話そうと思ったんだが」


「今でも充分大人ですけど?」


憎まれ口を叩くオレに父はため息をつく。


「あのお嬢さんのお母さんと、私は昔結婚していた。その時にお前が産まれたんだ。だが、次の子を妊娠しているとき、彼女は別の男と逃げた。僅か二歳のお前を置いて。私は今でも彼女のことを許せない。私は幼子を抱いて途方に暮れたよ。だがここにいる母さんが私たちを救ってくれたんだ」


母は、少しばかり斜めの方を見て昔を思い出して口端を上げた。

だが父の言葉。


父の言葉──。


「あの時、彼女は確かに妊娠していた。私の子を。少し育児ノイローゼもあったところを男にかどわかされたんだろう。それがあの父親なんだろう。そしてあのお嬢さん。お前が結婚しようとしているのは、間違いなくお前の妹。父も母も同じ実の妹だ!」


崩れ落ちるとはこういうことを言うのだろう。

ショックのあまり床に膝から落ちて倒れ込んでしまった。


どうしたらいい?

どうしたら──。


美鈴。





気付いたところは実家の自分の部屋だった。

完全に記憶が抜け落ちている。

父親にベッドに運ばれたんだろう。

全身が痛い。心はもっと痛い。落ち着かない。

美鈴はオレと兄妹だということが知っただろうか?


スマホを見る。着信が一件。ラインが六件。

全て美鈴からだった。


ラインにはそこに触れることは書いてはいなかった。

だがアパートに一人で戻っているらしい。


そんなところへ、父が入って来た。

オレは何も言えないまま、父の顔を見つめていた。

父はオレの顔を見たまま、一つの封筒を差し出して来た。


「……三百万入っている。彼女に渡しなさい。そしてちゃんと別れを告げて来なさい」

「や、やだよ。どうして。別れるなんか」


「実の妹だと言っているだろう!」


そう。美鈴は実の妹。

愛し、愛され、これからの未来も愛そうと思っていた大事な──。


「子供が腹にいると聞いた。近親間での子供はもってのほかだ。あきらめるしかない」


オレはずしりと重い金の入った封筒を受け取った。


美鈴を──。

子供を──。


あきらめたらオレに何が残るのだろう。

何が残るんだろう。


未来に希望なんて感じられない。

いっそのこと──。




オレは自分のアパートの部屋を下から見上げていた。

あそこに美鈴が帰っている。

オレの大事な人が。


今日はエレベーターを使いたくない気分。

一歩一歩、一段一段階段を上って行く。

五階のオレたちの部屋へ。


鍵穴にキーを入れて回すと軽快な音とともに錠が外れる。

今日のドアのなんと重いことだろう。

視線の先には美鈴がソファの上に座っている。


「おかえり」


元気とも元気じゃないとも言えない。

精一杯元気な声での「おかえり」。

彼女も知ってしまった。

オレと肉親であること。


彼女は頭を抱えていた。

それはその近くに行ってただ立ち尽くすだけ。


しばらくそのまま。


そのまま彼女を見つめていた。


ぐずる音。


泣いてしまった彼女の声を聞いていた。


「ねぇ」

「うん」


「これからどうするの?」


彼女のソファの横に腰を下ろす。

彼女は少しばかり浮いて、オレの肩に身を寄せる。

だがそれはわずかな間。

彼女がほんの数センチ距離をとってしまったことに寂しさを感じた。


「本当に兄妹なのだろうか──?」

「……え?」


「父は自分の子を妊娠していると言った。美鈴の母もそんなことを言ったのかもしれない。だけど、その前から美鈴のお父さんとお母さんが不倫してたら? いや、それだって兄妹には違いはないけど。……だけど」

「うん」


「少しは、少しだけは違う」

「プ」


何を言っているんだろう。

それだって同腹の兄妹には違いない。

だけど、オレたちはその少しばかりの違いを求めたんだ。


オレたちは、しばらく何もしないで一日中抱き合った。

出来たら彼女をこの身の中に入れてしまいたい。

そうしたら。そうすれば、同じ血肉をもった人間なんだ。

いつまでもいつまでも生きて行ける。


たった一つとなって。



答えが出ないまま一日。

また一日。


仕事も休んで二人だけで過ごした。

そうしているうちに、口を開いたのは美鈴だった。


「わか れよう……」

「……そうだな」


オレたちは、力なく起き上がり、二人並んで近くのスーパーから段ボール箱をもらってきた。

さすが兄妹。考えていることがほぼ同じだと二人で苦笑。


それから互いの荷物を分けた。

かさばる電化製品は売ってしまう。その他は互いの実家に送ってしまうんだ。


一つずつ、一つずつものがなくなっていく。


一つずつ。

一つずつ。


そして二人の子供。

これもなくなってしまうんだな。


彼女へ父から渡された封筒を渡した。

これで子供を堕胎してくれって。

本当なら、そばに行って彼女をなぐさめてやりたいけど。


そして部屋から灯りが消える。

最後にはオレと美鈴。

二人でドアの鍵をかけた。


駅まで並んで歩く。

別々の電車に乗って別々の方向に帰るんだ。

そこで二人はおしまい。

The end.


割り切った。

オレたちはケンカして別れたんだ。

互いを嫌いになったんだって。

もう顔も見たくもないって。


別にどうでもいい理由付け。

二人は浮気してたって。最低だよ。二人とも。

好きな人がいるのに。


大好きな人がいるのに。


だまっていると美鈴の電車が入って来た。


「じゃ ね」


美鈴は電車に乗り込む。そして入り口のそばの席に座ってこちらを見ようとしなかった。

オレもそう。ただ、足下を見ていた。


たくさんの人が入れ替わり立ち替わり。


オレたちなんてちっぽけな存在に過ぎない。

いろんなドラマがあるんだろう。

あの人は、ただの通勤。

あの人は、遠距離恋愛。

あの人は、旅行中。

あの人は。

あの人は。


そしてオレたちは別れる。

この電車のドアが閉まれば全て終る。

もう連絡もない。連絡もしない。


ただオレの人生を通り過ぎた一人の女。


一人の女。


愛した。


妹。



けたたましいベルの音。

まもなく発車を知らせる音だ。


顔を上げると、美鈴も同時にこちらを向いた。

それがトリガーとなってしまった。


「駆け込み乗車はおやめください!」


ベルの音とともにドアが閉まる。

オレは美鈴の席の床に座って彼女の足にすがっていた。


「バカ」

「……そうかも」


電車が進む。電車が進んで行く。





オレたちは、ある田舎に居を構えた。

ここは、人口が過疎過ぎるために、村で戸建てした家を移住者にタダでくれる。

仕事は大学で習ったこととはまったく関係ない隣町の工場。


美鈴に子供が産まれた。女児でのぞみと名付けた。

運のいいことに近親交配による先天的な病気は見られない。


オレは伯父ということでともに住むことにした。

大きな庭に自給自足できる畑も作った。


こんな知り合いも誰もいない土地でのんびりと家族だけで暮らす。

はたから見れば兄妹同士の背徳な住処だろう。

たしかにそうだ。


オレは今でも美鈴を愛しているし、美鈴も同じ。

だからこの手を放すことはしない。

親にも神にも祝福されない。だが後悔はない。


ここがオレたちの終の住処なのだ。これでいい。


これで──。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 活動報告から来ました! 序盤から中盤への希望に満ちた明るい雰囲気からの落差がエグいですね~! 私、基本ネタバレが苦手なんですが、本作に関しては活動報告で予備知識を得られて良かった……(笑…
[良い点] 本人達は何も悪くないっていう点が一番ずっしり来ますね。 色々と考えさせられる作品で素晴らしいです! [一言] 前に読んでレビューを送った記憶があったのになぜか書いていませんでした。 ただ…
2023/12/31 16:03 退会済み
管理
[一言] とても考えさせられるお話でした。 もし相手が……となった時、自分なら相手を諦められるだろうか? と。 知らずに惹かれ合ったことも、実はそのせいなのかとか、色々と考えてしまいそうです。 どの道…
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